第135話
風音襲来以降、白凪館の面々は見事に振り回されていた。
「織羽ちゃーん、肩を揉んで欲しいわー」
「はいはーい」
日がな一日ごろごろしながら、自由気ままに振る舞う風音。
「亜音ちゃーん、おやつはまだかしらぁー?」
「は、はいーっ! ただいまお持ち致しますゥー!」
ある時は織羽を呼び出し、ある時は亜音を呼び出し。
「椿姫ちゃーん、一緒にドラマみましょおー?」
「は、はひっ! お供いたしますぅ……」
またある時は椿姫を呼び出して。態度だけを見ればまさしく傍若無人であった。
リスクヘッジも万全で、恐らくはお小言を頂戴するであろう花緒里だけは避けている。
要件そのものは慎ましく可愛らしいものばかりで、嫌な気持ちにさせられるような事はないのだが、ある意味それもタチが悪い。
メイド達は全員、風音が日々忙しく過ごしていることを知っている。故にそのリラックス具合をみた時、逆に日頃の激務を想像してしまうのだ。きっと疲れているのだろう、きっとストレスが溜まっているのだろう、このダラケ具合はその反動なのだろう、と。
そして風音は、そう思われているであろうことを知っている。
知っていて、今の状況を利用しダラケているのだ。『あらあらまあまあ』などと言いながら、なんとまぁ食えない女性である。
そんな風音の天下が続くこと二日。
つまり襲来から数えて四日目となるこの日。
白凪館のボス、九奈白凪がついに動いた。
「お母様」
「あら? なぁにぃ凪ちゃん、どおしたのかしらぁ?」
「もう我慢の限界です。即刻退去して頂きます」
ソファでごろごろしていた風音へと、凪が腕組をしたまま処分を言い渡す。
これまで風音を放置していたのは、偏に『藪を突付きたくなかった』からである。
どういうわけか今日まで、風音の口から例の祝賀会の話が出ることはなかった。故に凪も様子見を続け、話題に挙がることを避けていた。しかしその結果が――――なんというか、このあまり見たくはない母の姿であった。もちろん自宅のようなものであるし、リラックスするのは構わない。だがしかし、だ。
「お母様が普段どれだけ大変な仕事をされているのか、それは存じ上げています。しかしこれ以上は、娘として流石に容認出来ません」
「えぇー、凪ちゃんのいけずぅ。たまの休みにごろごろするくらい、別にいいじゃなぁい」
「今日で四日目です、もう十分でしょう」
「ぜぇんぜん足りないわあ。あの邪魔な二人が居ないなんて、こんな機会滅多にないのよぉ? ぜぇぇぇぇぇぇったい帰りませーん!」
ぷい、と凪から顔を背け、駄々っ子のようにソファへ顔を埋める風音。
風音らしいといえばらしい仕草だが、およそいいところの娘――――というより、いい大人が見せてよい姿ではない。
しかしそんな――見様によっては可愛らしい――母を見ても、凪は微塵も油断しなかった。こんな姿を見せておきながら、腹では一体何を考えているのか分かったものではないからだ。そもそも今回の襲撃からして、何かしらの狙いがある筈なのだ。単に気まぐれだとか、娘の顔を見に来ただとか、そんな単純な理由ではないはずなのだ。少なくとも凪の知る『九奈白風音』とは、そう簡単な相手ではない。
そんな一筋縄ではいかない厄介な相手が、『娘に言われたから』というだけで素直に出ていくなどとは、当然凪も思ってはいない。
故に、凪は秘策を用意していた。というよりこの四日間、凪はそれを待っていたとも言えるのだが。
「まぁ、そう仰るとは思っていましたが」
「そうだわ! 聞いてよ凪ちゃん! あの二人ったら酷いのよぉ!? この間だって、ちょぉっとお散歩に出ただけなのに『外出禁止です』とか言うのよぉ? きっと頭の中が仕事に汚染されているんだわ。そんなだから二人とも行き遅れて――――」
ぷりぷりと憤慨しながら、風音が愚痴を零し始めた時だった。
凪の更に後方――――リビングの入口付近から、ひどく冷ややかなふたつの声が聞こえてきた。
「誰が行き遅れですって?」
「捕獲する。あの口を縫い合わせるぞ」
その声を聞いた途端、風音はソファから飛び上がった。
