第32話 映像の外側
「篠原の映像について、一つ分かったことがある」
鷲尾の言葉に、
久世は続きを待った。
一条も、
佐伯も、
高瀬も鷲尾を見る。
第三時限は、
すでに始まっている。
「篠原の処分で、遮光中に流れてた映像」
鷲尾が言う。
「リアルタイムじゃなかった」
高瀬の表情が変わった。
「……どういうこと?」
一条が先に訊く。
「三組で証明できたのか?」
「ああ」
鷲尾は頷いた。
「表示が切り替わる前に送られた画像に、もう『生体反応 検出なし』が入ってた」
短い説明だった。
けれど、
久世には十分だった。
「つまり」
佐伯が言う。
「あの時、画面に出てたものが、そのままその瞬間に起きてたことじゃなかったってこと?」
「そういうことだ」
鷲尾が答えた。
久世は、
篠原の処分を思い出していた。
映像。
波形。
『生体反応 検出なし』
そこまでは、
画面の中で見たものだ。
一方で。
遮光シャッターが下りたこと。
青白い光が漏れたこと。
破裂音が聞こえたこと。
再び開いた時には、
篠原も処分台もなかったこと。
そして、
床の下を重いものが移動するような音がしたこと。
それは、
自分たちが直接見聞きした。
「映像が違ってたからって」
一条が言う。
「それ以外まで全部嘘だったことにはならない」
「ああ」
久世は頷いた。
混ぜてはいけない。
画面で見せられたものと、
その場に実際に残ったもの。
高瀬が小さく言う。
「じゃあ、あの『生体反応 検出なし』も……」
「少なくとも」
久世は答えた。
「篠原が、あの瞬間にどうなったのかをそのまま映したものとしては使えない」
そこで、
別の処分が頭に浮かんだ。
黒田。
光も、
音も、
映像も、
表示も。
篠原の時と同じように見えた。
ただ一つ。
処分後の床下音は、
篠原とは反対側へ遠ざかった。
「黒田も同じだったってこと?」
佐伯が訊く。
久世は、
鷲尾を見る。
「黒田の方は?」
「そこまではわかってない」
鷲尾は答えた。
「少なくとも、三組で証明したのは篠原の映像だけだ」
久世は頷く。
「なら、黒田の映像まで同じだったとは決められない」
一条も頷いた。
久世は続ける。
「でも、黒田の時の画面表示だけを根拠に、あの場で死んだと決めるのは危ない」
黒田については、
もう別の材料がある。
床下音が向かった側。
その先で見つかった黒田。
処分場所とは別の旧個別面談室。
遺体や現場の状態も、
処分台の上でそのまま死亡したという見え方とは噛み合わなかった。
成海が確認したのは、
黒田が死亡していることだけだ。
いつ。
何が原因で。
どうやって。
そこまでは分かっていない。
「黒田は」
久世が言う。
「処分のあとに、別の場所へ運ばれた」
少し置いて、
「少なくとも、そう考えた方が今ある事実はつながる」
高瀬が久世を見る。
「それは、前に話したことだよね」
「ああ」
黒田については、
新しい結論ではない。
ただ。
篠原の映像がリアルタイムではなかった。
その一つが加わったことで、
二人の処分の見え方が変わる。
久世は、
篠原へ考えを戻した。
篠原には、
『死亡』という表示がない。
遺体も見つかっていない。
誰かが死亡を確認した事実もない。
処分中に見せられた映像も、
その瞬間の現実ではなかった。
残っているのは。
篠原と処分台が、
シャッターの向こうから消えたこと。
その直後。
床の下を、
重いものが旧講師棟側へ移動した音。
久世は黙った。
黒田にも、
同じような床下音があった。
方向は違った。
そして黒田は、
その先で別の場所から見つかった。
なら。
「……篠原も?」
佐伯が言った。
久世は顔を上げる。
「黒田みたいに、どこかへ運ばれたってこと?」
その可能性を、
久世は頭の中で確かめる。
篠原の行き先を見たわけではない。
黒田の時のような痕跡も、
篠原側では確認していない。
それでも。
床下を移動する音はあった。
「可能性はある」
久世は言った。
高瀬が息を呑む。
「じゃあ……」
一度、
言葉を止める。
「篠原さん、生きてるかもしれないんだ」
久世は、
高瀬を見る。
今までなら。
死んでいるとも、
生きているとも分からない。
そこで止めていた。
けれど。
今回は、
その可能性を否定する理由がなかった。
「ああ」
久世は答えた。
「そうかもしれない」
高瀬の顔から、
一瞬だけ強張りが抜けた。
佐伯も、
小さく息を吐く。
「だったら……」
そこまで言って、
佐伯は黙った。
誰も、
その先を急がなかった。
それでも。
篠原が、
あの処分の瞬間にすべて終わったわけではないかもしれない。
久世自身も、
初めてその考えを正面から受け入れた。
その時。
黒田の姿が、
頭に浮かんだ。
旧個別面談室。
動かない身体。
成海の確認。
久世の表情が変わったことに、
一条が気づいた。
「何だ?」
「……黒田だ」
高瀬の表情から、
さっきの安堵が消える。
久世は言葉を選んだ。
「黒田も、処分のあとに別の場所へ運ばれた可能性が高い」
そこまでは、
変わらない。
「でも、見つかった時には死んでた」
誰も口を挟まない。
処分の瞬間。
そして、
死亡が確認された時。
その間に。
黒田には、
自分たちが見ていない時間がある。
それがどれだけの長さだったのか。
その間に何が起きたのか。
分からない。
「だから」
久世は言った。
「篠原が、処分のあとも生きてた可能性があったとしても」
一度、
言葉を切る。
「そのあとまで無事だったとは限らない」
高瀬が俯く。
佐伯も、
何も言わなかった。
一条が静かに言う。
「生きて処分のあとへ進んだ可能性と、今も生きてることは別だ」
「ああ」
久世は頷いた。
希望が消えたわけではない。
むしろ。
篠原が生きていた可能性を考えたからこそ、
新しい空白が見えた。
処分のあと。
旧講師棟側へ運ばれたとして。
その先で。
篠原に何があったのか。
今まで、
死んだかどうかだけを考えていた。
けれど。
もし。
あの時点で生きていたのなら。
問題は、
そこで終わらない。
久世は、
鷲尾を見る。
鷲尾は、
さっきから黙っている。
三組で得た情報を伝えたあと、
余計なことは何も言わない。
そこで。
別の疑問が浮かんだ。
鷲尾は、
自分から四組行きを希望した。
理由は、
まだ聞いていない。
そして四組へ来るなり、
篠原の処分に関する重要な情報を話した。
一条も、
同じことを考えたらしい。
「鷲尾」
「何」
「一つ聞いていいか」
鷲尾が一条を見る。
「お前」
一条は言った。
「なんで、そこまで俺たちに話す?」
佐伯が、
鷲尾を見る。
高瀬も顔を上げた。
鷲尾はすぐには答えなかった。
「三組だけで持ってても仕方ないだろ」
「それだけか?」
今度は久世が訊いた。
鷲尾は久世を見る。
少しだけ間があった。
「何が?」
それだけだった。
久世は、
鷲尾から目を離さない。
答えになっていない。
けれど。
追及する材料も、
まだない。
鷲尾も、
それ以上は話さなかった。
教室の外では、
第三時限が続いている。
篠原の処分後に何があったのか。
そして。
鷲尾が何を考えて、
ここへ来たのか。
どちらも、
まだ答えはなかった。




