第140話
(分かってはいたことだけど…………いまいちパッとしないわねぇ)
パーティーに招待した者はいずれも、一流と言われる家の者ばかり。
しかし会場内をざっと見渡した風音は、失望の色をありありと浮かべていた。
(とてもじゃないけれど、凪ちゃんを任せられそうな相手は居ないわね)
実のところ、風音は『無理矢理婚約者を押し付けてやろう』などと意地悪な事を考えているわけではない。
風音自身がそうであったように、凪には自ら『この人ならば』という相手を見つけて欲しいと考えている。
しかしその一方で、『いつまでも相手を選ばない』という選択肢だけは早めに消しておきたかった。
将来九奈白家を背負って立つのなら、いつかは相手を選ばなければならないのだ。それだけは、九奈白家に生まれた凪の義務でもある。
つまり風音の目的は、凪の婚約者を選ぶことではない。
『いい加減恋愛のひとつでもしてみなさい』と、人間不信で真面目過ぎる娘の尻を叩くためであった。
幸か不幸か、凪は孤独を苦に感じない、随分とひねくれた性格に育ってしまった。
否、苦に感じないというよりもむしろ、孤独に耐えられてしまうというべきか。故にこうして外堀を埋めてやらなければ、凪はいつまで経ってもあのままであろう。年頃の娘が遊びも恋愛もせず、毎日仕事にばかり精を出す。いくら特殊な家庭に生まれたと言っても、これは不健全であると言わざるを得ない。少なくとも風音は、自身の経験からそう考えていた。
風音の目から見て『これは』と思えるような相手がいれば、それとなく目をつけておくといった目的も当然あったが。
それがどうだ。
いざこうして場を与えてみれば、やはり凪は周囲を寄せ付けないよう全身から圧を垂れ流している。
私に近づくな、話しかけるなといったオーラが溢れんばかりに撒き散らされ、折角集めた招待客の誰もが声をかけられずにいる。加えていつのまに仲良くなったのやら、国宝院の兄妹までをもバリア代わりに装備して。
(うふふ、我が娘ながら不器用というかなんというか…………)
もちろん、そんな機嫌が悪そうな娘の姿も可愛いものではあるが――――埒が明かないのもまた事実。
現時点で娘を任せてもよいと思えるような者は居なかったが、それはあくまでも、ざっと見渡して感じた印象だ。存外この中にも、凪と気の合う相手がいるかも知れない。それこそ隣にいる国宝院飛竜などはどうだろうか。仲が良いとは間違っても言えないが、しかしそれでも、凪がまだ幼い頃より見知った顔だ。この場で出会ったばかりの、見ず知らずの者よりかは幾分マシなのではないだろうか。少なくとも見てくれは悪くない、というかかなり上等だ。風音はふとそんな風に考え――――そうしてすぐに却下した。
(まぁ、凪ちゃんの嫌いなタイプだというのは分かりきっているのだけれど)
容姿良し。将来性良し。能力良し。
が、性格がまるで噛み合わない。
飛竜は未来を嘱望された新進気鋭の若手探索者だ。序列は三桁と、国内でもトップクラスの実力を持っている。成程確かに、九奈白家の将来を考えるならばベストに近い相手といえるだろう。だが問題は、そのやかましめな性格だった。芝居がかった大仰な言動は、怜悧な凪とは間違いなく相容れないだろう。現にバリアとして装備している今も、凪の方から話しかけるといった様子は微塵も見られない。それどころか目も合わせない始末である。
金持ち同士の婚姻に、性格の不一致などはよくある話だ。
今どき政略結婚などと言うつもりもないが、似たような側面は確かにある。そうなって欲しくはないと、風音も本心から思っている。だがしかし、それにしたって凪はあまりに奥手――――というより、最早枯れているといっても過言ではないほどの無関心ぶりだ。これでは凪の変化や成長など見込める筈もなく、将来が不安になるのも仕方のない事だろう。
故に風音は、バリアを排除することにした。
「パパ、ちょっと外すわねぇ」
彼女は嵐士に向かってそう告げると、ゆっくりとした速度で歩き出す。
向かう先はもちろん、会場の隅で不機嫌オーラを垂れ流している娘の所だ。
風音が歩くだけで、その一挙手一投足に注目が集まる。
なにせこの会場内で、恐らくは誰もがお近づきになりたいと思っている人物のひとりなのだ。
当然、そんな彼女の向かう先――――つまりは凪にも注目が集まることになる。
元より注目されていた凪ではあるが、これまでの比ではない。特に、凪に話しかけたくても話しかけられずにいた者達――当然ながら、比較的若年層が多い――は風音の登場により、この如何ともしがたい膠着状態が打開されることを期待し、息を呑んで見守っている。
「凪ちゃーん」
「…………何でしょう」
「もお、折角のパーティーなのにムスっとして……美人さんが台無しよぉ」
「こういった場が苦手なことは、お母様もご存知でしょう」
凪もまた、注目を浴びることには慣れている。不愉快ではあるが、耐えられないほどではない。
故に首謀者の登場にも臆することなく、やはりツンツンと対応する凪。言葉の端々からは『はい、機嫌が悪いです』といった雰囲気がありありと伝わってくる。
「まぁまぁ。それで、どうかしら? 気になる人は居たかしら?」
しかし、娘からの塩対応もなんのその。
パーティーの裏に隠された意図についても、最早隠すつもりはないらしい。
「くっ…………いけしゃあしゃあと。知りませんよそんなこと。私はただ義務で参加しているだけです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「うふふ、相変わらずのツンデレさんね」
