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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第一章 七年ぶりの再入学
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第7話 死ぬらしい

 御影との面談から戻ってからも、机の上の情報は増えていなかった。


 保管庫の近くで人影を見た。


 人物と行動の詳細は、御影が久世には明かしていない。


 神谷が問題を持っているところを見たわけでもない。


 久世はその三点を作業用メモの端へ寄せた。


「こっちは一旦ここまでだな」


 一条が言った。


「御影の名前から先を推測しても、第一問の根拠にはならない」


 久世は頷き、端末へ視線を戻した。


 第一問。


『神谷悠斗が試験問題を流出させたという疑いは、何を根拠に事実として扱われ始めたか』


 回答欄は三つ。


『発端となった情報』


『情報を事実として広めた行動』


『根拠とする資料番号』


 四組に配られた六件のうち、久世たちが何度も見返している記録がある。


『本記録には、七年前の四組在籍者による次の未確認情報が含まれる』


『神谷は、特待資格を守るためなら何でもする』


 発言者は残されていない。


 ただの人物評価なのか。


 試験問題の話へつながった最初の一言なのか。


 それとも、すでに何かが広がった後に出た言葉なのか。


 この一件だけでは決められない。


「他の組が、第一問をどう切ってるか聞きたい」


 久世が言った。


「答えそのものじゃなく?」


 天宮が訊く。


「うん。発端と、広めた行動をどう分けてるか」


 佐伯が参加者一覧を覗いた。


「誰にする?」


「三組の宮原杏奈《みやはらあんな》」


 黒田が眉を上げた。


「またお前が行くのか?」


「御影に何を聞けて、何を聞けなかったかは俺が一番分かってる。そのまま話をつなげられる」


 黒田は「まあな」とだけ返した。


 一条も異論はなかった。


「なら第一問に絞ってくれ。宮原は色んなやつと仲良かったから何か知ってることがあるかもしれない」


 久世は端末から宮原へ交渉申請を送った。


 ほどなく承認が返る。


 扉の前で腕輪を認証すると、電子錠が外れた。


 久世は中央廊下へ出た。


*


 面談室へ入ると、宮原がこちらを見た。


 一瞬だけ、互いに次の言葉を探す間があった。


「久しぶり」


 久世が言った。


「うん。久しぶりだね」


 宮原が少し笑った。


 それ以上は続けず、久世は向かいへ座った。


「急に悪い」


「大丈夫。何について話す?」


「第一問について確認したい」


 久世は四組の資料について、共有できる範囲から話した。


 発言者不明の未確認情報。


『神谷は、特待資格を守るためなら何でもする』


「四組は今、これをどこに置くかで止まってる」


「発端となった情報、かな?」


「それも分からない」


 宮原が頷いた。


「その言葉だけなら、“神谷が問題を持ってた”って話じゃないよね」


「そうなんだよ」


「だったら、最初にあった悪い印象と、問題流出の話ができたところと、それを広げたところ。いったん分けて考えたら?」


 久世は回答欄を見る。


『発端となった情報』


『情報を事実として広めた行動』


 一つの噂として追うより、その間に何が起きたのかを見る。


「……接続したところを探すのか」


「あるならね」


 宮原はすぐに付け加えた。


 久世はメモへ一行だけ加えた。


『人物評価と流出疑惑の接続を確認』


 まだ仮説にすぎない。


 それでも、次に見る場所は定まった。


「参考になったよ」


「このくらいなら」


 話が途切れたところで、宮原が思い出したように言った。


「そういえば」


「何?」


「退学したら、死ぬらしいよ」


 久世の手が止まった。


「……誰が言ってた?」


「三浦」


 死ぬ。


 その可能性自体は、今初めて出てきたものではない。


 真壁は最初から言っている。


 退学者は、生きてここを出られない。


「三浦は、何か新しい根拠が出たって?」


