第28話 二人目の運営
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
黒田が死んでいる。
そこまでは、もう疑えなかった。
だが、
いつ死んだのか。
何が原因だったのか。
そこまでは分からない。
「身体は」
成海が黒田を見る。
「必要以上に動かさない方がいい」
久世は頷いた。
旧個別面談室の入口には、一組の他の参加者たちもいる。
誰も中へ踏み込もうとはしなかった。
佐伯が黒田を見たまま言う。
「これ……真壁に言わないと」
「ああ」
一条が答えた。
ここで考え続けても、できることは少ない。
黒田の身体は動かさない。
まず真壁へ知らせる。
久世たちは旧個別面談室を出た。
*
四組の教室へ戻る。
誰も席には座らなかった。
久世は教室後方へ向かった。
壁にある赤いボタン。
最初の日にも押した。
施設管理者を呼び出すための緊急呼出ボタン。
透明なカバーを上げる。
久世はボタンを押した。
短い電子音。
続いて、
聞き覚えのある合成音声が流れた。
『施設管理者が対応中です。そのままお待ちください』
久世はボタンから手を離した。
同じだ。
最初の日と、
何も変わらない。
久世は前方へ移動した。
モニター。
その方向にあるカメラ。
「真壁先生」
待つ。
「黒田が……死んでいます」
続ける。
「旧個別面談室で発見しました。成海が死亡を確認しています」
モニターは変わらない。
スピーカーも沈黙している。
佐伯が中央モニターへ向かって言った。
「人が死んでるんだよ」
それでも、
試験を止めるような表示は出ない。
黒田を確認するという指示もない。
佐伯が顔をしかめる。
「このまま続けるの?」
高瀬が画面を見たまま言った。
「なんで……何も変わらないの?」
久世も同じことを考えていた。
真壁は、
この施設で起きていることを把握しているはずだ。
少なくとも、
久世たちはそう考えてきた。
それなのに、
人が死んだと伝えても、
その内容に応じた返答が来ない。
試験も止まったようには見えなかった。
天宮が言う。
「反応は無いということですね」
久世が見る。
「真壁先生はこの状況も容認しているということでしょうか」
一条も中央モニターを見る。
「だからって、反応が無い以上は真壁先生が何を考えてるかまでは分かりません」
久世は黙った。
最初の日も、
同じ声だった。
『施設管理者が対応中です。そのままお待ちください』
あの時と今とで、
返ってくるものは変わらなかった。
*
久世たちは再び、新しく通れるようになった区画へ出た。
旧個別面談室から戻ってきた一組側もいる。
新しく開いた経路を確認していた二組、三組の参加者とも、そこで行き合った。
「何かあった?」
相馬が訊いた。
「どうしたの?」
宮原も久世たちを見る。
周囲の二組、三組の参加者も足を止めている。
久世は答えた。
「黒田が見つかった」
「……黒田が?」
宮原が聞き返す。
「旧個別面談室にいた」
久世は続けた。
「……死んでた」
空気が止まった。
「成海が確認した」
視線が成海へ集まる。
成海は短く頷いた。
「死んでた。俺が確認した」
宮原が小さく息を呑む。
何かを思い出したように、
久世を見る。
「じゃあ……」
少し迷ってから言う。
「三浦が言ってたこと、本当だったの?」
「退学したら死ぬって」
久世はすぐに答えた。
「まだ、そこまではわからない」
宮原が久世を見る。
「黒田が死んでるのは事実だ」
久世は言う。
「でも、昨日の通常退学でそのまま死んだとは限らない」
久世は、
篠原とは違う搬送方向や、
旧個別面談室まで続いていた痕、
黒田の身体に残っていた、処分時とは噛み合わない痕について簡単に説明した。
「昨日の処分だけじゃ、説明しにくいものが残ってる」
宮原は黙る。
その時、
成海が口を開いた。
「……三浦も死んでる」
宮原の動きが止まった。
「……三浦が?」
普段の明るい表情が消える。
一瞬、
言葉が続かなかった。
「いつ?」
「第二試験の途中」
成海が答える。
「第三非常階段の下で見つけた」
「成海が?」
「ああ」
呼びかけても反応はなかった。
呼吸を確認した。
脈も確認した。
「何度も確認した」
成海は言う。
「三浦は死んでた」
宮原は視線を落とした。
短い沈黙。
「……そう」
声が少し硬かった。
それから顔を上げる。
「何があったの?」
「分からない」
成海は答えた。
「階段から落ちたのか、誰かに何かされたのか。そこまでは分からない」
天宮が訊く。
「その時、画面は?」
「三浦が死んだあとも」
成海が言う。
「『参加中・通信不良』だった」
「……参加中?」
高瀬が言った。
「死んでるのに?」
「ああ」
成海の返事は短かった。
