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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第三章 証拠の裏側
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第27話 黒田岳の行方

 三日目。


 教室のモニターが切り替わったのは、午前の開始時刻を迎えてすぐだった。


 久世は顔を上げた。


 第3試験の開始に伴い、通行可能区画が更新されたことが表示されている。


 全参加者に同じ新たな経路が開放され、許可された経路以外への立ち入りは禁止されたままだ。


 新たに通れるようになった経路が、施設内の案内とともに示されていた。


「これって、他のクラスの人とも会えるようになったってこと?」


 佐伯が画面を見ながら言った。


 天宮も表示を確認する。


「新しく開いた範囲なら、会うことはあると思う」


「他のクラスの教室まで自由に行けるわけじゃない」


 一条が言った。


「通れるのは、許可された経路だけだ」


 その中の一つを見て、久世の視線が止まる。


 旧講師棟とは反対側。


 昨日、黒田の処分台が消えたあと、床下の低い音が遠ざかっていった方向だった。


「ここ」


 久世は画面を指した。


 一条が隣から見る。


「昨日、音がした側か」


「ああ」


 篠原の時は違った。


 あの時、床下から聞こえた音は『旧講師棟 →』と書かれた案内板の方向へ遠ざかっていった。


 黒田の時は、その反対だった。


「でもさ」


 佐伯が画面を見たまま言った。


「音がそっちに行ったってだけで、黒田と関係あるって決めていいの?」


「決めるつもりはない」


 久世は答えた。


「だから確認したい」


 高瀬が眉を寄せる。


「確認って……わざわざ行くの?」


 声には、明らかな警戒が混じっていた。


 天宮が画面を見る。


「昨日は通れなかった。でも今日は通れるようになった」


 それから久世へ視線を向けた。


「確認できるものが増えたなら、見ておく意味はあると思う」


 一条も短く頷いた。


「違っていれば、それも分かる」


 久世はもう一度、新しく示された経路を見た。


 自分も黒田に票を入れた。


 その結果を見届けたつもりだった。


 だからこそ、昨日残った違和感を、そのままにしておきたくなかった。


「俺は行く」


 少し間を置いて、天宮が立ち上がる。


 佐伯も息を吐いて席を立った。


 高瀬は最後まで迷うように画面を見ていたが、やがて続いた。


 一条も何も言わずに歩き出した。


 五人で教室を出た。


*


 昨日まで通れなかった扉の電子錠が解除されていた。


 その先へ進む。


 壁面の案内表示を見て、久世は足を止めた。


『サービス通路』


 初めて見る名称だった。


 昨日、床下の音が向かった側。


 久世はその文字を確認してから、通路の奥へ目を向けた。


 五人で進む。


 しばらくして、高瀬が足を止めた。


「待って」


 全員が振り返る。


 高瀬が床を指した。


 細い痕が、平行するように奥へ続いている。


 佐伯が屈み込む。


「これ、車輪?」


「昨日の処分台じゃないの?」


 高瀬が言った。


 久世も床を見る。


 幅を空けて続く痕。


 その先は、昨日聞いた音と同じ方向だった。


「まだ分からない」


 久世は言った。


「別のものかもしれない」


「今、分かるのは」


 天宮が痕の先を見る。


「この方向に、車輪のある何かが通ったらしいってことだけ」


 佐伯が顔を上げた。


「でも、昨日の音もこっちだったんでしょ?」


「ああ」


「だったら……」


 佐伯は続けかけて、やめた。


 久世も何も言わなかった。


 黒田と結びつけるには、まだ足りない。


 五人は痕の続く方向へ進んだ。


 やがて、室名表示が見えた。


『旧個別面談室』


 久世は足を止めた。


 扉の電子錠は解除されている。


 高瀬が小さく息を吐く。


「……この跡、ここまで続いてるの?」


 床の痕は、部屋の前まで続いていた。


 誰もすぐには動かなかった。


 一条が扉と床を交互に見る。


「開けないと、その先は確認できない」


 淡々とした声だった。


 久世は頷いた。


 扉の前へ立つ。


 昨日から頭に残っている違和感。


 同じように見えた処分。


 違った方向。


 久世は扉を開けた。


 最初に見えたのは、床だった。


 次に、倒れている人間の脚。


 久世の動きが止まる。


 視線を上げる。


 黒田だった。


「……黒田」


 後ろで息を呑む音がした。


 久世はすぐには近づけなかった。


 黒田は動かない。


 昨日、処分台の上に固定されていた時と同じ服を着ている。


 その身体が、旧個別面談室の床に横たわっていた。


「嘘……」


 佐伯が口元を押さえる。


 高瀬は入口から一歩も動かなかった。


 天宮の表情も固まっている。


 一条だけは声を出さなかった。


 久世はゆっくり黒田へ近づいた。


 呼びかけても反応はない。


 身体も動かない。


 少なくとも、生きているようには見えなかった。


 その時、通路側から複数の足音が聞こえた。


 五人が振り返る。


 通路の先に、一組の参加者たちの姿が見えた。


 一組側も、第3試験で新たに開放された経路を確認していたらしい。


 その中に、成海がいた。


 久世は迷わなかった。


 成海が医者になったことは、久世も知っていた。


「成海」


 成海が足を止める。


 久世は部屋の中を示した。


「黒田がいる。でも、反応がないんだ」


 成海の表情が変わった。


 すぐに旧個別面談室へ入り、黒田のそばへ屈む。


 他の一組の参加者たちも、入口の外で足を止めた。


 声をかける。


 反応を確かめる。


 呼吸を確認する。


 それから、脈を取った。


 誰も口を開かなかった。


 やがて成海が手を離す。