「そこまでは聞いてない」


 宮原が首を振る。


「一組の資料の話をしてる途中で出たから、何か他にもあったのかなとは思ったけど」


 久世は黙った。


 資料に根拠があると言われたわけではない。


 ただ、その可能性は残る。


「どういう言い方だった?」


「真壁がああ言ってる以上、そう考えた方がいい、みたいな感じ」


「宮原は?」


「怖いとは思うよ」


 少し間を置いて、


「でも、三浦が何を知ってるかまでは知らない」


 と言った。


 久世は頷いた。


 面談の残りで、第一問の整理をもう一度確認する。


 宮原の名前と取得時刻を記録し、十五分を使い切る前に二人は立った。


*


 四組へ戻ると、久世は腕輪をかざして教室へ入った。


「どうだった?」


 一条が訊く。


「第一問は、見方を少し変えた方がいいかもしれない」


 久世は、自分たちが一つにまとめていた情報を分けて考えることになったとだけ説明した。


 人物への悪い評価。


 そこから具体的な流出疑惑へ変わる部分。


 さらに、それが事実として扱われていく過程。


 一条は短く頷き、メモの配置を変えた。


 正式な回答はまだ埋めない。


「それと」


 久世は続けた。


「三浦が、退学したら死ぬって話をしてるらしい」


 高瀬の表情が強張った。


 黒田が眉をひそめる。


「真壁が最初から言ってんだろ。生きて出られねえって」


「それは全員聞いてる」


 久世は言った。


「問題は、三浦がそれ以外にも何か掴んだのかどうか」


 佐伯が身を乗り出した。


「じゃあ三浦に聞く?」


 久世が頷くと、佐伯が先に言った。


「また一組と?」


 無理もない。


 さっき御影と話したばかりだ。


「御影からは、一組の配布資料について答えをもらえてない」


 久世は言った。


「今回はそこを取りに行くんじゃない。死亡の話をした三浦本人に、何を根拠に言ってるのか確認する」


「第一問は?」


 一条が訊く。


「三浦がどう整理してるかは聞く。意見交換なら試験も進められる」


 一条は残り時間へ目をやった。


「なら行ってこい。長引かせるなよ」


「分かった」


 久世は一組へ申請を送った。


 相手は三浦拓海《みうらたくみ》。


 承認が返った。


*


 認証を済ませ、面談室へ入る。


 三浦は久世を見ると、少しだけ目を見開いた。


「よう、久しぶりだな」


「ああ、久しぶり」


 二人とも、それ以上は昔の話をしなかった。


 久世は向かいへ座る。


「第一問の話もしたい。ただ、その前に聞きたいことがある」


「何?」


「宮原に、退学したら死ぬって話をした?」


「ああ」


 三浦はあっさり認めた。


「何か新しい根拠を見つけたのか?」


「新しい?」


「真壁の宣告以外に」


「ああ、そういうこと」


 三浦は背もたれへ体を預けた。


「死亡って書いた資料を見つけたわけじゃないよ」


「じゃあ、どうしてそう言った?」


「退学者は、生きてここを出られない」


 三浦は真壁の言葉をそのまま口にした。


「その上で、最下位から一人退学する。だったら、そういう可能性は考えるだろ」


「可能性?」


「かなり重く見てる」


「確認は?」


「できてない」


 久世は三浦を見る。


「それで“死ぬらしい”?」


「“絶対死ぬ”とは言ってない」


 返事は早かった。


 事実だとは言っていない。


 けれど、人に伝える時には一番分かりやすい言葉を選ぶ。


「分かりやすく言っただけってこと?」


 久世が訊く。


 三浦は少しだけ笑った。


「伝わらない言い方しても意味ないだろ」


 その答えに、久世はペンを止めた。


 言葉を正確に残すことより、相手に伝わる形へ整える。


 三浦は、少なくとも今はそう考えているらしい。


「ほかには誰に話した?」


「相馬にも話したな」


 そこで初めて名前が出た。


「二組の相馬?」


「そう」


「何て伝えた?」


「だいたい同じ」


「新しい証拠を見つけたとは?」


「言ってないよ」


 久世は一度だけ頷いた。


「分かった」


「それで終わり?」


「いや、第一問のことも話したい」


 久世は、四組にある未確認情報を伝えた。


