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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第三章 証拠の裏側
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第36話 四組に入れろ

 端末へ視線を戻した鷲尾は、


 もう何も言わなかった。


 久世も、


 それ以上は聞かなかった。


 やがて。


 壁面モニターの表示が切り替わった。


『第三時限 終了』


 続いて、


 各自の端末にも同じ表示が出る。


『第三試験 全三時限終了』


 教室の空気が、


 わずかに緩んだ。


 鷲尾が端末を閉じる。


「終わりか」


 高瀬が言った。


「これで、一時留学も終わり?」


 その問いに答えるように、


 画面へ次の案内が表示された。


 一時留学段階の終了。


 そして。


 第三試験終了後に利用できる、


 正式移籍制度。


 久世は、


 表示を読む。


 訪問先クラスへの正式移籍申請。


 受入側の過半数承認。


 成立した場合、


 移籍先から元所属クラスへ十点が移動する。


 見覚えのあるルールだった。


 その数字を見て、


 高瀬が小さく息を吐いた。


「十点」


 一条が言う。


「安くないな」


 鷲尾は、


 何も答えない。


 鷲尾は、


 まだ席を立たない。


 その少し後。


 廊下側から音がした。


 扉が開く。


「ただいま」


 天宮だった。


 久世はそちらを見る。


 第三時限、


 一組へ一時留学していた天宮栞。


「おかえり」


 佐伯が応じる。


 天宮は教室へ入り、


 一度だけ全体を見回した。


 視線が、


 鷲尾で止まる。


「……鷲尾、まだいるの?」


 鷲尾が天宮を見る。


「ああ」


 そして、


 四組全体へ視線を向けた。


「じゃあ」


 久世が振り向く。


 鷲尾は、


 いつもの調子だった。


 焦っているようにも。


 頼んでいるようにも見えない。


「俺を四組に入れろ」


 一瞬。


 誰も返さなかった。


 高瀬が目を瞬く。


「……え?」


「正式移籍」


 鷲尾が言う。


「三組から四組へ」


 佐伯が、


 鷲尾を見る。


「本気?」


「冗談で十点動かす話はしない」


 鷲尾は平然としている。


 そこで。


 久世の中で、


 一つ繋がった。


 さっきまで。


 鷲尾は、


 四組のために動いていた。


 神谷の発見場所の記録について、


 見た内容を隠さなかった。


 むしろ、


 自分から共有した。


 どこまでなら答えに使えるかまで、


 一緒に整理した。


「だからか」


 久世が言った。


 鷲尾が見る。


「何が?」


「さっき」


 久世は言う。


「あそこまで積極的に、四組の答え作りに協力した理由」


 短い間。


「俺たちに、自分を入れる価値があるって思わせるためか」


 鷲尾は、


 少しだけ笑った。


「何も持ってない奴を入れるより」


 視線を四組へ向ける。


「使える奴を入れた方がいいだろ」


 一条が口を挟む。


「自分で言うか」


「誰かが言うの待つより早い」


 鷲尾は答えた。


 高瀬は、


 まだ端末の表示を見ている。


「でも」


 全員の視線が集まる。


「鷲尾を入れたら、四組から十点なくなるんだよね」


「三組に入る」


 一条が言う。


 高瀬が頷く。


「それだけ払ってでも、入れる価値があるかってことでしょ」


 鷲尾は、


 高瀬を見る。


「そういう話だな」


「そこは否定しないんだ」


「ルールなんだから仕方ない」


 鷲尾は軽く肩をすくめた。


「だったら、十点より俺の方が使えるって思わせればいい」


 久世は、


 その言葉を聞く。


 思わせればいい。


 だから、


 先に価値を見せた。


 四組が知らない情報を渡し。


 それを、


 答えに使える形まで整理した。


 頼む前に。


 自分を受け入れる理由を作った。


 一条も、


 同じことを考えたらしい。


「先に仕事したわけか」


「評価材料なしで決めろって方が無理だろ」


