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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第130話

 同じ境遇だと思っていたシエラの裏切りに、凪は大きなため息を吐き出した。

 

「そうだわ。貴女が会場で大暴れすればいいのよ。そういうの得意でしょう?」


「貴女、私を一体何だと思っていますの」


 もちろん凪とて、本気で言ったわけではない。

 妙案が浮かばないからこその冗談だ。凪が冗談を言うのは珍しく、つまりはそれほど悩んでいるということなのだろう。

 

 良いところのお嬢様としては、かなり常識的な方ではある凪。

 自身が立ち上げたブランドを経営しているということもあり、社会経験も相応にある。

 しかしその一方で苦手なこともある。現在直面している『両親への接し方問題』もまた、凪が苦手なもののひとつである。

 

「こういう時、普通はどうするのが正解なのかしら」


「普通はそんな状況にならないですから……」


 凪の呟きにツッコミを入れたのは、一般家庭代表の莉子だ。

 婚約者がどうだのと、普通の家庭ではそんな話にはならない。しかし常識という意味では、いっそリーナやシエラよりも頼りになる存在だった。

 

「でもまぁ、ベタなところで言うと『偽彼氏作戦』とかじゃないですか?」

 

「偽彼氏作戦」


「はい。いやまぁ私も、漫画とかで見たことあるだけなんですけど……」


 聞き馴染みのない言葉に、俄に凪が反応を見せる。

 ラブコメなどではお馴染みとなっている戦法ではあるが、普段漫画などを読まない凪にとってはとても興味深い言葉だった。


「親が持ってきたお見合い話なんかを蹴りたい時、よく使われる手段ですね。例えば知り合いなんかに頼んで、嘘の彼氏役をやってもらうんです。それで親に『私にはお付き合いしている人がいるので』なんて言って見合い話を断る、みたいなやつです」


「へぇ…………でもそれ、普通にバレるわよね?」


「そこはほら、前もって練習するんですよ。でもその練習の仮定でだんだん距離が近づいて、嘘が真実に――――みたいな?」


「ふぅん……」


 どうやら莉子はラブコメ漫画が好きらしい。

 ちょっとした例えにしては、どこか熱の入った説明だった。

 

 しかし所詮は作り話。

 現実主義なツンデ令嬢は、今の話を聞いても特に何も感じなかったらしい。むしろ『そんなの上手くいくわけないでしょう』と言わんばかりに鼻白んでいた。凪とて個人の趣味嗜好にどうこう言うつもりはないが、こと現実世界に於いては成算があると思えなかったのだ。


 そもそもの話、相手役を頼めそうな知り合いがいない。

 伊達に何年もツンツンしていたわけではないのだ。

 だが当人である凪以上に、偽彼氏作戦とやらに食いついた者がいた。

 

「それですわ! 相手役には私のお兄様を使えばいいじゃありませんの」


「お断りよ」


「あら、どうしてですの? 妹の私が言うのもおかしな話ですけど、お兄様は割とイケメンですわよ」


 どうやら真面目に提案しているらしいシエラを見て、凪が再びため息をこぼす。

 国宝院家の長男については、凪も何度か目にしたことがある。成程確かに、シエラ同様顔立ちは整っていた。実際に金持ち界隈では評判がいいし、探索者としての実力も高いと有名だ。『偽彼氏作戦』の相手役としては申し分がないように思える。


 だがしかし、国宝院家の長男など顔が知れているどころの話ではない。

 風音の前に連れて行こうものなら、一秒もしないうちに嘘だとバレるだろう。それに加えて――――。


「真顔でいられる自信がないわ」


「あら、凪ったら意外と純情ですのね。まぁ確かに、飛竜(ワイバーン)お兄様が隣に居たら――――」


 そこまで言ったところで、凪がシエラの言葉を遮った。


「それよッ!」


「な、なんですの? それ? どれですの?」


「名前ッ!」


 確かに凪は色恋に関してズブの素人だが、しかしこれは純情だとかそういう話ではない。

 他人の名前にケチをつけるなど、良くないことだと凪も当然理解ってはいる。理解ってはいるが、しかし。

 隣にワイバーンがドヤ顔で立っていると思えば、流石の凪も笑わずにいられる自信がないのだ。現に背後の簡易キッチンからは、ぷすぷすと空気の漏れ出す音が聞こえている。


「え、シエラさんのお兄さん、ワイバーンさんなんですか? カッコいいですねっ!」


「字は、字はどう書くんだろ……?」

 

「流石お金持ち……名前に伸ばし棒オッケーなんだ……」


 センスが怪しいというか、浮き世離れしているリーナにとってはカッコいい名前らしい。

 だが一般的な反応としては、莉子や火恋のほうが正しいリアクションといえるだろう。

 

「そういえば個性的な名前ですわよね。私はもう慣れてしまいましたけど。本人も気に入ってますし」

 

「悪いけれど、仮に普通の名前だったとしても却下よ」


「あら、そうですの? まぁ強制はしませんけど」


 如何に演技といえど、よく知りもしない誰かと付き合っているフリなどしたくはない。

 それが嘘偽りのない凪の本心だった。それがまるで意味を成さないとなればなおさらに。


 九奈白風音という女性は、とにかく勘が鋭い。

 フリやテイでは絶対に騙せない。その確信が凪にはあった。


「あっ、もしかしてルーカスですか? いくら凪さんでも駄目ですよっ! 貸しませんからねっ」


「いらないわよ……これでも自分のことはよく分かっているつもりよ。たとえ相手が誰であれ、私にそんな……恋人ごっこが出来るとは思えないわ」


 なにやら勘違いしているリーナをぴしゃりと切り捨て、凪が三度ため息を吐く。

 他の問題であればさっさと解決策を打ち出せるというのに、自分の事となるとなかなかうまくいかない。いっそ風音の言う事など無視してしまえば良さそうなものだが、しかし確かに尊敬している相手だからこそ正面から断れない。だが黙って従う気には到底なれない。実に凪らしいデッドロック状態であった。


 恥を偲んで相談したはいいものの、結果はやはり空振り。

 結局『何か妙案があったら教えて頂戴』という、微妙過ぎる相談結果に終わったのであった。

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