↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第一章 七年ぶりの再入学
6/44

第6話 見ていたのに

「御影がお前に面談希望?」


 黒田が端末から顔を上げた。


「何か心当たりあんのか?」


「ない。聞いてみる」


 久世は一条へ目を向けた。


「まず、直接見た人間の話があるか確かめたい。こっちの六件では、そこまで辿れなかったことは伝えていいか?」


「ああ。何を確かめたいのか、向こうにも分かる方がいい」


 一条は作業用メモを見直した。


「ただ、向こうが答えないことと、情報がないことはきちんと分けとこう。」


「分かった」


 久世は申請を承認した。


 扉の前で腕輪の認証を済ませると、電子錠が外れた。


 中央廊下へ出て、面談室へ向かう。十五分。資料を交換するにしても、七年前の話をするにしても、長くはない。


 御影は、机の向こうに座っていた。


「……久しぶり」


 久世が声をかけると、御影は顔を上げた。


「うん。久しぶり」


 久世は椅子に手をかけた。続ける言葉を探したが、すぐには出てこなかった。


「来てくれてありがとう」


 御影の方から口を開いた。


「俺でよかったのか?」


「あなたと話したかったの。七年前のことを」


 久世の手が椅子の背で止まった。


 御影はそれを見てから、言葉を継いだ。


「試験にも関わる話なの。ただ、どこまで話せるか、まだ自分でも整理できていなくて」


「……何について?」


「神谷君のことで、私が黙っていたこと」


 久世は腰を下ろした。


 用意していた質問の順番を、頭の中で組み替える。


「その前に、四組から確認したいことを伝えてもいいか?」


「ええ」


「神谷が問題を持っていたって話を、誰が直接見たのか。俺たちの六件では、そこまで辿れなかった。噂を聞いた人間はいても、その元が分からない」


 御影がゆっくりとうなずいた。


「あなた自身も、見ていないのね」


「見てない。御影は?」


「神谷君が問題を持っているところは、見ていない」


 そこまでは、はっきり答えた。


「でも、保管庫の近くで……人影を見たことはある」


 久世は、続きを待った。


 御影の視線が斜め下へ落ちる。


「それが何を意味するのか、当時は断定できなかった。だから、言わなかったの」


「誰だった?」


「名前は、今は言わない」


「何をしていたのかは?」


 御影は一度口を開き、閉じた。


「ごめんなさい。そこから先も、まだ」


 保管庫の近くで、人影を見た。


 今のところ、聞けたのはそれだけだった。


「それなら、どうして今、俺に話そうと思った?」


「あなたが、あの頃のことをどう考えているか聞きたかったから」


 御影は久世を見た。


「神谷君の噂を、どう受け止めていたの?」


 久世は右親指へ触れた。


「誰から広がった話なのか、調べようとしてた」


「調べようとしていた?」


「人に聞いて、誰から誰へ伝わったか、図にしてた。最初に言った人間まで辿れれば、確かめられると思って」


「分かったの?」


「最後までは」


 御影は何も言わなかった。


 その沈黙に急かされるように、久世は続けた。


「もう少し揃ってから動こうと思ってた。途中の話だけで誰かを疑ったら、同じことになるから」


「それで、待ったのね」


「ああ」


「神谷君が待てるかどうかは、考えなかった?」


 久世は親指から手を離した。


 答えようとして、うまく言葉にならなかった。


「……間に合うと思ってた」


 御影の顔から、問い詰めるような表情が消えた。


「そう」


 短い返事だった。


 久世は机の縁へ視線を落とす。


 紙の上なら、分からないところは空欄にしておけた。情報が増えれば、あとから線を引き直せばよかった。


 その間にも、神谷の周りから人は離れていた。


「もっと早く動いてほしかった」


 御影が言った。


「あなたには」


 久世は顔を上げた。


 御影は息を吐いた。


「勝手なことを言ってるのは分かってる。私だって、話していないのに」


 責めるような声ではなかった。


 久世は、向かいに座る彼女を見た。


「保管庫のことも、確かめられてから話そうと思ってたのか?」


「……そのまま話していいことなのか、分からなかった」


「今は?」


 御影の指が、机の上で重なった。


「まだ、うまく答えられない」


 久世はうなずいた。


 御影が何を見たのかも分からないまま、話すべきだったとも、仕方なかったとも言えなかった。


「なら、まず、今聞いたことだけ確認させてくれ」


 御影がこちらを見る。


「神谷が問題を持っているところは見ていない。保管庫の近くで人影を見た。ただ、誰を見たのか、何をしていたのかは、まだ俺には話せない。そういうことだな?」


「ええ」


「その人影と、不正の話がつながるかどうかも、今の話だけじゃ分からない。それで合ってる?」


 御影は少し考えてから、うなずいた。


「合ってる」


「この範囲は、四組に伝えていいか?」


 返事までに間があった。


「……名前を勝手に当てはめないでくれる?」


「俺はしない。ただ、ほかの五人が何を考えるかまでは約束できない。誰かが決めつけたら、今は分からないって言う」


 御影は久世を見つめた。


「そういうところは、信用してる」


「そういうところは?」


「全部とは言ってないでしょう」


 久世がわずかに笑うと、御影の口元も緩んだ。


 だが、すぐに目を伏せる。


「今、確認してくれた範囲なら、伝えていい」


「分かった。御影から聞いた話として残す。答えに使うかどうかは、それから考える」


「お願い」


 久世は一度、話を区切った。


「一組に配られた資料にも、直接見た人間の話があるか聞きたかったんだけど。今日はそこまで話せる?」


「ごめんなさい。今日は、私自身の話だけにさせて」


「ない、という意味じゃないんだな」


「ええ」


 一条に言われた区別が、ここで必要になった。


 答えが得られなかった。それ以上でも、それ以下でもない。


 御影は椅子から立ち上がり、久世を見た。


「四組の資料で、直接の目撃まで辿れていないことは、一組に伝えてもいい?」


「ああ。六件を確認した時点では、って付けてくれ」


「分かった」


 久世も立ち上がった。


 十五分を使い切るまで、質問を重ねることはできる。だが、御影が口を閉ざしたところから、今すぐ言葉を引き出せるとは思えなかった。


「名前を聞くのを、やめたわけじゃないからな」


 御影が足を止める。


「……分かってる」


 その返事を最後に、二人は面談室を出た。


*


 四組へ戻ると、一条が顔を上げた。


「どうだった?」


「御影自身の話を聞いた。一組の配布資料については、今回は答えをもらえてない」


 久世は席に戻り、共有してよいと確認した内容を伝えた。


 保管庫の近くで人影を見たこと。


 人物と行動の詳細は、明かされなかったこと。


 神谷が問題を持っているところを見たわけではないこと。


「誰だよ、その人影って」


 黒田が尋ねた。


「そこは話してくれなかった」


「じゃあ、何も分かんねえじゃねえか」


「誰が何をしたかは、まだな。でも、御影が見たっていう話と、誰かから聞いた噂は分けて残せる」


 一条が作業用メモを開いた。


「分かった。人物は特定しないでおこう。御影から聞いた話として、今回の面談で聞いた時刻も残しておいてくれ」


 久世はうなずき、面談で聞いた情報として書き留めた。


 書いている途中で、指が止まる。


 人物不明。


 そうまとめてしまえば短い。


 けれど、それは久世にとって分からないだけだ。


 御影は、誰だったか思い出せないとは言わなかった。


 名前は、今は言わない。


 何が彼女に、まだ名前を伏せさせているのか。


 久世は、次に彼女へ聞くことを書き足した。

続きが気になった方は、ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。