「……残念だが、死んでる」


 佐伯が息を詰めた。


 高瀬が入口から黒田を見る。


 久世は成海に訊いた。


「……何があったか、分かるか」


 成海は首を振った。


「そこまでは分からない」


 死亡している。


 確認できたのは、そこまでだった。


「……じゃあ」


 高瀬の声がした。


「昨日の処分で死んだってこと……だよね?」


 黒田を見たまま、続ける。


「やっぱり、退学になると死ぬってことなんだ……」


「まだ、そこまでは決められない」


 久世は言った。


 それが一番簡単な説明だった。


 昨日、黒田は処分を受けた。


『生体反応 検出なし』


『通常退学処分 完了』


 そう表示された。


 そのあと黒田は消えた。


 そして今、処分場所とは別の部屋で死亡している。


「だったら」


 佐伯が黒田から目を逸らしたまま言う。


「なんで、ここにいるの?」


 高瀬が黙る。


 天宮が入口の外を見る。


「昨日の処分場所とは別」


「しかも」


 久世は言った。


「篠原の時とは、音が向かった方向も違った」


 天宮が頷く。


「その方向に今日通れるようになったサービス通路があって、車輪の痕がこの部屋まで続いてる」


「じゃあ、やっぱり処分台で運ばれたってこと?」


 佐伯が訊く。


「まだそこまでは断定できないけど、可能性は高いと思う」


 久世は止めた。


 車輪の痕がある。


 昨日、同じ方向へ音が進んだ。


 その先で黒田が見つかった。


 そこまでは事実だ。


 久世はもう一度、黒田へ視線を戻した。


 昨日の処分。


 固定帯。


 遮光シャッター。


 青白い光。


 空気を叩くような音。


 乱れた波形。


 目の前にいる黒田には、昨日、固定帯がかかっていた位置とは別に、帯状の痕が残っている。


 何によるものかは分からない。


 ただ、昨日の処分時の固定だけでは説明しにくかった。


 それに対して、あの光や音から想像するような焼けた痕は見当たらない。


 室内にも、あの処分装置がここで使われたと分かるような痕跡は見えなかった。


 それだけで何かを決められるわけではない。


 ただ、昨日見たものと、今ここにあるものが、きれいにはつながらなかった。


「昨日の光って」


 佐伯が小さく言った。


「もっと……何か、ひどいことをされたみたいに見えたよね」


 久世は頷く。


 高瀬が黒田を見つめる。


「じゃあ、あれは何だったの?」


「分からない」


 久世は即座に答えた。


 それはまだ分からない。


 通常退学処分が何なのか。


 篠原がどうなったのか。


 黒田がいつ死んだのか。


 何をされたのか。


 そこまで決められる材料はない。


 一条がモニターの表示を思い返すように言った。


「昨日、表示されたのは『通常退学処分 完了』までだった」


 高瀬が続ける。


「『生体反応 検出なし』も」


「ああ」


 天宮が静かに言った。


「でも、『死亡』とは出ていない」


 その時、成海が顔を上げた。


「篠原の時も同じだ」


 久世たちの視線が集まる。


「三浦が気にしてた。篠原の処分でも、『死亡』とは表示されてないって」


「三浦が?」


 久世が訊く。


 成海は頷いた。


「俺も表示は見てる。出てなかった」


 それ以上、成海は続けなかった。


 久世は黒田を見る。


 表示されたこと。


 自分たちが、そこから意味づけたこと。


 同じではない。


 だからといって、昨日の処分で黒田が生きていたと決まるわけでもない。


 ただ。


「昨日の処分で、そのまま死んだ」


 久世は口にしてみる。


 一番単純な説明。


 それで全部説明できるか。


 できない。


「それだけなら」


 天宮が床を見る。


「ここにいる理由が残る」


「車輪の痕も」


 高瀬が言った。


 佐伯が黒田を見る。


「篠原と違う方向に行ったことも」


 短い言葉が続く。


 さらに、処分場所とは別の旧個別面談室。


 昨日の固定だけでは説明しにくい帯状の痕。


 昨日見た処分と、今ここにある黒田の身体や現場の状態。


 そして、『死亡』とは表示されなかったこと。


 どれか一つだけなら、それだけで結論にはならない。


 だが、全部を並べると、


 昨日の処分でそのまま死んだ。


 それだけでは説明しきれない。


 久世は黒田を見る。


 昨日の処分のあと、


 黒田は別の場所へ運ばれた。


 少なくとも、今ある事実はそう考えた方がつながる。


 そして、その先で何かが起きた。


 何が起きたのかは分からない。


 誰がいたのかも分からない。


 どうやったのかも分からない。


 一条が静かに言った。


「じゃあ、昨日の処分だけじゃ説明できないってことか」


 久世は少し考えた。


「少なくとも、それだけじゃ足りないと思う」


 黒田は処分場所とは別の部屋で死んでいる。


 昨日とは別に説明しなければならないものが、ここには残っている。


「黒田は、処分のあとにこっちへ運ばれた」


 佐伯が顔を上げる。


「そのあと?」


 久世は黒田を見た。


 昨日までなら、


 通常退学になった。


 だから死んだ。


 それで終わっていた。


 もう、それでは足りない。


「そのあとで、別のことが起きてる」


 高瀬の顔が強張る。


「別のことって……」


 誰も続きを言わなかった。


 まだ犯人は分からない。


 真壁もしくは真壁の息がかかる別の誰かかもしれない。


 昨日の処分が何だったのかも分からない。


 ただ、久世の中で、一つの可能性だけが重く残った。


 処分が終わったあと。


 黒田がここへ運ばれたあと。


 誰かが、黒田に何かをした。


 久世は目の前の黒田から視線を逸らさなかった。


「退学者を」


 声が低くなる。


「後から殺す奴がいる可能性がある」


 旧個別面談室に、沈黙が落ちた。

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