第31話 偽物の処刑映像
第三時限までは、
まだ少しだけ間がある。
久世は教室の扉から目を離した。
鷲尾は、
まだ来ていない。
天宮も、
一組へ向かう準備をしたまま席にいる。
一条が端末を確認する。
「始まれば来るだろ」
「ああ」
久世は答えた。
考える時間は、
もう十分にあった。
なぜ四組を希望したのか。
それは、
本人が来てから確かめればいい。
今はまだ、
第三時限は始まっていない。
*
三組では、
宮原杏奈が机の上に端末を置いた。
「一回、整理していい?」
早川が椅子を寄せる。
「お願い。増えたのは分かるけど、どれがどこから来たのか混ざってきた」
「だよね」
宮原は、
指を一本立てた。
「最初の時限。一組で私が見たのが、施設時計同期記録」
二本目。
「次。二組で見たのが、映像配信時刻ログ」
そして、
三本目。
「高瀬さんがここに来た時に確認したのが、処分表示更新記録」
鷲尾は少し離れた場所から聞いている。
森下も、
三つの名前を追うように端末へ目を向けた。
「全部、時間の記録?」
森下が訊く。
「時間は入ってる」
答えたのは小宮山だった。
「でも、同じものじゃない」
小宮山は、
宮原が挙げた順に記録を確認していく。
最初に、
施設時計同期記録。
しばらく画面を追う。
次に、
映像配信時刻ログ。
最後に、
処分表示更新記録。
早川が待ちきれずに訊いた。
「何か分かった?」
「急かしたら、ログの方から答えてくれる?」
「ならない」
「じゃあ待って」
小宮山は画面から目を離さない。
早川は口を閉じたが、
すぐ隣まで移動して記録を覗き込んだ。
小宮山は、
施設時計同期記録へ戻る。
「まず、これ」
指先で一箇所を示す。
「別々の記録だけど、時刻を比べる基準は同じ」
宮原が言う。
「時計そのものがずれてた可能性は?」
「少なくとも、その逃げ方はできない」
小宮山は次に、
映像配信時刻ログを開いた。
「こっちは、篠原の処分で遮光中に流れた内部映像」
記録を追う。
「映像がまとめて一回送られた、って記録じゃない」
早川が首を傾げる。
「どういうこと?」
「映像の出力ごとに、いつ壁面モニターと端末へ送ったかを追える」
小宮山は、
いくつか並ぶ記録を目で追った。
「一枚一枚に近い単位で、送った順番と時刻が残ってる」
宮原が処分表示更新記録へ目を移す。
「こっちは?」
「篠原の処分で、表示が『生体反応 検出なし』に切り替わった時点」
森下が訊く。
「それって、篠原さんの生体反応がなくなった時間?」
「違う」
小宮山はすぐに答えた。
「分かるのは、施設の表示がそう切り替わった時間だけ」
小宮山は、
もう一度三つの記録を見る。
「ここまでは、時間の順番しかない」
早川が訊く。
「それじゃ足りない?」
「足りない」
小宮山は頷いた。
「ログだけなら、何をいつ送ったかと、表示がいつ変わったかまでは追える。でも」
少し考えてから、
言葉を切る。
「その時に送られた映像の中に、何が入ってたかを固定できない」
早川が首を傾げる。
「処分の時に見た画面じゃ駄目?」
「記憶は証拠にするには便利すぎる」
「嫌な言い方するね」
「便利なものほど疑う仕事だから」
小宮山は映像配信会社のソフトウェアエンジニアだ。
動画配信の基盤とログ管理を担当している。
映像の中身そのものより、
遅延や欠損、
記録された時刻を見る仕事だ。
小宮山は、
もう一度三つの記録を見る。
「配信された時の画面そのものが残ってればいい」
その言葉のあと。
北原が顔を上げた。
「一枚だけなら、残ってる」
小宮山が振り向く。
北原は端末を手元へ引き寄せ、
操作する。
「篠原の処分の時、端末に一枚だけ一時画像が残ってた。消える前に、そのデータだけ保存した」
早川が北原を見る。
「一枚だけ?」
「うん」
北原は答えた。
「処分区画の内部映像。その一枚」
少し間を置く。
「最初から一部壊れてた」
早川が北原を見る。
「それ、今まで持ってたの?」
「残してはいた」
北原は答えた。
「でも、この一枚だけじゃ何も証明できなかった」
端末を操作する。
「いつ送られた画像かも、表示がいつ変わったのかも、これだけじゃ分からない」
それから、
「あとで、戻せるところだけ戻した」
北原は、
