第138話
車から降りた頃には、織羽もすっかり外行きモードになっていた。
「お嬢様、どうぞ」
「ええ、ありがとう」
もちろん主人にドアを開けさせたりはしない。
流石の九奈白家付きメイドと言わんばかりに、無駄に洗練された所作で凪をエスコートする。
「ところで、本当に私は入れないのでしょうか? ブライズメイドみたいな感じで、ちょっとくらい入れません?」
「無理よ。私だけがメイドを連れていたら、流石に恥ずかしいもの」
が、やはり会場内には入りたかったらしい。
もちろん凪も、連れて行けるのなら連れて行きたい。
表向きは祝賀会だが、凪にとっては強制婚活パーティーのようなものだ。そうした状況に於いて、この失礼戦闘女装メイドが隣に居ればどれほど心強いことか。
今回のパーティーは比較的カジュアルなもの。
参加者達の目的も、殆どが交流や情報交換が目当てであろう。
交流とはトップ同士の顔繋ぎだけに非ず。跡継ぎの紹介であったり、場合によってはそれこそ、婚約者候補を探しに来ている者も居るだろう。そして少なくとも現代に於いては、粉をかける相手の身分などは割とどうでもよかったりする。つまり目をつけた相手がメイドであろうとも、大した問題はないということだ。もしこれが中世貴族のパーティーなどであれば、相手にも相応の身分を求めるのであろうが。
その点、織羽はどうだろうか。
まず、そもそもからして見目が良い。黙っていればクール系の美女にしか見えないし、稀に見せる微笑みなどは凄まじい威力を発揮する。正体を知っている凪ですら、男だなどと未だに信じられない程だ。所作も洗練されており、言葉遣いも――少なくとも外向きは――慇懃そのもの。欠点など凡そ見当たらない、完璧なメイドといって差し支えないだろう。
つまり織羽は――――避雷針として使えるのだ。
使えるのだが、今回は使えない。いくらカジュアルなパーティーといえど、メイドカフェやコンカフェではないのだ。
給仕は専門の者が担当するし、衣装や化粧を直す為のスタッフも用意されている。故に、各家の使用人が参加する意味は全く無い。
そんな中、凪がメイドを連れ歩いていたらどう見られるだろうか。
少なくとも凪にとっては、それは恥ずべき振る舞いだった。
「では、一体誰がお嬢様をエスコートするんですか」
「貴女がどんなパーティーを想像していたのか、容易に分かるわね…………昔のお貴族様じゃあるまいし、今どきそんな堅苦しい事しないわよ」
唯一、突破口たり得そうなエスコート役。
これに関しても、やはり空振りであった。もちろん既にパートナーが居る者は、エスコートしつつ会場入りすることだろう。しかし誰もが妻帯者というわけでもない。婚約者を探しに来ている者に、今現在パートナーがいるはずもない。一流企業のトップでありながら、未だ独身の者だって普通にいる。妻や娘がいるとして、連れてきているとは限らない。つまり今回のようなパーティーに於いて、エスコート役は必須ではないということだ。
「ぐぬぬ」
「…………そんなに楽しそうなものかしら?」
妙に食い下がる織羽に対し、意外なものを見たと言わんばかりに目を丸くする凪。
パーティーなど所詮は金持ちの見栄張り合戦、面倒なだけのイベントだ。ドライな部分のある織羽が、まさかここまで参加したがるなどとは、凪も予想していなかった。
「私も出来れば連れて行ってあげたいのだけれど…………ごめんなさい。お土産は包んでもらうから、それで我慢して頂戴」
「むーん…………まぁ、いいでしょう」
「でも意外ね。貴女がこんなに楽しみにしていたなんて。はっきり言って、楽しいものじゃないわよ? 何か理由があるのかしら? ああ、言いたくなければ言わなくてもいいわ」
もしかすると自分も知らない、織羽の過去に何か関係があるのだろうか。
こうした華やかな場所に、何か憧れがあるのだろうか。凪はそう考え、僅かに表情を曇らせる。
しかし織羽から返ってきた答えは、ひどくらしいものであった。
「いえ、沢山の七光りを眺めながら食べる料理は、さぞや美味しかろうと」
「…………ひねくれすぎ。私の思いやりを返しなさい」
* * *
「やっと来ましたわね、凪!」
「来て早々、うるさいのと出会ってしまったわね…………」
やかましい金髪に、やかましい声音。
会場入りした二人が受付前で遭遇したのは、国宝院シエラであった。
赤を基調としたドレスを纏っており、控えめに言ってもよく似合っている。大胆に露出された肩は自信の現れか、彼女の性格をよく反映したドレスだと言えるだろう。惜しむらくは、スタイルという点では凪の方が上であることか。現にシエラは、凪と自分を交互に見比べ『ぐぬぬ』と悔しそうに唸っている。その様子を見た織羽は『比較対象が悪いだけで十分綺麗なのになぁ』などと考えていた。
そしてそんなシエラの隣には、同じく目の覚めるような金髪の男が一人。
照明を反射しキラキラと光るその髪はまさしく黄金のよう。整った顔立ちと垂れ気味の瞳は、出会った者の母性本能をくすぐってやまないことだろう。笑みは少し軽薄そうに見えるが、それでも十分に甘いマスクの範疇内。背も高く、さぞかしモテるであろう美男子であった。
「久しぶりだね、凪ちゃん。二年前の観桜会以来かな? 元気にしてたかい」
「ええ。でも、その呼び名はやめて頂戴。次はないわよ」
「おや、知らない仲じゃないのに…………つれないね」
凪の放つ絶対零度の瞳にも怯むことなく、爽やかに微笑んで見せる金髪男。
否、若干目が泳いでいた。どうやら普通にビビっているらしい。
そんな男の視線が、ふと凪の背後へ向かう。
「おや、キミは…………!? なッ、なんと可憐な! 名前を聞かせてもらってもいいだろうか、メイドのお嬢さん」
「…………? 私のことでしょうか」
きょろきょろと周囲を見渡し、声をかけられたのが自分ではない可能性に賭ける織羽。
しかし背後には誰もおらず、加えてばっちり目が合っていた。とはいえ織羽は、この金髪のイケメンが何者であるかを既に知っていた。
「そう、キミだ。月を映し出す湖面が如きその怜悧な眼差し。細氷の如く煌めく銀の髪。凛と咲く一輪の花が如き出で立ち。ああ、キミは私の理想だ」
「はぁ」
ワケの分からない事を口走り始めた男を前に、ただ呆けるばかりの織羽。
成程確かに、街中でナンパをされたことはある。しかしここまで大仰なナンパ(?)は初めてであった。
「おっとすまない、先に名乗るべきだった」
金髪男はそう言うと、おもむろにポーズを取り始める。
大仰だが無駄に洗練された、演劇じみたポーズであった。
そうして高らかに彼は宣言する。
世界に名だたる国宝院家、その次期当主の名を。
「我が名は飛竜! 国宝院の天空竜とは私のことさ! さぁ、君の名前を聞かせておくれ!」
(えぇ…………ワイバーンお兄様、普通にヤバい人じゃん)
織羽が知っていたのは所詮、スマホ画面の中だけの話。
容姿が優れているのは知っていたが、中身がこんなエキセントリックだとは知らなかった。
流石の織羽といえど、今回ばかりは『面白い人だ』とは思えなかった。
街中でナンパされた時もそうであったが――――男から好意を向けられるなど、侠気溢れるナイスガイ(自称)の織羽には耐え難いことだった。
故に。
「迷宮亭織麻呂です」
後のことを考え、とりあえず偽名を名乗ることにした。