「それで、さっきの資料を全部話した?」


「見た内容をどう使うかは俺の自由だ」


 鷲尾が答える。


「四組に残した方が、価値があると思った」


 一条の目が細くなる。


「四組に?」


「そう」


「三組じゃなくて?」


 鷲尾は、


 一瞬だけ黙った。


 それから。


「今いるのは四組だろ」


 答えになっているようで。


 なっていない。


 一条も、


 それ以上は追わなかった。


 佐伯が言う。


「でも、助かったのは本当だよ」


 高瀬も否定しない。


「それはそう」


 天宮が、


 久世を見る。


「私は、その資料の話をまだ全部聞いてない」


「ああ」


「それでも決めるの?」


 一条が言った。


「鷲尾が何をしたかは説明できる」


 そして、


 必要なところだけを短く伝えた。


 施設から指定された、


 神谷の発見場所記録。


 鷲尾がその内容を四組へ共有したこと。


 確認できる事実と、


 証拠が足りない推測を分けたこと。


 四組の答えを整理するところまで、


 自分から踏み込んだこと。


 天宮は、


 黙って聞いていた。


「なるほど」


 それだけ言う。


 鷲尾が天宮を見る。


「で?」


「何?」


「お前はどうする?」


 天宮は、


 少し考える。


「その前に聞きたい」


「どうぞ」


「なんで四組なの?」


 鷲尾は、


 すぐには答えなかった。


 久世も、


 鷲尾を見る。


 知りたいのは、


 そこだった。


 三組を出る。


 その移籍で、


 三組には十点が入る。


 それでも、


 四組へ移る。


 それだけのことをする理由。


 鷲尾は、


 少しだけ笑った。


「今のところ、ここが一番面白そうだから」


 高瀬が眉を寄せる。


「それだけ?」


「理由は一つじゃない」


「じゃあ他は?」


 鷲尾は、


 少しだけ肩をすくめた。


「全部は話してない。それも含めて決めればいいだろ」


 天宮が言う。


「話してないことがあるのは、判断材料になるよ」


「ああ。だから疑うなら疑っとけ」


 一条が口を挟む。


「使えるかどうかだけじゃない。信用できるかどうかもな」


 鷲尾が一条を見る。


「それは、これから見ればいい」


「入れてから?」


「入れないと見られないこともある」


 一条は、


 小さく笑った。


「都合いいな」


「交渉なんてそんなもんだろ」


 久世は口を開く。


「一つだけ」


 鷲尾が見る。


「三組を出たい理由は?」


 鷲尾の表情は変わらない。


「今、それを言う必要あるか?」


「俺にはある」


「俺にはない」


 即答だった。


 久世は、


 黙る。


 やはり。


 全部は話さない。


 四組に移りたい。


 そのために、


 価値を示した。


 そこまでは分かった。


 けれど。


 なぜ移りたいのか。


 そこだけは、


 まだ見えない。


 高瀬が言った。


「私は、十点が一番引っかかる」


 佐伯が頷く。


「分かる」


「鷲尾が役に立つのは、さっきので分かった。でも、十点失うのは四組なんだよ」


「ああ」


 鷲尾が言う。


 高瀬は、


 少し間を置いた。


「それで四組が最下位になったら?」


 鷲尾の視線が、


 高瀬へ向く。


「一人、退学でしょ」


 誰も、


 すぐには口を挟まなかった。


 高瀬は続ける。


「入ったばかりの鷲尾が選ばれる可能性だってあるよ」


 鷲尾は、


 少しだけ口元を上げた。


「だったら、その時は俺を選べばいい」


 高瀬が目を瞬く。


「……いいの?」


「ああ」


 鷲尾は、


 あっさり答えた。


「今回、この十点で四組が最下位になるなら、俺に入れればいい」


 一条が鷲尾を見る。


「最下位じゃなかったら?」


「その先は」


 鷲尾が言う。


「選ばれないだけの価値を見せればいい」


 一条は、


 少し黙った。


「つまり」


 鷲尾を見る。


「今回、四組が最下位でも、お前を選べば今いるメンバーは残せる」


「そういうこと」


 鷲尾は、


 あっさり認めた。


 久世は、


 そのやり取りを聞く。


 十点を失う。


 そのせいで、