などと宣ったあと、風音はぱちりとウィンクをひとつ。
そうしておもむろに、隣の国宝院兄妹へと向き直った。
「二人とも、少しいいかしらぁ」
風音が歳不相応に可愛らしく、ちょいちょいと指を動かして飛竜とシエラを誘う。
「ご無沙汰しておりますわ、風音さん。もちろん、ご一緒させていただきますわ」
風音の誘いに即答するシエラ。
彼女にとって元九位の風音は、隆臣と同程度に憧れの存在であるのだ。
一方の飛竜は、しかし誘いに応えることを躊躇っていた。
あの九奈白風音に呼ばれているのだ、平時であれば一も二もなく承諾していたことだろう。しかし今の彼には、そう簡単にこの場を離れられない理由があった。
「お久しぶりです風音様。お誘いは誠に光栄なのですが、しかし申し訳ありません。私は今、とある事情により娘さんのナイトを務めておりまして」
「あらあら、そうなのねぇ…………うふふ、でもダーメ。今回は強制でーすっ」
心底楽しそうな声音で、風音が飛竜の首根っこを引っ掴む。
それは飛竜の眼を以てしても追いきれない、あまりにも素早く自然な動きであった。
「え、なっ…………はっ?」
「はーい、二名様ごあんなーい!」
そうしてズルズルと、為すすべなく連れ去られてゆく飛竜。その後ろを、キラキラとした憧れの眼差しで追従するシエラ。こうしてあっという間に、凪を守っていたふたつのバリアは剥ぎ取られてしまった。一部始終を間近で目撃していた凪は、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。
「くッ…………そう、強硬手段というわけ」
そうしてふと、周囲を見渡せば。
凪とお近づきになりたい者たちが男女を問わず、緊張しつつも徐々に徐々にと包囲網を狭めてきていた。
「……………………」
一度こうなってしまっては、もうどうすることも出来ない。
彼ら彼女らは他でもない、風音の招待によって集まってくれた――凪の知ったことではないが――者達だ。
その理由や目的はどうあれ、九奈白家の者としてこの場にいる以上は、まさか対応しないわけにもいかない。電光石火の早業で外堀を埋められてしまった凪は、この先に待つ退屈な挨拶合戦を思い、大きなため息を吐き出した。
* * *
一方その頃。
KCC駐車場内、とある大型車両内部にて。
「うはははははは!! ヤバいヤバい、何だよオリこっちもイケるんじゃん!」
「何故笑うんだい? 僕のメイクは立派だよ」
「ちょっとほらコレ、いつものパッドも付けてみ?」
むっつりとした無表情で、目の前のギャルをじっと睨みつける織羽。
そんな無言の抗議もどこ吹く風、いつものようにゲラゲラと笑いながら、織羽の胸元にスライムパッドを押し当てる星輝姫。
多少無愛想には見えるが、整った顔立ち。
切れ長の瞳に長い睫毛。黙っていれば男にも女にも見える半端な長さの黒髪は、過酷な任務の最中とは思えないほどに艷やかであった。そして胸部には適度な膨らみをプラス。
「だはははははは!! いやもうコレ普通にメスじゃん! 黒髪ボーイッシュ美少女じゃん!」
胸パッドを投げ捨てた織羽が、星輝姫の顔面を右手で掴んでぎりぎりと締め上げる。
そんな馬鹿騒ぎにも動じることなく、テキパキとメイクを進めていくのは上司の密だ。
「まぁ、織羽は元々中性的な顔立ちでしたから。それより暴れないで下さい、手元が狂います」
今どき男が化粧をすることなど、珍しくもなんともない。
こうしたパーティーに紛れ込むとなれば尚更、身だしなみには注意しなければならない。
ドレスコードでいうところの略礼装ということで、調査室の制服とは異なる黒スーツにシャツ、そしてしっかりとネクタイ着用である。織羽はスタイルが良いため、非常によく似合っている。加えてメイクのおかげか、メイド形態時とは雰囲気ががらりと変わっている。どこか儚げな雰囲気のある中性的な美青年、或いは男装の麗人といって差し支えないだろう。
星輝姫や密は元の織羽を知っているため、そうだと言われれば正体を見抜けるだろう。
しかし逆を言えば、元の織羽を知らなければ、メイド形態とコレを結びつけるのは難しい。それほどの出来であった。げに恐ろしきは二人の改造技術といったところか。
「はぁ…………しかし不思議なもんで、これが正常な筈なのに、何故か違和感があるんですよねぇ」
「ンフッ」
「え、今笑いませんでした?」
「まさか。心中お察しします」
澄まし顔でそう言ってのけ、密がジャケットを織羽に手渡す。
「完成です」
「いやぁーしかし、まーたズゴイのを生み出しちゃったよね」
どこかむすっとした様子の織羽を満足げに見つめ、うんうんと頷く密&星輝姫。
ともあれ、これで作戦の準備は整った。パーティー会場への潜入など、これが初めてというわけでもない。織羽は一度だけ鏡を確認し、颯爽と車を飛び出した。
「さて――――それじゃあ、いっちょ行きますか」
「…………織羽、ヘッドドレス着けっぱですよ」
が、密の一言にぴたりと足を止める。
そうして『すんっ』とした真顔のまま、静かにヘッドドレスを取り外した。
「わはははははは! 鏡見たクセに! 染み付いてる! がっつり染み付いてるじゃん! だはははは!」
「…………」
「…………いっちょ行きますか、キリッ――――ブフッ、ぶははははは!」
「お前を殺す」
デデン!




