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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第一章 七年ぶりの再入学
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第4話 第一試験・再順位付け

 一条へ集まった視線は、期待だけではなかった。


 自分の代わりに決めてくれる人間を見つけた時、人は少しだけ安心する。


 その判断が間違っていた時、責任を押しつける相手も同時に決まるからだ。


「待て」


 一条が、モニターを見たまま言った。


「選ぶ前に、何を提出させられるのか確認しておきたい」


 引き受けるとも、断るとも言わない。


 先に条件を確かめる。その一言で、黒田まで口を閉じた。


『選出期限まで、二十七分』


 真壁の声に続いて、モニターへ新しい規則が表示された。


『第一試験 再順位付け』


『試験時間は、本日午後八時まで』


『神谷悠斗死亡事件に関する十二の設問を出題する。再調査資料は全二十四件。各クラスへ六件ずつ、異なる資料を配布する』


『資料は、証言、行動記録、当時の校内文書、電子記録の抜粋で構成される』


 久世の端末に、鍵のかかった十二個の回答欄が並んだ。


 一番上に表示された設問だけが読める。


『第一問 神谷悠斗が試験問題を流出させたという疑いは、何を根拠に事実として扱われ始めたか』


 選択肢は出ていない。


 代わりに、回答欄が三つあった。


『発端となった情報』


『情報を事実として広めた行動』


『根拠とする資料番号』


「犯人を一人選べ、じゃないんだ」


 佐伯が小さく言った。


『そのとおりだ』


 真壁が答える。


『七年前、お前たちは成績によって順位をつけられていた。今回は、神谷の死へ至るまでに起きた事実を、責任の重さに従って並べ直してもらう』


 画面の下に採点基準が現れる。


『事実の正確性 六十点』


『資料の接続 二十点』


『提出時刻 十点。期限内の提出時刻に応じて加点する。午後八時以降の提出は受理しない』


『回答の整合性 十点』


『誤答、根拠のない断定、資料間の矛盾は減点対象とする』


「採点するのは、あんたか」


 黒田がモニターを睨んだ。


『採点は専用のシステムが行う。基準と照合資料は、試験開始前に固定してある』


「なら、そのシステムに入れた正解は、あんたの判断だろ」


『事実の正確性と資料番号は、登録済みの記録と照合する。資料の接続と回答の整合性も、事前に定めた判定規則で採点する。私が提出後に正解や配点を変更することはない』


『試験順位に応じ、学校ポイントを次のとおり増減する』


『一位 プラス三十点』


『二位 プラス十五点』


『三位 増減なし』


『四位 マイナス二十点』


 全クラスの現在点は百点。


「つまり、最初から五十点差がつくってこと?」


 高瀬の声が強張った。


「一位と四位ならな」


 一条が答える。


「次の試験で逆転できない差かもしれない」


「だったら、今負けたクラスがまた狙われるじゃん」


「その可能性はある」


 一条は安心させるための嘘をつかなかった。


 高瀬は唇を噛み、不安そうな表情を浮かべる。


 ここでの一敗は、一人を失うだけでは終わらない。


 残った五人を、次の退学にも近づける。


「資料がクラスごとに違うと言いましたね」


 天宮がモニターへ問いかけた。


「他クラスとの交換は禁止ですか」


『禁止しない』


「口頭で内容を教えることも?」


『認める。ただし、他クラスから得た情報を根拠に用いる場合、提供者と取得時刻を記録しろ。虚偽の情報を採用しても、採点上の責任は提出したクラスが負う』


『提出責任者の選出後、交渉申請が双方に承認された場合に限り、承認者の腕輪認証によって教室と中央廊下の間の電子錠を解錠する』


『未承認者の通過、承認者への便乗、扉の固定または破壊は、正式許可のない禁止区域への侵入として重大違反に該当する』


「重大違反なら、即時退学だったよね」


 佐伯が扉へ目を向けた。


「その即時退学って、具体的にはどうなるの?」


 数秒の沈黙を置いて、真壁が答えた。


『該当者は、その時点で試験参加資格を失う』


「だから、その後どうなるのかって聞いてるんだけど」


『違反しなければ、確認する必要はない』


 真壁の強い口調に、それ以上問い返す者はいなかった。


『一件の交渉申請につき、中央廊下の面談室を十五分間使用できる。入退室と参加者は自動記録される』


「交換相手が嘘をついても、運営は罰しないんだな」


 黒田が鼻で笑った。


『試験中の交渉は正式証言ではない。共通規則に定める故意の虚偽証言には該当しない』


「騙された方が悪い、か」


「違う」


 久世は画面から目を離さずに言った。


「騙された情報を、確認せずに自分たちの答えとして出した方が悪い」


 黒田がこちらを見る。


「同じことだろ」


「いや、情報を渡した人間と、採用した人間の責任をちゃんと分けてる」


「七年前みたいにな」


 黒田の返答で、空気が一段冷えた。


 誰も言い返さなかった。


 第一問が求めているのも、おそらく同じ区別だ。


 誰かが疑いを口にした。


 別の誰かが、それを広めた。