 四組が最下位になるかもしれない。


 それでも。


 最悪なら、


 自分を切ればいい。


 鷲尾は、


 そこまで含めて自分を差し出している。


 佐伯が言う。


「私は、受け入れてもいいと思う」


 高瀬が見る。


「十点でも?」


「安いとは思わないけど」


 佐伯は鷲尾を見る。


「少なくとも、何もしてない人に払う十点じゃない」


 鷲尾が笑う。


「いい評価だ」


「褒めてない」


「十分」


 一条が言った。


「俺も反対はしない」


 久世が見る。


「信用した?」


「してない」


 一条は即答した。


「でも、使えるのは分かった」


「それだけ?」


「それだけで十分な場面もある」


 一条は、


 鷲尾へ視線を向ける。


「ただし」


「何だよ」


「四組に来たい理由と、四組を強くした理由が、完全に同じだとは思ってない」


 鷲尾は答えなかった。


 表情も、


 ほとんど変わらない。


 だが。


 否定もしなかった。


 高瀬が息を吐く。


「私はまだ迷う」


「それでいい」


 鷲尾が言う。


「全員一致じゃないと駄目な制度じゃない」


 高瀬が睨む。


「そういう言い方されると反対したくなる」


「それは困るな」


 口ではそう言いながら、


 まるで困っていない。


 天宮が言った。


「私は賛成する」


 久世が見る。


「いいの?」


「今聞いた範囲なら」


 天宮は答える。


「理由を全部話さないのは気になる。でも、役に立つかどうかは、今聞いた話で判断できる」


 鷲尾が笑う。


「慎重だな」


「当然でしょ」


 高瀬が、


 もう一度端末を見る。


「……じゃあ私も、賛成でいい」


 佐伯が少し驚く。


「いいの?」


「十点は嫌だけど」


 高瀬は言う。


「十点払って何も得られないなら反対。でも、鷲尾が役に立つのは、さっきので分かった」


「一回で決めるのかよ」


「まだ一回でしょ」


 鷲尾は笑った。


 そして。


 視線が久世へ集まる。


 久世は、


 鷲尾を見る。


 自分を売り込むために、


 先に価値を示した。


 その説明なら。


 さっきまでの行動には、


 筋が通る。


 それでも。


 分からないことの方が残っている。


「俺も賛成する」


 久世は言った。


 鷲尾は、


 短く頷いた。


 鷲尾が、


 正式移籍を申請する。


 四組側の承認は、


 過半数に達した。


 端末上の表示が切り替わる。


『正式移籍 成立』


 鷲尾亮介。


 三組から四組へ。


 続いて。


 学校ポイント移動。


 四組から三組へ、


 十点。


 数字だけが、


 淡々と表示された。


 最終得点も。


 順位も。


 まだ出ない。


 高瀬が、


 表示を見ながら言った。


「本当に十点いった」


「今さらかよ」


 鷲尾が言う。


「分かってたけど、見ると嫌」


「俺に言うな」


 一条が、


 鷲尾を見る。


「これで四組か」


「ああ」


「満足?」


「まだ」


 鷲尾は、


 何でもないことのように答えた。


 久世の目が止まる。


「まだ?」


 鷲尾がこちらを見る。


「移っただけだろ」


「何がしたい?」


 久世は訊いた。


 鷲尾は、


 少しだけ笑った。


「勝ちたい」


「何に?」


「そこまで一回で聞くなよ」


 返ってきたのは、


 また。


 核心を外した答えだった。


 久世は、


 それ以上は聞かなかった。


 分かったことはある。


 鷲尾が、


 あそこまで四組の答え作りに踏み込んだ理由。


 自分を。


 四組に入れる価値がある人間だと、


 示すため。


 その一つは、


 確かに分かった。


 けれど。


 三組には、


 十点まで入る。


 それでも。


 なぜ、


 三組を出たかったのか。


 なぜ、


 四組だったのか。


 そこは。


 何一つ分かっていない。


 鷲尾は、


 四組へ入りたかった。


 けれど。


 四組に入ること自体が、


 こいつの目的なのか。


 久世には、


 まだそう思えなかった。

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