第130話
同じ境遇だと思っていたシエラの裏切りに、凪は大きなため息を吐き出した。
「そうだわ。貴女が会場で大暴れすればいいのよ。そういうの得意でしょう?」
「貴女、私を一体何だと思っていますの」
もちろん凪とて、本気で言ったわけではない。
妙案が浮かばないからこその冗談だ。凪が冗談を言うのは珍しく、つまりはそれほど悩んでいるということなのだろう。
良いところのお嬢様としては、かなり常識的な方ではある凪。
自身が立ち上げたブランドを経営しているということもあり、社会経験も相応にある。
しかしその一方で苦手なこともある。現在直面している『両親への接し方問題』もまた、凪が苦手なもののひとつである。
「こういう時、普通はどうするのが正解なのかしら」
「普通はそんな状況にならないですから……」
凪の呟きにツッコミを入れたのは、一般家庭代表の莉子だ。
婚約者がどうだのと、普通の家庭ではそんな話にはならない。しかし常識という意味では、いっそリーナやシエラよりも頼りになる存在だった。
「でもまぁ、ベタなところで言うと『偽彼氏作戦』とかじゃないですか?」
「偽彼氏作戦」
「はい。いやまぁ私も、漫画とかで見たことあるだけなんですけど……」
聞き馴染みのない言葉に、俄に凪が反応を見せる。
ラブコメなどではお馴染みとなっている戦法ではあるが、普段漫画などを読まない凪にとってはとても興味深い言葉だった。
「親が持ってきたお見合い話なんかを蹴りたい時、よく使われる手段ですね。例えば知り合いなんかに頼んで、嘘の彼氏役をやってもらうんです。それで親に『私にはお付き合いしている人がいるので』なんて言って見合い話を断る、みたいなやつです」
「へぇ…………でもそれ、普通にバレるわよね?」
「そこはほら、前もって練習するんですよ。でもその練習の仮定でだんだん距離が近づいて、嘘が真実に――――みたいな?」
「ふぅん……」
どうやら莉子はラブコメ漫画が好きらしい。
ちょっとした例えにしては、どこか熱の入った説明だった。
しかし所詮は作り話。
現実主義なツンデ令嬢は、今の話を聞いても特に何も感じなかったらしい。むしろ『そんなの上手くいくわけないでしょう』と言わんばかりに鼻白んでいた。凪とて個人の趣味嗜好にどうこう言うつもりはないが、こと現実世界に於いては成算があると思えなかったのだ。
そもそもの話、相手役を頼めそうな知り合いがいない。
伊達に何年もツンツンしていたわけではないのだ。
だが当人である凪以上に、偽彼氏作戦とやらに食いついた者がいた。
「それですわ! 相手役には私のお兄様を使えばいいじゃありませんの」
「お断りよ」
「あら、どうしてですの? 妹の私が言うのもおかしな話ですけど、お兄様は割とイケメンですわよ」
どうやら真面目に提案しているらしいシエラを見て、凪が再びため息をこぼす。
国宝院家の長男については、凪も何度か目にしたことがある。成程確かに、シエラ同様顔立ちは整っていた。実際に金持ち界隈では評判がいいし、探索者としての実力も高いと有名だ。『偽彼氏作戦』の相手役としては申し分がないように思える。
だがしかし、国宝院家の長男など顔が知れているどころの話ではない。
風音の前に連れて行こうものなら、一秒もしないうちに嘘だとバレるだろう。それに加えて――――。
「真顔でいられる自信がないわ」
「あら、凪ったら意外と純情ですのね。まぁ確かに、飛竜お兄様が隣に居たら――――」
そこまで言ったところで、凪がシエラの言葉を遮った。
「それよッ!」
「な、なんですの? それ? どれですの?」
「名前ッ!」
確かに凪は色恋に関してズブの素人だが、しかしこれは純情だとかそういう話ではない。
他人の名前にケチをつけるなど、良くないことだと凪も当然理解ってはいる。理解ってはいるが、しかし。
隣にワイバーンがドヤ顔で立っていると思えば、流石の凪も笑わずにいられる自信がないのだ。現に背後の簡易キッチンからは、ぷすぷすと空気の漏れ出す音が聞こえている。
「え、シエラさんのお兄さん、ワイバーンさんなんですか? カッコいいですねっ!」
「字は、字はどう書くんだろ……?」
「流石お金持ち……名前に伸ばし棒オッケーなんだ……」
センスが怪しいというか、浮き世離れしているリーナにとってはカッコいい名前らしい。
だが一般的な反応としては、莉子や火恋のほうが正しいリアクションといえるだろう。
「そういえば個性的な名前ですわよね。私はもう慣れてしまいましたけど。本人も気に入ってますし」
「悪いけれど、仮に普通の名前だったとしても却下よ」
「あら、そうですの? まぁ強制はしませんけど」
如何に演技といえど、よく知りもしない誰かと付き合っているフリなどしたくはない。
それが嘘偽りのない凪の本心だった。それがまるで意味を成さないとなればなおさらに。
九奈白風音という女性は、とにかく勘が鋭い。
フリやテイでは絶対に騙せない。その確信が凪にはあった。
「あっ、もしかしてルーカスですか? いくら凪さんでも駄目ですよっ! 貸しませんからねっ」
「いらないわよ……これでも自分のことはよく分かっているつもりよ。たとえ相手が誰であれ、私にそんな……恋人ごっこが出来るとは思えないわ」
なにやら勘違いしているリーナをぴしゃりと切り捨て、凪が三度ため息を吐く。
他の問題であればさっさと解決策を打ち出せるというのに、自分の事となるとなかなかうまくいかない。いっそ風音の言う事など無視してしまえば良さそうなものだが、しかし確かに尊敬している相手だからこそ正面から断れない。だが黙って従う気には到底なれない。実に凪らしいデッドロック状態であった。
恥を偲んで相談したはいいものの、結果はやはり空振り。
結局『何か妙案があったら教えて頂戴』という、微妙過ぎる相談結果に終わったのであった。