 確かめられる立場の人間が、確かめないまま認めた。


 結果だけを見れば一つの噂でも、そこへ至る行動は同じ重さではない。


『続いて、提出責任者の権限を説明する』


 六人の端末が同時に切り替わった。


『各参加者は、資料の閲覧、回答案の作成、情報交換を行える』


『提出責任者だけが、回答の確定、資料番号の登録、最終提出を行える』


『提出責任者による正式提出は、クラス全員の同意の有無にかかわらず有効とする』


 高瀬が顔を上げた。


「一人で勝手に出せるってこと?」


『そうだ』


「ほかの五人が反対しても?」


『提出は成立する』


 画面には、まだ続きがあった。


『提出前に、各参加者は回答案へ異議を登録できる』


『未処理の異議が残った場合、回答の整合性から一件につき二点を減点する』


『提出責任者は異議を採用、または理由を記録して却下できる。却下された異議は減点対象としない』


「却下の理由がめちゃくちゃでも?」


 佐伯が訊く。


『理由の内容は、回答全体の整合性として採点する』


「結局、最後は責任者に全部集まるんですね」


 天宮が言った。


 その声には、感心ではなく警戒があった。


 強い権限を持つ一人が、五人の異議と他クラスの情報を選別し、十二問の答えを一つの筋へつなぐ。


 間違えば、その判断として記録される。


「責任者は途中で代えられるのか?」


 一条が尋ねた。


『正式選出後の変更は認めない。資格を失った場合のみ再選出する』


 資格を失う。


 その言葉が何を意味するのか、高瀬も考えたのだろう。結婚指輪に触れていた指が止まった。


「選び方は?」


『匿名投票で過半数を得た者とする。該当者がいなければ上位二名で決選投票を行う』


 久世は一条を見た。


 信頼は感情ではなく、権限を与える票へ変えられた。


『選出期限まで、二十分』


 各自の端末に、六人の名前が並んだ。


 久世の指は、すぐには動かなかった。


 提出責任者を選ぶことは、賢い人間を選ぶことではない。


 自分たちと違う答えを選んだ時にも、その判断を有効にすると認めることだ。


「俺に入れる必要はない」


 一条が言った。


 予想していなかった言葉に、佐伯が眉を上げる。


「さっきまで全員、蓮にやらせる空気だったけど」


「空気で決める役じゃない。資料を見てから判断したいなら、それでもいい」


「資料は責任者を決めないと開かないみたい」


 佐伯が端末を一条へ向けた。


 画面の資料一覧には、すべて施錠の記号がついている。


 一条は数秒考えた後、五人を見渡した。


「なら、先に一つだけ決めよう」


 落ち着いた声だった。


「誰が責任者になっても、見つけた情報は全員に見せる。異議は消さずに、一度は口に出す。最後に違う答えを出すなら、理由を記録する」


「運営の規則にない約束をするの?」


 天宮が訊く。


「規則にないから、今のうちに決めておく。誰かを信用するだけじゃなくて、その人がどう権限を使うかまで決めておいた方がいい」


 久世は、一条の言葉を頭の中で検証した。


 合理的だった。


 強い権限を受け取る前に、自分から制限を提案している。


 信頼を集める方法としても、正しい。


「賛成」


 最初に答えたのは高瀬だった。


 佐伯が頷き、天宮も反対しなかった。


 黒田は腕を組んだまま、「好きにしろ」とだけ言った。


 久世は端末へ視線を落とす。


 投票先を選ぶ。


 確認画面が開いた。


『一条蓮を、四組の提出責任者として選択しますか』


 個人合格条件のカードが、机の引き出しに入っている。


 神谷悠斗死亡事件に関して、一条を正式告発せよ。


 その相手へ、神谷の事件に関する十二の答えを確定する権限を渡そうとしている。


 矛盾しているようで、久世にはまだ、ほかの選択肢の方が不合理に思えた。


 確定を押す。


 一分後、モニターに結果が表示された。


『四組 提出責任者』


『一条蓮 得票数六』


 一条自身も、最後には自分へ票を入れたことになる。


 全員が、一条へ判断を預けた。


 同じ時刻、ほかの三教室でも提出責任者が確定した。氏名は四組には公開されない。


 一条の端末だけに、赤い枠のボタンが現れる。


『権限を受諾する』


 一条は一度だけ六人の顔を確かめ、受諾を押した。


 施錠されていた資料一覧が開いていく。


 二十四件。


 だが、久世の画面に表示されたのは、そのうち四組へ配布された六件だけだった。


 残り十八件の表題は伏せられ、保有クラスだけが示されている。


『一組 六件』


『二組 六件』


『三組 六件』


 どのクラスも、自分たちだけでは全資料を読めない。


 そして、最初に開いた資料の冒頭には、こう記されていた。


『本記録には、七年前の四組在籍者による次の未確認情報が含まれる』


『神谷は、特待資格を守るためなら何でもする』


 七年前、その言葉を誰が口にしたのか。記録には残されていない。


 ただし、天宮が四組へ入ったのは、神谷がいなくなった後だ。


 久世自身も言っていない。


 ならば、発言者は一条、佐伯、高瀬、黒田の誰か。


 久世が顔を上げると、四人も互いの反応を窺っていた。


 最初に確かめるべき相手は、他クラスではない。


 この教室の中にいる。

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