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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第133話

 明くる日の朝。

 食堂に顔を出した織羽(おりは)は、開口一番にこう言った。


「今日は午後から、お暇を頂いても宜しいでしょうか」


 本日は言わずもがな、九奈白風音というどデカい爆弾が動き出す、その初日である。

 なんだかんだと言いつつ、日々の激務によって風音も疲れが溜まっていたのだろう。彼女は部屋に案内されるや否や、そのまま丸一日もぐっすり眠っていたのだ。そうしていよいよ風音が目覚めるであろう今日この日、あろうことか織羽(おりは)は『昼からちょっと用事が』などと言い出したのだ。これには凪も耳を疑った。


「……正気なの? あんなバケモノの相手を、私だけにさせるつもり?」


「言い方、言い方」


 もちろん館には花緒里(かおり)亜音(あのん)椿姫(つばき)といったメイド達が常駐している。

 しかし彼女らはあくまでもメイドに過ぎず、九奈白家の大ボスこと風音との戦いにおいては、少々頼りなかった。

 

 であればこそ凪は、結構な割合で織羽(おりは)を頼りにしていた。

 そもそもデリカシーがなく、目上に対してもずけずけとモノを言うその態度。なにしろ初対面の凪に『デカチチ』などと吐いたほどである。加えてどういうわけか、現時点で既に風音から気に入られている様子もあった。対風音戦において、この『ノンデリ失礼メイド』は大いに活躍してくれるだろうと、そう期待を寄せていたのだ。


 しかしここにきて、まさかの裏切りである。

 どうやら、午後からの凪は孤立無援であるらしい。


「くっ…………どうしても外せない用事なのかしら」


「ですね。もちろん、大変心苦しく思ってはおりますよ」


「どうだか。でもまぁ、それなら仕方ないわね」


 本来であればもちろん、凪が一言『却下』と言えばそれで済む話である。

 メイドとしても護衛としても、現在の雇用主は凪なのだから。しかし凪は、立場を利用して強権を振りかざすような行為を事さらに嫌う。


 加えて平時より、メイド達には休みたければいつでも休んでもよいと伝えていたし、ある程度の自由も最初から与えている。これは彼女らが住み込みメイドという性質上、基本的に年中無休の業務となっているからだ。それを自分の都合――それも、ひどくしょうもない都合だ――で撤回するなど、凪にはとても出来なかった。

 

 今日が平日であればどれほど良かったか。

 平日であれば、授業を理由に学園へと逃亡することが出来た。午後までは悠々と過ごせることだろう。

 しかし今日は日曜であり、その手は使えない。元より引きこもりがちであり、かつ友人もほとんどいない凪には――――悲しいかな、避難先の候補が他に無かった。


「まぁまぁお嬢様、家族は大事にした方がいいですよ」


「別に…………ちゃんと大事にしてる――――つもりよ。でも、それとこれとは話が違うじゃない」


 二人がそんな会話を交わしている、丁度その時だった。

 間延びするような、気の抜けるような声が聞こえてきた。


「おはよぉ~。やっぱり若いっていいわね、二人とも早いわぁ」


 声の主はもちろん九奈白家の裏ボス、九奈白風音である。

 流石に着物は着替えたらしく、今はゆったりとしたレース付きの部屋着を纏っている。

 身体の凹凸が出づらい着物ですら()()だったのだ。ゆったりとした部屋着であるが故に、なんというか、凄まじい色香であった。もしここに()()()()がいたら、あるいは目が潰れていたかもしれない。


「なっ、お母様!? なんて格好をしているんですか!」


「あら、女同士なんだし別にいいじゃない。それにただの部屋着よぉ?」


 ()()()()()()()からこそ凪は苦言を呈しているのだが、もちろんそれを言うわけにはいかない。細かいことには頓着しない性格の風音ではあるが、しかし元は名家の娘であり、それ故か変なところで厳しい一面を見せる――その割にはあられもない格好をしているが――こともあった。織羽(おりは)の正体が風音に知られてしまったとき、どういった反応をするのか全く予測出来ないのだ。


 そうでなくとも、この白凪館で織羽(おりは)の正体を知っている者は凪だけだ。

 花緒里(かおり)亜音(あのん)椿姫(つばき)達にまで知られるリスクを考えれば、あまり深く注意することも出来ない。結局このあられもない姿を許容する外なく、凪は朝から大きなため息を吐き出すこととなった。ついでに、なにかモヤモヤとした不思議な気持ちも添えて。


 ちらりと横目で見てみれば、織羽(おりは)はまるで意に介した様子もない。

 風音の色香に惑わされることもなければ、そもそも風音の方を見てすらいない。ただ無表情のまま、モリモリと朝食を頬張るのみであった。

 そんな織羽(おりは)の様子に、凪はほっと安堵の息を漏らした。

 

「…………まぁお母様がそれで良いのなら、私は別に構いませんけれど」


「あら?」


「なんです?」


「…………うーん? 気のせいかしら?」


 やはり風音は侮れない相手であった。

 凪の微妙な心情を、その僅かな表情の変化から感じ取ったのだろう。怪訝そうな顔をしながら、じっと凪を見つめている。

 とはいえそれは確信めいたものではなく、『何だか思っていた反応と違う』と小さな違和感を感じた程度か。相手が娘だからというわけではなく、そもそもからして他人の感情を読むことに長けているのだ。


 しかし凪もまた、風音がまだ真に至ってはいないことをすぐさま見抜く。

 違和感こそ与えてしまったものの、その違和感がどこからくるものなのかは気づかれていない、と。

 そうしてゆっくりと落ち着いた様子で席につき、何事もなかったかのように食事を再開した。

 九奈白母娘はこんな朝っぱらから、なんとも複雑な攻防を繰り広げていた。


(なんか、諜報員同士の探り合いみたいだなぁ)


 謎の探り合いを行う母娘を視界の端に眺めながら、織羽(おりは)はそんなどうでもいい事を考えていた。


 

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― 新着の感想 ―
昨日この作品を発見して最新話まで一気に読んでしまいました。 登場人物のキャラがみんな良いですね。死んで欲しくなかった敵が味方になってくれた時は安心しました(ハクアはもちろん、ハル&ケイのコンビ好き 応…
平和だなぁ
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