『神谷は、特待資格を守るためなら何でもする』


「四組では、これを流出疑惑そのものと同じ扱いにはしてない」


 三浦は文面を聞き、少し考えた。


「それはそうだろ。これだけなら、ただ神谷を悪く見てるだけだ」


「問題を流したって話にするには、一段足りない」


「うん」


 三浦はそこで言った。


「でも、その一段が入ると話は急に分かりやすくなる」


「分かりやすい?」


「神谷は何でもする。問題が流れた。じゃあ神谷だ――って」


 三浦は指先で三つを順に並べるような仕草をした。


「人って、そういう方が覚えるから」


 久世はその言葉をメモした。


 誰がその一段を入れたのかは、まだ分からない。


 ただ、三浦は「分かりやすい話」が広がりやすいことを当然のように話していた。


「四組は、その間を探す」


「いいんじゃない?」


 三浦が答えた。


 久世は提供者と取得時刻を残した。


 答えではない。


 考え方の材料として。


 面談を終えた。


*


 四組へ戻ると、佐伯がこちらを向いた。


「どうだった?」


「三浦は、新しい死亡の根拠を見つけたとは言ってない」


 高瀬の肩がわずかに下がる。


「じゃあ、推測?」


「確認はできてない。でも本人は重く見てる」


 それだけ伝える。


 第一問についても、人物評価と具体的な犯人像の間を探すという整理に、三浦も異論はなかったと報告した。


 一条はメモを見ながら、四組の六件をもう一度並べ直した。


「なら、この線で洗い直す」


 佐伯が画面を指した。


「二組にも聞く?」


「もう一方向は欲しい」


 一条が言う。


「私が行こうか」


 佐伯が手を上げた。


「話聞くくらいならできるし」


「相手は?」


 久世は、ついさっき聞いた名前を思い出した。


「相馬はどうだ?」


 佐伯が久世を見る。


「なんで相馬?」


「三浦が、死亡の話を相馬にもしたって言ってた」


 一条が少し考える。


「第一問の意見交換もできるなら、それでいい」


「了解」


 佐伯が申請を送った。


 承認が返る。


 腕輪を認証し、教室を出ていった。


 残った五人は作業を続ける。


 久世は四組の六件をもう一度並べた。


 今度は、一つの噂としてではなく。


 どの段階の情報なのかを意識して。


*


 しばらくして、認証音が鳴った。


 佐伯が戻ってきた。


「どうだった?」


 一条が訊く。


「第一問は、相馬とも少し話した。今の整理で大きくズレてる感じはなかった」


 それだけ言うと、佐伯はすぐに久世を見た。


「それより、退学の方」


 久世が顔を上げる。


「相馬も三浦から聞いてた」


「何て?」


「三浦が一組の資料を確認して、それで退学は本当に死ぬ可能性が高いって分かったらしい、って」


 久世の手が止まった。


「相馬がそう言った?」


「うん。少なくとも、私はそう聞いた」


「何の資料かは?」


「聞いてない」


「死亡を裏づける資料があるって言った?」


 佐伯は少し考えてから、首を横に振った。


「そこまで具体的には言ってない。でも、“三浦が資料を見た結果そう判断した”っていう話し方だった」


 久世は黙った。


 ついさっき。


 三浦本人は言った。


 死亡と書いた資料を見つけたわけではない。


 確認はできていない。


 相馬にも、新しい証拠を見つけたとは言っていない。


 少なくとも、久世にはそう説明した。


 なのに、佐伯が相馬から持ち帰った話では、


 三浦の推測だったはずのものが、


 資料を確認した結果の判断として扱われている。


 誰がそうしたのかは分からない。


 三浦が相馬へどう話したのかも。


 相馬がどう受け取ったのかも。


 佐伯がどの言葉を拾ったのかも。


 久世は三浦との面談を思い返した。


 ――確認はできてない。


 その直後に聞いたのは、


 ――資料を確認して、それで分かったらしい。


 久世は机の上の第一問へ目を落とした。


『情報を事実として広めた行動』


 七年前のことを問うその文字が、


 今までとは少し違って見えた。

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