第128話
お嬢様学校である白凪学園には、サロンと呼ばれる談話室が存在する。
読んで字のごとく、休み時間に生徒たちがゆっくり寛ぐためのスペースだ。
学園の生徒であれば誰でも利用することが出来るが、それほどテーブルに余裕があるわけではない。
一度に利用出来るのは五組ほどが精々で、それが各学年分。つまりは十五組ほどが利用出来る計算になる。
基本的には早いもの勝ちとなるため、如何に貞淑を尊ぶ白凪学園生であろうとも、昼休みの場所取り合戦などは中々に熾烈だったりする。
そんな大人気のサロンだが、実は共用のものと、そうでないものがある。
先に述べたのは前者の話。そして後者は、いわゆる専用サロンのようなものだ。
言わずもがな、この学園に通う者は資産家や権力者の娘が多い。
となれば、彼女らの親が『うちの娘を優遇しろ』などと言い出すのは想像に難くないだろう。元より多額の資金提供を行っている彼らが、そこから更に大金を積んでくるわけだ。曰く『うちの娘を優遇しろ』だの、『娘の授業を免除しろ』だのと。
もちろん彼らが学園に多額の資金提供を行っているからといって、『はいわかりました』というわけにはいかない。
しかし一様に全ての要求を突っぱねるのも、なかなかどうして難しい。彼らは無駄に地位だけはあるため、無視をすれば色々と面倒なのだ。それに加え、彼らの資金提供は普通に有用だった。そうした諸々を鑑みた結果、妥協案として学園が提示したのがこの『専用サロン』である。
サロンのためにわざわざ増改築をしろ、となれば話は別だが、流石にそこまでのことではない。
一般的な学園で言えば、どこぞの空き教室を部室として使わせてやる程度の話だ。妥協案とは言ったものの、学園側からすれば鴨が葱を背負って来るようなものだった。部屋をいくつか用意するだけで、何を言わずとも勝手に金が湧いてくるのだから。
金持ち達は、娘が特別扱いしてもらえてニッコリ。
学園側は、労せず資金がゲット出来てニッコリ。まさにWin-Winな関係と言えるだろう。
そうしてこのチョロいシステムは、学園創立からずっと続いている。最早学園の特色と言ってもよいレベルだった。
ともあれそんな『専用サロン』なるシステムが存在する以上、あの親バカが活用しないはずもなく。
東棟の三階端部屋、学園内でもっとも景観のよいその場所に、九奈白家専用サロンが当たり前のような顔で設置されていた。
「これはこれは……ここがお嬢様専用のサロンですか」
その部屋の鍵を開けた織羽は、ほう、と息を呑んだ。
毛足の長いカーペット、シックなカーテン。当然ながらソファやテーブルも一流品。
華美ではないが、しかし趣味の良い落ち着いた空間だった。つまりは白凪館同様、凪の好みそうな雰囲気ということである。
「…………そうらしいわね」
その傍らには、大層機嫌が悪そうにムスっとしている凪の姿が。
腕を組み、眉間に皺を寄せ、今にも大きなため息を零しそうな呆れ顔。彼女の気持ちを代弁するならば、『また余計なことを』とでも言ったところか。
実を言えば凪は、この部屋の存在を今の今まで知らなかったのだ。
凪がこの部屋の存在を知ったきっかけは、他でもない織羽からの情報であった。
昨晩随分と遅くに帰ってきた織羽が、今朝になって突然こう言ったのだ。
――――お嬢様。実は旦那さまより鍵を預かっているのですが。
――――なんでも、学園内にお嬢様専用の部屋が用意されているそうでして。
――――言うと怒られそうだから黙っていた、友人達と使いなさい、だそうです。
もちろん凪はイラッとした。
周知の通り、凪は家の力によって特別扱いされる事をひどく嫌っている。当然ながら、こんな部屋を用意してくれとは一言も言っていない。言うはずがない。