図書館や資料館で古い写真や映像の整理とデジタル化をしている。
欠けた記録を扱うことにも、
慣れていた。
小宮山が訊く。
「復元するとき、欠けたところを補った?」
「補ってない」
北原は画面を見たまま答えた。
「残ってた部分だけ戻した。分からないところはそのまま」
北原が画面を向ける。
一枚の静止画像。
処分区画内部映像の断片。
欠けた部分は残っている。
完全な画面ではない。
けれど。
小宮山の視線が、
画像の一部で止まった。
『生体反応 検出なし』
その表示が残っている。
小宮山が訊く。
「この表示、元画像に残ってた?」
「そこは元からあった」
北原は短く答える。
「僕が足したものじゃない」
小宮山は画面へ顔を近づけた。
そこで別の箇所を見る。
画像そのものではない。
残っている情報。
「北原」
「何」
「配信記録と対応できるもの、残ってる?」
「全部じゃないけど、この一枚がどの出力だったか照合できる情報は残ってる」
北原は操作する。
早川が二人を見る。
「見た目で同じって言ってるんじゃないよね?」
「違う」
小宮山が答えた。
北原の端末と、
映像配信時刻ログを並べる。
少し時間を掛けて照合する。
小宮山の指が、
一件の記録で止まった。
「これだ」
宮原が覗き込む。
「同じものって分かる?」
「分かる」
小宮山は答えた。
「この静止画に残ってる情報と、こっちの配信記録が対応してる」
早川が言う。
「じゃあ、その一枚がいつ送られたかも?」
「これなら追える」
小宮山は頷いた。
それから、
北原を見る。
「北原。この静止画、証拠登録できる?」
「復元した画像のままで?」
「それでいい。欠けたところも、そのまま」
小宮山は、
北原の端末を見る。
「配信記録と対応できる情報も残したまま。比較に使いたい」
「分かった」
北原は頷いた。
余計な説明はしない。
既存の手順で、
復元した静止画像を証拠として登録する。
しばらくして、
登録が完了する。
正式な証拠として、
識別できる状態になった。
北原は端末を小宮山へ戻した。
「登録した」
「助かる」
小宮山は、
それだけ言った。
「早川」
「何?」
「順番だけ見て」
小宮山は、
施設時計同期記録を先に示した。
「これで、映像配信時刻ログと処分表示更新記録は、同じ基準で比べられる」
次に、
北原の復元静止画を示す。
「この一枚がどの出力かも、配信記録と対応が取れた」
早川が頷く。
小宮山は、
映像配信時刻ログの一件を開いた。
「この静止画に対応する出力が、壁面モニターと端末へ送られたのが先」
次に、
処分表示更新記録。
「『生体反応 検出なし』へ表示が切り替わったのは、そのあと」
早川が二つを見比べる。
「送ったのが先。表示が変わったのが後」
「そう」
森下が眉を寄せる。
「でも、それだけなら普通じゃない?」
「それだけならね」
小宮山は、
北原の復元静止画を開いた。
誰もすぐには口を開かなかった。
画像の中。
『生体反応 検出なし』
森下の視線が止まる。
早川も、
さっき見た二つの記録へ目を戻した。
「待って」
配信記録。
処分表示更新記録。
もう一度、
静止画像。
「この一枚」
早川が言う。
「表示が変わる前に、もう送られてるんだよね」
「そう」
「でも」
早川は静止画像を指した。
「その画像には、もう『生体反応 検出なし』が入ってる」
小宮山は頷いた。
宮原が確認する。
「時計そのものがずれてた可能性は?」
「同期記録で切れる」
小宮山が答える。
森下が訊く。
「この画像が、別の時に送られたものって可能性は?」
「それも切れる」
小宮山は、
北原の静止画と配信記録を指した。
「残ってる情報で、この一枚がどの出力かは対応してる」
早川が少し考える。
「送ってから届くまで遅れたとかは?」
「問題にしてるのは、届いた時間じゃない」
小宮山は映像配信時刻ログを見る。
「この一枚が、施設側から送信済みだった時点」
そこで一度切る。
「その時点では、処分表示更新記録上はまだ『生体反応 検出なし』へ切り替わってない」
誰も口を挟まない。
小宮山は、
四つの資料を順番に並べ直した。
施設時計同期記録。
映像配信時刻ログ。
処分表示更新記録。
北原の復元静止画。
「もう一回」
小宮山が言った。