宮原は再び言葉を失った。
相馬が口を開く。
「黒田のことは、真壁に伝えたのか?」
「ああ」
久世が答える。
「緊急呼出を使った。黒田が死んでることも、場所も、成海が確認したことも伝えた」
「返事は?」
「最初の日と同じ合成音声だけ」
佐伯が言った。
「試験も止まってない」
相馬は少し考える。
「黒田のことへの返答はなかったってことか」
「ああ」
「……それは変だな」
声は落ち着いていた。
宮原が周囲を見る。
「ここにいない人にも伝えないと」
「二組もそうする」
相馬が答えた。
久世は少し考えてから言った。
「三浦も試験中に死んでた」
「でも画面では『参加中・通信不良』だった」
今度は黒田。
通常退学処分を受けたあと、
別の場所で死んでいた。
しかも、
その死を真壁へ伝えても、
黒田についての返答はなく、
試験も止まったようには見えない。
天宮が言う。
「二つの事件が同じだとは限らないですよね」
「ああ」
久世は頷く。
「でも、どっちも」
少し言葉を選ぶ。
「実際に起きてることと、画面に出るものや、真壁から返ってくるものが噛み合ってない」
高瀬が中央の通路を見回す。
「じゃあ……」
声が小さくなる。
「真壁は、人が死ぬこと自体は、おかしいと思ってないってこと?」
久世が高瀬を見る。
「だって」
高瀬は続ける。
「黒田が死んでも試験は止まらない。三浦が死んでても『参加中』なんでしょ?」
少し間を置く。
「だったら、篠原も……」
言葉が止まった。
誰も続きを言わない。
高瀬の目には、
怯えが浮かんでいた。
「まだ、そこまで決めるな」
久世が言った。
高瀬が見る。
「黒田は、通常退学そのもので死んだとは決まってない」
昨日の処分のあとに、
別のことが起きた可能性がある。
「三浦は通常退学になってない。それでも死んでる」
成海が黙って聞いている。
「篠原は」
久世は一度言葉を切った。
「俺たちは、死んだところを確認してない」
生きているとも言えない。
死んでいるとも、
今ある材料だけでは決められない。
「全部を同じものとして扱うのは早い」
高瀬は何も言わなかった。
佐伯が言う。
「でも、人が死んでるのに試験が続いてるのは変わらないよ」
「ああ」
久世も考えていた。
真壁が二十四人を集めた。
真壁が試験を始めた。
真壁がルールを説明した。
だから、
この場所で起きることを、
全部真壁につなげて考えていた。
退学。
処分。
試験。
そして、
人の死。
全部が同じものだと。
けれど、
本当にそうなのか。
「もしかして」
久世は言った。
「一回、分けて考えた方がいいのかもしれない」
一条が久世を見る。
「何を?」
「試験を動かしてるものと」
久世は言う。
「実際に人を殺してるものを」
一条がすぐに返す。
「それだけで、別人がいるとは決まらない」
「分かってる」
久世は頷く。
相馬が言った。
「真壁が、意図的にそう見せてる可能性も残ってる」
久世が相馬を見る。
「死んだ人間を死亡扱いしないことも、黒田の件に答えないことも」
相馬の声は穏やかだった。
「真壁の意図だって可能性は高いんじゃないか?」
「そうだな」
久世は否定しなかった。
真壁が無関係だとは言えない。
久世たちの知る限り、
真壁はこの施設で起きていることを把握しているはずだ。
だからこそ、
分からない。
現実には人が死んでいる。
なのに、
真壁が動かしているはずの試験も、
画面に出る情報も、
その現実と噛み合っていない。
「でも」
久世は言った。
「同じだと決めつける必要もない」
昨日。
黒田への通常退学処分は、
試験の手順として終わった。
それなのに、
その後に別の出来事が起きている可能性が高い。
三浦も、
現実の死と画面の表示が一致していなかった。
黒田の死を伝えても、
真壁から内容に応じた反応は返らず、
試験は動き続けている。
ただ。
「もし」
久世は言った。
「真壁とは別に、この施設へ手を入れてる誰かがいるなら」
佐伯が久世を見る。
「別の誰か……?」
「そう考えれば」
久世は言った。
「今まで噛み合わなかったものが、つながる部分がある」
誰も、
すぐには何も言わなかった。
答えではない。
まだ、
ただの仮説だ。
真壁一人で全部をやっている可能性も残っている。
本当に別の誰かがいるのかも、
証明できていない。
それでも。
その可能性を無視して、
すべてを真壁一人へつなげ続ける方が、
久世には危険に思えた。
真壁が動かしていると思っていた試験。
その中へ、
別の誰かが手を入れているとしたら。
久世の頭に、
一つの言葉が浮かんだ。
二人目の運営者。
誰なのかは分からない。
本当に存在するのかも、
まだ証明できない。
けれど、
その可能性を、
もう無視することはできなかった。




