第3話 最も信頼できる判断
自分の弱点に、名前をつけさせる質問だ。
そう考えた直後、机の端末が切り替わった。
『事前回答 照合完了』
画面の中央に、久世直人が選んだ名前が表示される。
『一条蓮』
驚きはなかった。
七年ぶりに会う相手ばかりの中で、突然判断を迫られた時、誰を頼るか。
事前アンケートを受け取った一か月前、久世はほとんど迷わなかった。
一条は昔から判断が早く、感情的になった人間を責めなかった。現在は教育系IT企業を立ち上げ、その代表を務めている。少なくとも、混乱の中で全体を見失う男ではない。
実際、閉じ込められてからもそうだった。
黒田が扉を壊そうとした時、一条は力ずくで止めなかった。怪我をする前に、必要な言葉だけを選んだ。
信頼できるという回答に、訂正する理由はまだない。
それなのに、画面に出た名前は、弱点を言い当てられたように見えた。
「直人は誰にした?」
隣から一条が尋ねた。
軽い口調だった。自分の端末は、身体で隠すように伏せている。
「そっちは」
「質問に質問で返すようになったな」
一条は笑った。
「今は言わない方がいい。たぶん、これは好感度調査じゃない」
「同感だ」
久世も自分の画面を閉じた。
名前を口にしなかったことに、一条は何も言わない。
その反応まで、久世には信頼できるものに見えた。
『回答は、ほかの参加者には公開されない』
真壁の声が、四つの教室へ流れた。
『ただし、回答の変更は認めない』
「何に使うんですか?」
高瀬が尋ねた。
『個人合格条件に使用する』
黒田が机を叩いた。
「個人合格条件? さっきから学校ごっこに付き合う気はねえぞ」
『呼び方はどうでもいい。ここから出るための条件だ』
モニターに、簡潔な規則が表示された。
『再入学試験 共通規則』
一、参加者二十四名は、七年前と同じ四クラスに所属する。
二、全五回の試験で学校ポイントを競い、各試験終了時点の累計最下位クラスは、所属者一名を退学させる。
三、退学者はクラス内の匿名投票で決定する。同票の場合は決選投票を行い、なお同票の場合は当該試験の個人貢献点が低い者を退学とする。
四、個人合格条件を達成した者は、以後の通常退学投票の対象外となる。ただし、試験への参加義務と施設内での待機義務は継続する。
五、故意の虚偽証言、証拠や採点設備への不正接触、禁止区域への侵入、暴力による妨害、条件の偽造を重大違反とする。重大違反者は即時退学となる。
文字が最後まで表示されると、教室から音が消えた。
久世は規則を頭の中で並べ直す。
クラスが負ければ、仲間の一人を切らなければならない。
だが、個人合格条件を先に達成すれば、自分だけは投票の対象から外れる。
協力しろと命じながら、誰よりも先に自分を守れと誘導している。
「最下位が二回続けば、同じクラスから二人消えるということですか?」
天宮が言った。
『その理解で正しい』
「重大違反で一人が退学した場合、その回の投票はなくなりますか?」
『なくならない。重大違反と通常退学は別に処理する』
天宮は伏せていた書類の端へ、指先で何かを書き込んだ。
「個人合格条件を達成したら、クラスを見捨てても自分だけ助かる?」
佐伯の問いに、真壁はすぐ答えた。
『通常退学の対象から外れるだけだ。最終的に施設を出るには、卒業判定を通過しなければならない』
「それじゃ、合格じゃなくて免除じゃん」
『名前が気に入らないなら、免除資格と読み替えろ』
佐伯が口を閉じる。
規則の名前は曖昧でも、働きは明確だった。
最下位クラスでは、条件を達成していない者だけが退学候補になる。
個人合格条件を隠す理由が生まれる。同時に、他人の条件を知りたがる理由も生まれる。
真壁は、六人を協力させたいのではない。
協力しなければ負ける状況で、それでも秘密を持たせようとしている。
机の右側で、六つの小さな音が鳴った。
固定されていた机の薄い引き出しが、数センチだけ開く。
中には、灰色の封筒が一通ずつ入っていた。
『封筒には各自の個人合格条件を記載したカードが入っている。開封と公開は本人の自由だ。ただし、カードの交換、改変、破棄は重大違反とする』
黒田はすぐ封を切った。
三行ほど読んだ途端、口元から笑みが消える。
「岳、何て書いてあるの?」
高瀬が尋ねる。
「言わねーよ」
黒田はカードを伏せた。
佐伯は封筒を光へ透かし、天宮は開封前の表裏を確認している。一条は灰色の紙を指でなぞり、封を切る位置まで慎重に選んだ。
誰も、他人へ見せようとはしない。
久世も封筒を開いた。
白いカードの上に、黒い文字が二行だけ印刷されている。
『個人合格条件』
『導入信頼投票で選択した人物を、神谷悠斗死亡事件に関して正式告発せよ』
久世は読み間違いを疑い、もう一度目で追った。
選択した人物。
端末に表示された名前は、一条蓮。
神谷の死について、一条を正式に告発する。
それが、自分だけに与えられた個人合格条件だった。
「書かれた行動を、形だけ実行しても達成になるんですか?」
久世はカードを伏せたまま尋ねた。
『ならない。個人合格条件の達成には、本人による申請と、それを裏づける証拠が必要だ』
「何を証拠として認めるかは?」
『各試験で説明する』
「直人」
一条が呼んだ。
久世は反射的にカードを伏せた。
「顔色が悪い。無理に見せなくていい」
「……そっちもな」
「分かってる」
一条はいつもの調子で頷いた。
疑う理由がないのなら、告発はできない。
理由を探すためには、一条を疑わなければならない。
だが、久世が七年前から最も苦手としてきたのは、一度信じた身近な人間を疑うことだった。
真壁は偶然、この条件を割り当てたのではない。
二十四人それぞれの過去を知った上で、逃げ続けてきた判断を突きつけている。
『個人合格条件の確認時間を終了する』
端末に三十分のカウントダウンが現れた。
『続いて、第一試験を開始する』
モニターに新しい文字が浮かぶ。
『第一試験 再順位付け』
その下に、最初の指示が表示された。
『クラスの提出責任者を一名選出せよ』
一条が画面を見上げる。
ほかの五人の視線が、自然にその横顔へ集まった。
久世も、その一人だった。
告発しなければならない男に、最初の判断を預けようとしている。
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