では何故こんな部屋が存在するのか、それはもちろん嵐士が勝手に用意したから。おまけに、入学時には既に使えるよう手配されていたのだという。
しかし素直に『部屋を用意しておいた』などと凪に伝えても、舌打ちと共に鍵を突き返されるのは容易に想像がつく。
そのまま話を切り出せず、二学期になるまで鍵を渡せずにいたとのこと。織羽から見た嵐士の株は、昨晩だけで大暴落を起こしていた。
ともあれ一度様子を見ておこうと考えた凪は、織羽を引き連れここへやって来た。ざっくり言えば、事の顛末はこんなところである。
「はぁ…………」
「心中お察しします。ですが、もう用意しちゃってますし。折角なんで使わせて頂きましょうよ」
「そうね、ええ。そうね……分かってるわ……私のために用意してくれた事は素直に嬉しいもの。ここまで来て意固地になるなんて、そんな反抗期の子供みたいなことはしないわよ」
とても喜んでいるようには見えない凪だが、どうにか折り合いは付けられたらしい。
そう、部屋に罪はない。そして嵐士もまた、純然たる凪への好意で行ったのだ。過ぎた謙遜が嫌味になってしまうように、ここで頑なに拒むのは、それはそれで鼻につく。なによりも、珍しく織羽がウキウキしているのが決定打となった。そうして非常に複雑ながらも、凪はどうにか自分を納得させた。
「…………怒られそうだから、なんて思うなら最初からしなければいいのに」
「まぁまぁ。私は好きですよ、こういうの。なんだか秘密基地みたいで楽しいじゃないですか」
「……まぁ嬉しそうにしちゃって。そんな顔をされてしまっては仕方ないわね。ありがたく使わせてもらいましょ」
「わーい」
凪のお許しが出たことで、早速とばかりに部屋を見て回る織羽。
お茶や食器等、メイド業務に必要な道具は既に用意されていた。あまつさえ、奥には小さめのキッチンまでついている始末であった。
道具の配置等、職分の範囲内でいそいそとアレンジを始める織羽。そこに持ち込んだ私物なども配置してゆく。完全に秘密基地のノリである。
そんなウキウキの織羽へと、凪が朝からずっと気になっていたことを問いかける。
「ところで織羽」
「はい? なんでしょう」
「昨晩はお父様と会っていたのよね?」
「そうですね」
偶然出会った、などという浅い嘘が通じる凪ではない。
というより、九奈白嵐士は偶然出会えるような相手ではない。故に織羽は、嵐士と会っていたことを素直に白状した。別に後ろめたい何かがあるわけでもないのだから、隠す必要もそれほどない。
「何の話をしたのか、聞いてもいいかしら?」
「もちろん構いませんが、大した話はしてませんよ?」
「お父様もアレで暇ではない人よ。わざわざ呼びつけたということは、それなりに大事な話だと思うのだけれど」
何かを探るかのような凪の瞳に、どうしたものかと逡巡する織羽。
実際嵐士とは大した話をしていない――少なくとも危険な話ではない――のだが、とある事情により、織羽は全てを語るわけにはいかない身だ。先日打ち明けたクソデカ秘密に比べれば、今回の秘密は随分と可愛らしいものではあるのだが。
「そうですねぇ…………こういうのを見せたりしてました」
織羽が自身のスマホを取り出し、その画面を見せる。
怪訝そうな顔で画面を覗き込む凪。そこには自室の執務机に突っ伏して居眠りをする、休日の凪画像が表示されていた。
「なっ……!?」
「その他にも色々と、お嬢様の隠し撮り写真を――――」
「このッ、一体いつの間に……ッ!? クビ――――いいえ、通報するわ」
「おや、よろしいのですか? 私は別に、この画像をネットにばら撒いたっていいんですよ?」
「くうッ……! この卑怯者ッ!」
凪が顔を歪め、きっ、と鋭く睨みつける。
凪に仕えてはや半年。ついに織羽は対解雇用の武器を手に入れた。




