第6話 見ていたのに
「御影がお前に面談希望?」
黒田が端末から顔を上げた。
「何か心当たりあんのか?」
「ない。聞いてみる」
久世は一条へ目を向けた。
「まず、直接見た人間の話があるか確かめたい。こっちの六件では、そこまで辿れなかったことは伝えていいか?」
「ああ。何を確かめたいのか、向こうにも分かる方がいい」
一条は作業用メモを見直した。
「ただ、向こうが答えないことと、情報がないことはきちんと分けとこう。」
「分かった」
久世は申請を承認した。
扉の前で腕輪の認証を済ませると、電子錠が外れた。
中央廊下へ出て、面談室へ向かう。十五分。資料を交換するにしても、七年前の話をするにしても、長くはない。
御影は、机の向こうに座っていた。
「……久しぶり」
久世が声をかけると、御影は顔を上げた。
「うん。久しぶり」
久世は椅子に手をかけた。続ける言葉を探したが、すぐには出てこなかった。
「来てくれてありがとう」
御影の方から口を開いた。
「俺でよかったのか?」
「あなたと話したかったの。七年前のことを」
久世の手が椅子の背で止まった。
御影はそれを見てから、言葉を継いだ。
「試験にも関わる話なの。ただ、どこまで話せるか、まだ自分でも整理できていなくて」
「……何について?」
「神谷君のことで、私が黙っていたこと」
久世は腰を下ろした。
用意していた質問の順番を、頭の中で組み替える。
「その前に、四組から確認したいことを伝えてもいいか?」
「ええ」
「神谷が問題を持っていたって話を、誰が直接見たのか。俺たちの六件では、そこまで辿れなかった。噂を聞いた人間はいても、その元が分からない」
御影がゆっくりとうなずいた。
「あなた自身も、見ていないのね」
「見てない。御影は?」
「神谷君が問題を持っているところは、見ていない」
そこまでは、はっきり答えた。
「でも、保管庫の近くで……人影を見たことはある」
久世は、続きを待った。
御影の視線が斜め下へ落ちる。
「それが何を意味するのか、当時は断定できなかった。だから、言わなかったの」
「誰だった?」
「名前は、今は言わない」
「何をしていたのかは?」
御影は一度口を開き、閉じた。
「ごめんなさい。そこから先も、まだ」
保管庫の近くで、人影を見た。
今のところ、聞けたのはそれだけだった。
「それなら、どうして今、俺に話そうと思った?」
「あなたが、あの頃のことをどう考えているか聞きたかったから」
御影は久世を見た。
「神谷君の噂を、どう受け止めていたの?」
久世は右親指へ触れた。
「誰から広がった話なのか、調べようとしてた」
「調べようとしていた?」
「人に聞いて、誰から誰へ伝わったか、図にしてた。最初に言った人間まで辿れれば、確かめられると思って」
「分かったの?」
「最後までは」
御影は何も言わなかった。
その沈黙に急かされるように、久世は続けた。
「もう少し揃ってから動こうと思ってた。途中の話だけで誰かを疑ったら、同じことになるから」
「それで、待ったのね」
「ああ」
「神谷君が待てるかどうかは、考えなかった?」
久世は親指から手を離した。
答えようとして、うまく言葉にならなかった。
「……間に合うと思ってた」
御影の顔から、問い詰めるような表情が消えた。
「そう」
短い返事だった。
久世は机の縁へ視線を落とす。
紙の上なら、分からないところは空欄にしておけた。情報が増えれば、あとから線を引き直せばよかった。
その間にも、神谷の周りから人は離れていた。
「もっと早く動いてほしかった」
御影が言った。
「あなたには」
久世は顔を上げた。
御影は息を吐いた。
「勝手なことを言ってるのは分かってる。私だって、話していないのに」
責めるような声ではなかった。
久世は、向かいに座る彼女を見た。
「保管庫のことも、確かめられてから話そうと思ってたのか?」
「……そのまま話していいことなのか、分からなかった」
「今は?」
御影の指が、机の上で重なった。
「まだ、うまく答えられない」
久世はうなずいた。
御影が何を見たのかも分からないまま、話すべきだったとも、仕方なかったとも言えなかった。
「なら、まず、今聞いたことだけ確認させてくれ」
御影がこちらを見る。
「神谷が問題を持っているところは見ていない。保管庫の近くで人影を見た。ただ、誰を見たのか、何をしていたのかは、まだ俺には話せない。そういうことだな?」
「ええ」
「その人影と、不正の話がつながるかどうかも、今の話だけじゃ分からない。それで合ってる?」
御影は少し考えてから、うなずいた。
「合ってる」
「この範囲は、四組に伝えていいか?」
返事までに間があった。
「……名前を勝手に当てはめないでくれる?」
「俺はしない。ただ、ほかの五人が何を考えるかまでは約束できない。誰かが決めつけたら、今は分からないって言う」
御影は久世を見つめた。
「そういうところは、信用してる」
「そういうところは?」
「全部とは言ってないでしょう」
久世がわずかに笑うと、御影の口元も緩んだ。
だが、すぐに目を伏せる。
「今、確認してくれた範囲なら、伝えていい」
「分かった。御影から聞いた話として残す。答えに使うかどうかは、それから考える」
「お願い」
久世は一度、話を区切った。
「一組に配られた資料にも、直接見た人間の話があるか聞きたかったんだけど。今日はそこまで話せる?」
「ごめんなさい。今日は、私自身の話だけにさせて」
「ない、という意味じゃないんだな」
「ええ」
一条に言われた区別が、ここで必要になった。
答えが得られなかった。それ以上でも、それ以下でもない。
御影は椅子から立ち上がり、久世を見た。
「四組の資料で、直接の目撃まで辿れていないことは、一組に伝えてもいい?」
「ああ。六件を確認した時点では、って付けてくれ」
「分かった」
久世も立ち上がった。
十五分を使い切るまで、質問を重ねることはできる。だが、御影が口を閉ざしたところから、今すぐ言葉を引き出せるとは思えなかった。
「名前を聞くのを、やめたわけじゃないからな」
御影が足を止める。
「……分かってる」
その返事を最後に、二人は面談室を出た。
*
四組へ戻ると、一条が顔を上げた。
「どうだった?」
「御影自身の話を聞いた。一組の配布資料については、今回は答えをもらえてない」
久世は席に戻り、共有してよいと確認した内容を伝えた。
保管庫の近くで人影を見たこと。
人物と行動の詳細は、明かされなかったこと。
神谷が問題を持っているところを見たわけではないこと。
「誰だよ、その人影って」
黒田が尋ねた。
「そこは話してくれなかった」
「じゃあ、何も分かんねえじゃねえか」
「誰が何をしたかは、まだな。でも、御影が見たっていう話と、誰かから聞いた噂は分けて残せる」
一条が作業用メモを開いた。
「分かった。人物は特定しないでおこう。御影から聞いた話として、今回の面談で聞いた時刻も残しておいてくれ」
久世はうなずき、面談で聞いた情報として書き留めた。
書いている途中で、指が止まる。
人物不明。
そうまとめてしまえば短い。
けれど、それは久世にとって分からないだけだ。
御影は、誰だったか思い出せないとは言わなかった。
名前は、今は言わない。
何が彼女に、まだ名前を伏せさせているのか。
久世は、次に彼女へ聞くことを書き足した。
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