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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第二章 全会一致の代償
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第25話 切るべき一人

 六人のうち、一人。


 表示が消えても、


 その意味は変わらなかった。


 四組の教室では、誰も最初の名前を言わなかった。


 佐伯は俯いたまま、


 高瀬は画面と五人の顔を交互に見ている。


 天宮も口を開かない。


 黒田でさえ、すぐには何も言わなかった。


 久世も同じだった。


 誰かを選ばなければならない。


 それは分かっている。


 だが、


 最初に名前を口にすることだけは、


 別の重さを持っていた。


 篠原の名前が、


 通常退学対象者として表示された時。


 四組は、選ぶ側ではなかった。


 その後の処分を、


 久世は実際に見ている。


 篠原がその先でどうなったのか。


 生きているのか。


 死んでいるのか。


 それすら確認できていない。


 今回は違う。


 自分たち自身が、


 同じ教室にいる一人を選ぶ側にいる。


 自分の一票の先で何が起きるのか。


 分からないまま、


 名前を選ばなければならなかった。


 沈黙を破ったのは、一条だった。


「先に、基準を決めた方がいい」


 黒田が顔を上げる。


 一条は誰の名前も出さなかった。


「誰が一番悪いかを決めても意味がない」


 静かな声だった。


「残った五人で、次の試験を続けることになる」


 佐伯が一条を見る。


「だから、誰を切るかじゃなくて」


 一条は続けた。


「誰を残すべきかで考える」


 その言葉に、


 久世はすぐには反論できなかった。


 冷たい。


 だが、間違ってはいない。


 この投票が終わっても、


 ゲームは終わらない。


 次の試験がある。


 五人で戦わなければならない。


「残す基準って、何?」


 佐伯が訊いた。


 一条は少し考えた。


「次も、五人で話し合って決められるか」


 一度、六人を見回す。


「必要な時に、必要なことを出し合えるか」


 それから、


「俺も含めてな」


 と付け加えた。


 一条自身も、


 選ばれる側から外れてはいない。


「今回、四組は全会一致を一問落とした」


 一条は続ける。


「誰が反対したかって話じゃない。六人で答えを揃えられなかったって結果だけは残った」


 黒田も何も言わない。


「次も同じ形の試験とは限らない。でも、また話し合って決める場面はあるかもしれない」


 そこまで言うと、


 一条は口を閉じた。


 名前は出さなかった。


 佐伯が息を吐く。


「でも……」


 五人を見る。


「それでも、簡単に一人には決められないよ」


 その声には、


 まだ抵抗が残っていた。


「……誰も選ばなかったら、どうなるんだろう」


 誰も答えられなかった。


 規則には、


 その先まで書かれていない。


 佐伯はしばらく画面を見る。


「でも……だからって、このまま誰も選ばないわけにもいかないよね」


 一条は何も言わず、


 佐伯が続きを口にするのを待った。


 高瀬がゆっくり口を開いた。


「私は……」


 途中で言葉を止める。


「また何かを決める時に」


 高瀬は言った。


「分からないことが残ったまま進むのは……怖い……」


 黒田が高瀬を見る。


「それで俺を切るのかよ」


 高瀬が一瞬、言葉に詰まる。


「岳の話をしたわけじゃ……」


 声が小さくなる。


 それでも、


 高瀬は視線を逸らさなかった。


「でも、岳のことで、分からないことが残ってるのも……そうだと思う」


 黒田の顔が険しくなる。


「何が分からねえんだよ」


 天宮がそこで口を開いた。


「確認できていることと、確認できていないことは分けた方がいいと思います」


 黒田が天宮を見る。


「神谷さんの所持品に触れたと、黒田さん本人が認めたことは確認できます」


 天宮は淡々と言う。


「その回答は、全参加者共通の公開記録になっています」


「理由も答えただろ」


 黒田が返す。


「忘れ物を探してた。それで終わりだ」


 天宮は頷いた。


「はい」


 一度、言葉を切る。


「だから、『忘れ物を探していた』という説明が嘘だとは確認されていません」


 黒田の表情が少し緩む。


 だが、


 天宮は続けた。


「同時に、それが本当だと確認できたわけでもありません」


 黒田の眉が寄る。


「今確認できるのは、黒田さんがそう説明したことまでです」


 それ以上でも、


 それ以下でもない。


 天宮はそこで止めた。


 黒田が周囲を見る。


「で?」


 誰もすぐには答えない。


「それだけで俺を切るのか?」


 黒田の声が低くなる。


「第一問を落としたのは四組全体だ」


 誰も否定しない。


「全会一致なんだろ。誰か一人だけの責任じゃねえ」


 その通りだった。


「お前らだって全部正しかったわけじゃねえ」


 誰も完璧ではない。


「公開質問だって答えた」


 接触について。


 理由について。


 聞かれたことには、