早川が少し笑う。
「まだやるの?」
「僕だけ分かって申請したら、あとで説明が面倒だから」
「そこ?」
「大事」
小宮山は真顔だった。
今度は森下を見る。
「順番」
急に振られて、
森下が少し戸惑う。
それでも、
画面を見る。
「この静止画に対応する映像が……先に送られた」
「うん」
「『生体反応 検出なし』に表示が変わったのは、そのあと」
「うん」
「でも、表示が変わる前に送られた画像には」
森下は言葉を止めた。
静止画像を見る。
「まだ表示されてないはずの『生体反応 検出なし』が、もう入ってる」
「そう」
小宮山は、
そこで初めて背もたれへ身体を預けた。
「なら、言えることは一つ」
誰も口を挟まない。
「この処分出力は、配信された瞬間の現実を、そのまま映したものじゃない」
早川の表情が消える。
森下も、
静止画像から目を離せない。
「じゃあ……篠原さんは」
森下が言いかける。
小宮山は首を振った。
「そこまでは判断できない」
声は変わらなかった。
「生きてるとも、死んでるとも、この四つからは決められない」
北原も何も言わない。
「分かるのは、遮光中に見せられた映像が、その時の現実をそのまま流してたものじゃないことだけ」
小宮山は静止画像を閉じなかった。
「それ以上を足すと、また別の証拠がいる」
鷲尾が初めて口を開いた。
「でも」
全員がそちらを見る。
「映像を、その場で起きたことそのものとしては使えなくなった」
「そういうこと」
小宮山が答えた。
それだけで、
鷲尾は黙った。
*
小宮山は自分の端末を開いた。
画面を進める。
そこで、
一度指が止まった。
『個人合格条件』
その下。
『運営映像の偽装を証明する。』
小宮山は、
表示をしばらく見ていた。
宮原が横から覗こうとはしない。
条件を見せるつもりがないことくらい、
分かっている。
小宮山は申請画面を開いた。
証拠指定。
施設時計同期記録。
映像配信時刻ログ。
処分表示更新記録。
そして、
北原が登録した復元静止画像。
四つを指定する。
一度、
並びを確認する。
それから、
申請を実行した。
画面が切り替わる。
『達成申請を受理しました』
早川が近づこうとして、
途中で止まった。
小宮山は端末を伏せない。
ただ、
誰かへ見せるために向けることもしなかった。
判定を待つ。
長くはなかった。
表示が変わる。
『個人合格条件 達成』
『小宮山理人』
『通常退学対象外』
早川が、
「おお」
と小さく声を上げた。
森下は、
ほっとしたような顔をしたあと、
すぐに静止画像の方を見る。
喜んで終われる話ではない。
宮原が小宮山を見る。
「おめでとう、でいい?」
「制度上は」
「じゃあ制度上、おめでとう」
「どうも」
小宮山は端末を閉じた。
その顔に、
大きな変化はなかった。
ただ。
さっきまで自分の中だけで処理していた順番を、
最後まで全員が追える形にした。
そのことについては、
何も言わなかった。
*
第三時限の開始を告げる表示が出た。
一組から、
御影咲が二組へ。
二組から、
相馬公平が三組へ。
三組から、
鷲尾亮介が四組へ。
四組から、
天宮栞が一組へ。
三組では、
鷲尾が立ち上がる。
宮原が鷲尾を見る。
「行ってらっしゃい」
「行ってくる」
鷲尾は短く答えた。
小宮山の端末があった机を、
一度だけ見る。
それだけだった。
理由は言わない。
何をするつもりなのかも。
入れ替わるように、
二組から相馬公平が三組へ入ってきた。
*
四組。
電子錠が開いた。
「じゃあ、行ってくる」
天宮が端末を持って立ち上がる。
久世が頷く。
「気をつけて」
天宮は一組へ向かった。
扉が閉じる。
それから、
少しして。
廊下から足音が近づいた。
久世が顔を上げる。
一条も扉を見る。
電子錠が鳴った。
扉が開く。
入ってきたのは、
鷲尾亮介だった。
第一時限が始まる前に、
自分から四組行きを希望してきた男。
鷲尾は教室へ入ると、
久世と一条を順に見た。
「本当に来たんだな」
一条が言う。
「来るって言ってただろ」
鷲尾は答えた。
そのまま、
少しだけ声を落とす。
「三組で」
そこで切る。
「篠原の映像について、一つ分かったことがある」
久世は、
鷲尾を見る。
第三時限が、
始まった。




