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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第129話

 東棟の三階端部屋、九奈白家の専用サロンにて。

 

「お嬢様、お茶をどうぞ」


「ええ、ありがとう」


 部屋の存在が発覚してから数日。

 なんだかんだと言いつつも、凪はここに入り浸っていた。


 九奈白家としての知名度はもちろんのこと、凪と織羽(おりは)が並んで歩けば嫌でも周囲の目を引いてしまう。その度に黄色い声が上がったり、あるいは影から眺められたり。嬉しいような悲しいような、結局この主従はどこに行っても目立ってしまうのだ。


 入学から半年近くが経過した今も、それは変わらない。

 むしろそういった声や視線は日に日に増えているような気さえする。

 当初に比べれば気にならなく――――否、気にしないよう振る舞う事にも慣れたが、とはいえやはり、いちいち騒がれるのは面倒で。


 自身の未熟によるものであればともかく、これは凪ではどうしようもない類の悩みだ。

 凪が理想の振る舞いを見せれば見せるほど、逆にファンが増えてしまうのだからお手上げだ。となりのメイドに至っては何故か満更でも無さそうで、この件に関してはとても役には立たなかった。

 

 そんな悩みを抱えていた凪にとって、この部屋は不本意ながらも大いに便利であった。

 今までは我慢出来ていたことも、一度楽を覚えてしまうとなかなか元には戻れない。なにせこの部屋に籠っていれば、少なくとも騒がれたりする事はないのだから。普段から自分に厳しい凪といえども、今回ばかりは流石に観念したらしい。


 そうして休み時間になる度、メイドを連れてどこかへ消えるようになった凪。

 そんな怪しい動きに、あのやかましい知人連中が気づかないはずもなく。


「うーん、このケーキ美味しいですねっ! どこのお店でしょうか…………」

 

「なかなか良い部屋ですわね。インテリアの趣味はあまり好みではありませんけど」


「サボるのに最高ぉー」


 出された菓子類を一心不乱に貪る海外産ポンコツ少女、我が物顔で優雅に紅茶を飲む高飛車女、へそ丸出しでソファに寝転ぶ病みサイコ女。

 好き放題に宣う彼女らは、凡そ客人とは思えないほどの寛ぎっぷりを見せていた。余談だが、国宝院家には既に専用サロンが用意されている。にも関わらずここに来るあたり、やはりシエラは友人が少ない――取り巻きはいるが――らしい。さもありなん、彼女もまた凪とは別ベクトルのコミュ障なのだから。閑話休題。


 そんな図々しい知人達ではあるが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 この気安さがむしろ心地よいと、ほんの少しだが凪はそう感じていた。そう感じられるようになっていた。

 

「うっ、落ち着かない……」


「周りのモノが高級品っぽそうすぎて、迂闊に身動きが取れない……」

 

 その一方で、莉子と火恋の特待生コンビはガチガチに固まっていた。

 招待されてやって来たはいいものの、一般市民の彼女らからすれば最早ここは別世界だ。白凪館へ遊びに来た時は、椿姫(つばき)というマスコットが居たため、二人の緊張はどうにか解れた。しかしこのサロンには癒し系のマスコットキャラが居ないため、緊張ですっかり萎縮してしまっている。


「もし何か壊したって、弁償しろなんて言わないわよ。こちらが誘ったのだから、気にせず寛いで頂戴」


「そ、そうは言われてもぉ……」


「もしかして、誘ったのは迷惑だったかしら……?」


 ほんの少しだけ悲しそうな顔をする凪。

 それを見た莉子と火恋は、首がもげるのではと思えるほどに全力で否定した。


「いえいえいえいえいえ!」


「そんなことないです! 誘ってもらえたのはホントに嬉しい!」 

 

 そんな二人に対し、凪は一転して優しく微笑む。

 どうやら先程の悲しげな顔は、緊張を解すための演技だったらしい。


「そ。まぁあの三人ほどとは言わないから、適当に寛いで頂戴」


 そんな凪の言葉に、互いに顔を見合わせる莉子と火恋。

 二人は深呼吸をするかのように大きく息を吐き出した後、ぎこちなく笑った。




      * * *




 そうしてしばらく。

 ふと思い出したかのように、シエラが凪へと話しかけた。

 

「そう言えば、うちにも招待状が届いていましたわよ」


「…………まぁ、そうでしょうね」


 九奈白主催のパーティに、国宝院が招待されない筈もない。

 当然、シエラのもとにも招待状が届いていた。


「祝賀会なんて、どうせただの建前なのでしょう? 貴女、どうするつもりですの?」

 

 ある時はパーティ会場で、ある時はどこぞのイベント会場で、またある時は互いの家で。仲が良かったとは言えないまでも、しかし凪とは幼い頃より付き合いがあったシエラだ。


 嵐士はもちろんのこと、風音とも面識がある。加えて凪とは境遇も近しい。故にか、彼女は当然のようにそう言ってのけた。どうやらシエラは、このパーティの裏の意図にまで察しがついているらしい。


「…………まだ対策中よ」


「ふぅん……ま、そんなことだろうとは思いましたけど。前にも言いましたけど、困った時は私を頼ってもよろしくてよ」


 借りを返す好機とでも見たのだろうか。

 得意げに――――否、偉そうにそう告げるシエラ。

 

 もちろん、普段の凪ならば雑にあしらって終わりだろう。

 だが意外にも、この時はそうならなかった。


(…………考えてみれば、もしかするとシエラも同じような状況なんじゃないかしら? これでも国宝院の娘だし、案外いい策を持っているかも)


 年齢、家格、性別。

 凪とシエラには共通点が多い。

 であればこそ、シエラにも婚約者云々の話が出ていたとして何ら不思議はない。だというのに、悩んでいる凪とは異なり、こうして無駄に偉そうなアホ面を見せていられるのだ。或いは何か有効な策を用意しているのかもしれない。


 そう考えた凪は、思い切ってシエラへ問うことにした。

 とはいえ何も無くて当然、妙案が返ってくればラッキー、といった程度の質問だ。


「それだけ余裕があるということは、貴女は何か対策をしているのかしら?」

 

「…………対策? 別に何も考えていませんわよ?」


 なんというか、微妙に温度差を感じる答えであった。

 怪訝そうな顔を見せる凪。だが続くシエラの言葉により、温度差の原因が判明した。


「だってウチにはお兄様がおりますもの。私が家を継ぐわけではありませんし、そのあたりは割と自由ですわ」


 少しの黙考。

 数瞬後、凪は『そう言えばそうだった』と項垂れた。

 

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