第137話
風音が白凪館より出荷されて数日。
九奈白風音主催、祝賀会という名の婿漁りパーティーのいよいよ当日。
「…………結局どうにもならなかったわ」
「いやぁ、あっという間でしたねぇ」
悔しそうに臍を噛む凪と、呑気な織羽。
この数日、凪も状況を座視していたわけではない。成算の有無を問わず、自分に出来る限りのあがきはやってみせた。
しかし今回の首魁は母・風音だ。九奈白家の裏ボスが相手とあっては、凪に出来ることなどたかが知れている。結局凪の打ち出した対抗策はどれもが空振り、あるいは効果を発揮しなかった。以前話していた欠席云々に意味がないことくらい、凪も理解している。事此処に至り、最早凪は万策尽きていた。
「でもまぁやれるだけの事はやったわけですし、あとは野となれ山となれってことで」
「…………他人事だと思って、簡単に言ってくれるわね」
ムスっと――――というより、凪は珍しく苛立ちを表に出していた。
自身の策が成らなかったことももちろんそうだが、なにより織羽の態度が気に食わなかった。
(確かにこれは私の問題で、このコには関係のない話かもしれないけれど…………もう少し親身になってくれたっていいじゃない)
今回の問題はいわずもがな凪、ひいては九奈白家内だけの問題だ。
加えて命の危険があるわけでもなく、言ってしまえば、ただ将来の婿候補を探そうというだけのもの。仮に風音が婿候補を選んだとして、直ちに婚約が交わされるわけではない。謂わば青田買いの類でしかないのだ。故に織羽の呑気な態度も、あながち間違っているわけではない。
それでも、もう少し真面目に考えてくれてもよいではないか、というのが凪の本心であった。
凡そ半年間というこれまでの月日と、そして織羽の失踪事件を経たことで、少しくらいは深い仲になったと対人弱者ながらに思っていたのだ。どこにでもいる事務的な主従よりは、余程良い距離感で付き合いが出来ていると思っていたのだ。少なくとも、相談に乗るくらいのことはしてくれるものだと。
しかし蓋を開けてみればどうだ。
この失礼なメイドは相談に乗るどころか、この数日間、事あるごとに外出を決め込んでいる。
風音の滞在時もそうだったし、その後も頻繁に『お暇を頂きたく』などと言ってどこかへふらふらと出かけていた。
これは九奈白家の問題であると認識していたからこそ、凪はいちいち織羽の行動を咎めたりはしなかった。
一体外で何をしているのかと問い質すようなこともしなかったし、休暇の希望を却下することもなかった。近頃は他人を頼る事を覚えた凪だが、しかしこれでは『頼る』というより、ただの『甘え』だと思ったからだ。本心では相談に乗って欲しかったが、そこで素直になれる程簡単な性格でもなかった。
(自分の主が困っているのだから、普通はもっと心配したりするものじゃないかしら? 普段の仕事はいちいち完璧なくせに、こういうところは気が利かないんだから)
自分のことを棚に上げ、徐々に機嫌を悪くしてゆく凪。
ここ数日のやりとりを思い返せば思い返すほど、織羽に対して苛立ちが募ってゆくのだ。
内輪揉めに付き合わせるわけにはないかない、という思い。少しくらい助けてくれてもいいじゃない、という思い。この相反するふたつの感情をどうすればいいのか、対人雑魚の凪には分からないのだ。それ故のムッスリ顔である。
そんな、まるでいつぞやのツンドラ期に戻ったかのような凪であったが――――。
「それにしてもお似合いですね」
「…………何が」
「もちろんドレスが、ですよ」
運転中の織羽と、バックミラー越し――スマートミラーではない――に目が合う。
館での着替え直後は何も言わなかった癖に、だ。不意打ち気味で告げられた感想に、凪が驚きで目を丸くする。
「…………そ」
そうして素っ気なく、窓の外を眺めながら小さく呟いた。
それは、誰がどう見てもただの照れ隠しでしかなかった。
織羽には妹が居た。殆ど呪いか、あるいは自縄自縛の鎖と化している最愛だった妹。
故に織羽は経験――酷く偏りがあるが――から知っていた。妹がそうであったように、女性というものはなんでもいいからとにかく褒めておくべし、と。織羽のようなノンデリメイドから褒め言葉が飛び出した、その理由がこれである。
しかし忘れてはならない。
凪と同様に、織羽もまた対人弱者だということを。
これといった捻りもないベタな褒め言葉で、褒めるタイミングとしても些か微妙。一見すれば気の利いた一言のようにも思えるが、よくよく考えれば突拍子もない一言。どうということはない。織羽にとって『女性を褒める』という事は、ほとんど天気デッキと同じようなものなのだ。任務遂行に不可欠なスキルを、上っ面だけ習得してきた結果である。
そんな『今日はいい天気ですね』程度の褒め言葉でまんまと機嫌を治すのだから、受け手側も始末に終えない。
雑魚と雑魚の戦いなど所詮はこんなもの、手札の全放出以外の選択肢がお互いに存在しないのだ。周りから見ればなんとも稚拙で、駆け引きもへったくれもない微笑ましいやりとりであった。星輝姫あたりがこの光景を見ていれば、腹を抱えてその場で転げ回っていたことだろう。
そうして車内を再び沈黙が包み込む。
しかし苛立ちから来るような嫌な空気ではなく、不思議と居心地が悪くない沈黙だった。
疑似天気デッキの一本槍で成したとはとても思えない、そんな穏やかなムードである。
「あ、橋が見えてきましたね」
車の前方、遠くの方に小さな光見えた。
今回のパーティー会場は総会と同じく、九奈白コンベンションセンター――通称『イベント島』で開催される。形式上は総会成功のお祝いパーティーなので、会場も同様にということらしい。倒壊した展望棟は既に修繕が完了しており、会場として使う分には全く問題がない。これだけの早さで修繕出来たのは、偏に『そっち系』技能持ちが投入されたからである。もちろん雇用報酬はなかなかの金額となるが、九奈白家がそんなことを気にするはずもなく――――札束ビンタの強さに於いて、九奈白を超える組織などそうはいないのだから。
凪の機嫌は幾分マシになったものの、しかし進めば進むほど、彼女にとっての処刑場は着実に近づいてくるのだ。
まるで出荷される家畜のようなどんよりとした眼差しで、凪が橋の方へと視線を送る。そこでは島に出入りする車への検問が行われていた。
「ただの祝賀パーティーに、随分と大掛かりなことね」
「まぁ、あんなことがあったばかりですしね。喉元過ぎれば、なんて言いますし、慎重なのは良いことかと」
「それはそうだけれど…………はぁ、あそこを越えたらもう逃げられないのね」
高価なドレスも豪華な料理も、彼女の憂鬱を晴らす要因たり得ない。
この後数時間にも及ぶであろう、見知らぬ者たちからの挨拶とつまらない話を想像し、げんなりとした様子でシートに背中を預ける凪。
「大丈夫ですよお嬢様、私がついております! お嬢様に群がる悪い虫は、この私が全て排除して見せましょう!」
パーティー会場へ向かっているとはとても思えない、そんな萎みきった凪を元気づけようと、鼻息荒く意気込んでみせる織羽。
だが、しかし――――。
「…………一応言っておくけれど、メイドは会場内には入れないわよ?」
「そんなー」
会場で饗されるであろう、贅の限りを尽くした料理の数々。
それらを楽しみにしていた織羽は、衝撃の事実に打ちひしがれることしか出来なかった。
そんなー(´・ω・`)