そうして油の切れたオモチャの如く、ぎこちない動きでゆっくりと振り向いた。
「あ、あらあらまぁまぁ…………仕事はたっぷり残しておいた筈なのに、随分と早いわぁ…………」
そこにいたのは、二人の女性であった。
方やタイトスカートのオーソドックスな黒スーツ。ジャケットのボタンはしっかりと閉められており、如何にもな『しごでき』感を纏っている。長い黒髪は背中のあたりでひとつに纏められており、その居住まいからは上品な印象を受ける。一見した雰囲気で言えば、それこそ凪に近いだろうか。
そして隣にはもう一人、黒のパンツスーツに身を包んだ長身の女性が立っていた。
ヒールを吐いているというわけでもないのに、恐らくは百八十センチ後半、ヘタをすると百九十センチにも届くだろうか。女性としてはかなりの高身長だ。織羽の同僚である千里も身長が高いほうだが、明らかにそれ以上である。そして何より、その見事な体格に目が行く。一見して分かるほどに鍛え抜かれた肉体は、まるでどこぞの格闘家のようであった。先の女性とは異なり、ジャケットの前は開けられている。恐らく彼女が戦闘担当なのだろう。
「常磐さん、回収をお願いします」
「承りました」
常磐と呼ばれた女性――戦闘担当であろう高身長の方だ――がずい、と前に出る。
そうして手をわきわきとさせながら、風音の居るソファの方へと歩み寄る。
「ち、チクったわねっ!?」
「当たり前です」
「最低っ! 鬼っ! 悪魔っ! 凪ちゃんをそんなふうに育てた覚えはありませんっ!?」
「では、曲がらなかった自分を褒めることにします」
もはや取り付く島などあろうはずもない。
凪の指示で動き出した常磐によって、まるで米俵のようにむんずと抱えられてしまう風音。やいのやいのと騒ぐ風音だが、仮にも『元九位』である風音が逃れられないあたり、どうやら常磐の腕力はかなりのものであるらしい。そうしてあえなくドナドナされる風音を横目に、もう一人の女性――――九条五十鈴が深々と頭を下げた。
「凪お嬢様、今回は申し訳ありませんでした。我々の不手際で、とんだご迷惑を」
「こちらこそ、というべきかしら。五十鈴さんの所為ではありませんので、お気になさらず」
「御存知の通り、普段はもっとちゃんとされているのですが…………お嬢様と久しぶりに会えるという事で、嬉しくなったのでしょうね」
呆れるような目で風音の尻を眺め、しかしどこか微笑ましそうに見送る五十鈴。
そうして再び凪に一礼し、風音を追ってその場を後にした。時間にしてほんの数分、電光石火の回収劇であった。
「結局のところ、お母様は何をしにきたのやら」
ともあれこれで、曲者の排除には成功した。
再び平穏が戻ったことに安堵し、凪がほっと息を吐いた、その時だった。
玄関ホールの方から、凪を呼ぶ風音の声が聞こえてきた。
「凪ちゃあーん!」
「はぁ…………なんです?」
今際の一言くらいは聞いてもよいか、などと考え、凪が渋々といった様子で顔を出す。
情けなくも常磐の肩に抱え上げられた風音は、可愛らしいウインクをひとつ。そして――――。
「うふふ。今度のパーティー、楽しみにしているわね?」
どきりと、凪の心臓が跳ねる。
やはり風音は忘れてなど居なかった。
加えてその意味ありげな視線と声音。
楽しみにしているとは、一体どういう意味なのか。
わざわざ去り際に付け加えた風音の一言だ、言葉通りに受け取っていい筈がない。
「ああもう…………どこまでも厄介な」
ようやく平穏が戻ると思った矢先、風音はまるで宿題のような言葉を残し去っていくのであった。
* * *
「分かっているとは思いますが、当分の間は常磐を見張りにつけますので」
「そんなぁー」
「それはそれとして…………久しぶりの再会は如何でしたか?」
「んー……? うふふ、もちろん楽しかったわよぉ。それになんだか、随分変わったわねぇあの子。もちろんいい方向によぉ?」
「それはなによりです」
そうしてシートにゆっくりと背中を預け、風音はにんまりと笑った。
「思っていたよりずっと、楽しいパーティーになりそうだわ」
出荷よー(´・ω・`)




