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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第三章 証拠の裏側
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第33話 岡崎千尋の疑問

 第三時限は、まだ続いていた。


 二組の教室では、机を動かす音と、紙をめくる音が途切れ途切れに響いている。


 岡崎千尋は、自分の席から教室の中を見渡した。


 田所陸。桐島茜。水野沙羅。瀬戸大地。


 そして、一組から来ている御影咲。


 相馬公平の席だけが空いている。


 けれど、それ自体におかしなことは何もない。


 今、相馬は三組にいる。


 第三時限の交換で、そう決まっている。


 岡崎は一度、空席から視線を外した。


 その先で、御影が交換日誌に何かを書き込んでいた。


 特別なことではない。


 この試験が始まってから、何度も目にしている光景だった。


 誰がどこにいたのか。


 誰と接触したのか。


 ここで何をしたのか。


 記録を残す。


 それだけの仕組みだ。


 なのに。


 ——誰が、どこにいたのか。


 その言葉だけが、妙に頭に残った。


 岡崎は目を伏せる。


 その瞬間、少し前に聞いた声が蘇った。


『相馬なら、廊下で見た』


 田所の声だった。


 あのときは、それで終わる話だと思った。


 相馬を見た。


 ただ、それだけ。


 けれど、その後。


 問い直された田所は、こう言った。


『見ただけじゃない。一緒にいた』


 岡崎は、ゆっくりと顔を上げた。


 教室の中央では、当の田所が手元に視線を落としている。


 普段と変わらない。


 少なくとも、岡崎の目にはそう見える。


 ——廊下で見た。


 ——一緒にいた。


 同じではない。


 最初の言い方なら、一瞬姿を確認しただけでも成立する。


 後の言い方なら、田所自身も相馬と同じ場所にいて、同じ時間を過ごしていたことまで含んでいる。


 言っている範囲が、広がっている。


 それは確かだった。


 だが。


 だから何だ、とも思う。


 最初は簡単に答えただけかもしれない。


 あとから思い出したのかもしれない。


 あるいは、ただ言葉の選び方が違っただけかもしれない。


 田所が嘘をついた。


 そう決めつけられるものではない。


 岡崎は自分にそう言い聞かせてから、気づいた。


 違う。


 気になっているのは、そこだけじゃない。


 なぜ、今まで自分はこれを確かめようとしなかったのか。


 聞こえていた。


 あの二つの言葉は、間違いなく自分も聞いていた。


 それなのに。


 三浦が死んだ。


 黒田も死んだ。


 三浦がすでに死亡していたにもかかわらず、施設側の表示は『参加中・通信不良』のまま、現実と一致していなかった。


 黒田についても、目の前で起きていることと、施設側の反応をそのまま同じものとして受け取れなくなっている。


 今、この場所では。


 誰がどこにいたのか。


 誰と一緒だったのか。


 そんな当たり前の確認さえ、軽く扱っていいものではない。


 なのに自分は。


 相馬のことだけは、確認しなかった。


「……なんで」


 小さく声が漏れた。


 すぐ近くにいた水野が顔を上げる。


「どうしたの?」


「あ、ごめん。なんでもない」


 笑ってみせる。


 水野は少しだけ首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。


 岡崎は両手を膝の上で組んだ。


 相馬だから。


 その一言で済ませていたのではないか。


 相馬なら大丈夫。


 相馬が何かおかしなことをするはずがない。


 田所が相馬と一緒にいたと言うなら、それでいい。


 そうやって、確認する前に終わらせた。


 胸の奥が、わずかに冷えた。


 似た感覚を、知っている。


 七年前。


 あのときも。


 相馬がどこにいたのか。


 聞けばよかったことがあった。


 きちんと確かめればよかったことがあった。


 それなのに、自分は——。


 岡崎はそこで考えるのを止めた。


 これ以上は、まだ駄目だ。


 古い記憶と、今ここで起きていることを、勝手につなげるべきではない。


 相馬を疑いたいわけではない。


 むしろ逆だった。


 信じたい。


 今でもそう思っている。


 だからこそ。


 信じているから、聞かなくていい。


 それだけは違う。


「瀬戸」


 声を抑えて呼ぶ。


 少し離れた席にいた瀬戸大地が、顔だけを向けた。


「何?」


 岡崎は一度、田所の方を見た。


 田所はまだ手元を見ている。


 御影も交換日誌に視線を落としていた。


 桐島と水野も、それぞれ別のものに意識を向けている。


 誰にも聞かれない場所ではない。


 そんなものを作る必要もない。


 だから、岡崎は短く言った。


「前の状況確認で、ちょっと気になってることがある」


 瀬戸の眉がわずかに動く。


「何の話?」


「同じ人の所在について、答え方が途中で変わったこと。覚えてる?」


 数秒。


 瀬戸は何も言わなかった。


 それから、教室の中央へ一瞬だけ目をやる。


 岡崎は、それで伝わったと分かった。


「……覚えてる」


「やっぱり、言い方は変わってたよね」


「変わってた」


 即答だった。


 岡崎は息を呑む。


 けれど、瀬戸は続けた。


「でも、それだけだろ」


「え?」


「最初と後で、言ってる範囲が違う。それは事実。でも、だから何か隠してるとは限らない」


 岡崎は黙った。


「最初は短く答えただけかもしれないし、後から補っただけかもしれない」


「……うん」


「気になるのは分かるけど、そこから先は想像になる」


 瀬戸らしい、と岡崎は思った。


 もっと強く反応するかもしれないと、どこかで考えていた。


 相馬に対して、瀬戸が必ずしも好意的ではないことを知っているからだ。


 けれど瀬戸は、そこを利用しなかった。


「だったら」


 瀬戸が言う。


「気になるなら、聞けばいい」


 岡崎は顔を上げた。


「誰に?」


 瀬戸は少しだけ目を細めた。


「それを俺に聞くのか?」


 その返しに、岡崎は言葉を失った。


 田所を見る。


 それから、空いている相馬の席を見る。


 本当に確かめたいことは何なのか。


 田所がどういうつもりで答え方を変えたのか。


 それも、いずれ確認する必要があるかもしれない。


 けれど今、一番先に知りたいのは。


 相馬自身が、あのときのことをどう説明するのか。


 田所と、どこで会ったのか。


 どのくらい一緒にいたのか。


 自分の口で何と言うのか。


 岡崎は小さく息を吐いた。


「……そうだよね」


 瀬戸は何も返さなかった。


 それでよかった。


 答えが欲しかったわけではない。


 相馬が何かをしたと決めたいわけでもない。


 田所が嘘をついたと決めたいわけでもない。


 今は、何も分かっていない。


 ただ。


 ひとつだけ、分かった。


 自分はこれまで、相馬についてだけは。


 確認する前に、信じる方を選んでいた。


 七年前も。


 そして今も。


 また同じことをしようとしていた。


 岡崎は空席を見つめる。


 相馬はまだ三組にいる。


 第三時限が続いている以上、ここには戻ってこない。


 だったら戻ってきてからでいい。


 逃げる必要はない。


 今度は聞く。


 相馬だから聞かない、にはしない。


 信じているからこそ。


 確認する。


 岡崎はそう決めて、視線を前へ戻した。


 教室の中では、まだ第三時限の時間が流れている。


 交換日誌へ書き込む音がする。


 誰が、どこにいたのか。


 たったそれだけのことが。


 今の岡崎には、七年前よりずっと重く感じられた。

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