 黒田なりの答えを返している。


「それを信じねえのは、お前らだろ」


 黒田の言葉にも、


 筋はあった。


 忘れ物という説明が嘘だと、


 誰も証明していない。


 まだ確認できない部分が残っていることと、


 黒田を退学させていいことは、


 同じではない。


 久世は黒田を見る。


 そして、


 佐伯。


 高瀬。


 天宮。


 最後に一条を見る。


 一条が議論を始めた。


 だが、


 黒田の名前を最初に出したわけではない。


 佐伯は、


 人を選ぶことそのものに迷っている。


 高瀬は、


 分からないまま次へ進むことを怖がっている。


 天宮は、


 確認できることと、


 できないことを分けただけだ。


 それでも。


 別々の理由が、


 少しずつ同じ一人へ集まり始めている。


 黒田も、


 それを感じ取ったらしい。


 視線が一条で止まる。


「最初から俺を切るつもりだったのか」


 一条はすぐには答えなかった。


「最初に基準を言ったのは俺だ」


 静かに言う。


「それは否定しない」


 黒田が睨む。


「でも、黒田を選ぶって結論から始めたわけじゃない」


「じゃあ、お前は誰に入れるんだよ」


 一条は少しだけ間を置いた。


「俺なら、黒田を選ぶ」


 佐伯が一条を見る。


 高瀬も顔を上げた。


 一条は続けない。


 理由をもう一度並べることもしなかった。


 黒田が笑った。


 乾いた笑いだった。


「結局そうなるんじゃねえか」


「そうだな」


 一条は否定しなかった。


「今の俺の判断はそうだ」


「都合いいな」


 黒田が吐き捨てる。


「七年前のことまで引っ張り出して、俺だけ切れば次は上手くいくって?」


「そこまでは言ってない」


「同じだろ」


「違う」


 一条の声量は変わらない。


「黒田を残せば必ず失敗するとも言ってない」


 一条は黒田を見る。


「残すかどうかを、今ある材料で決めるしかないって言ってる」


 黒田は返さなかった。


 久世は、


 そのやり取りを見ていた。


 一条の判断は冷たい。


 けれど、


 誰も最初の名前を言いたくない。


 一条がいなければ、


 誰も最初の基準を口にできなかったかもしれない。


 判断を始めるためには、


 誰かが言わなければならなかった。


 それでも。


 一条が、


 ほとんど迷っていないように見えることだけは、


 久世の中に引っかかった。


 黒田を残すリスク。


 確かにある。


 だが、


 黒田を選ぶ責任もある。


 そのどちらかだけを見れば、


 答えは簡単になる。


 両方を見るから、


 簡単には決められない。


 けれど。


 決めないままでは、先へ進めない。


 六人の端末に、


 通常退学投票の画面が開いた。


 名前が並ぶ。


 久世直人。


 一条蓮。


 天宮栞。


 佐伯里奈。


 高瀬美緒。


 黒田岳。


 久世は指を動かさなかった。


 篠原の処分が頭に浮かぶ。


 自分たちは、


 あの先で何が起きたのか確認できていない。


 もし、


 この一票の先に同じ処分が待っているなら。


 誰か一人を選ぶという行為は、


 ただ人数を減らすことではない。


 久世は黒田を見る。


 黒田に問題がないとは思えない。


 まだ確認できない部分が残っている。


 次の試験でも、


 必要な情報が共有されない可能性はある。


 それでも。


 一条が言ったからではない。


 佐伯や高瀬が黒田を見たからでもない。


 天宮が事実を整理したからでもない。


 自分で決めるしかない。


 黒田を残すリスクと、


 黒田を切る責任。


 久世は、


 その両方を抱えたまま、


 黒田岳の名前を選ぶ。


 腕輪で認証する。


 画面が閉じた。


 誰が誰へ入れたのかは、


 分からない。


 佐伯も入力を終えていた。


 顔を上げない。


 最後まで、


 誰かを選ぶことへの抵抗は消えていないように見えた。


 高瀬は両手を膝の上に置き、


 じっと結果を待っている。


 天宮は端末から手を離した。


 一条も入力を終えていた。


 表情は、


 投票前とほとんど変わっていない。


 黒田も入力を終える。


 その直後。


 集計結果が表示された。


『投票結果』


『黒田岳 5票』


『一条蓮 1票』


 佐伯が息を呑んだ。


 高瀬の肩がわずかに強張る。


 久世は、


 五票という数字を見た。


 自分の一票も、


 その中にある。


『通常退学対象者』


『黒田岳』


 黒田は画面を見たまま、


 しばらく動かなかった。


 やがて、


 ゆっくり一条へ顔を向ける。


「一条」


 一条も黒田を見る。


 黒田が言った。


「俺が話せば、お前は終わる」


 一条の視線が、


 ほんの一瞬だけ止まった。


 それだけだった。


 すぐに、


 黒田を見返す。


「……そうか」


 短い答え。


 久世は二人を見る。


 そこで初めて、


 一条の冷静さが、


 それまでとは少し違って見えた。


 何の話だ。


 今の投票だけの話ではないように聞こえる。


 黒田は、


 一条にとって不利益になる何かを握っているように聞こえた。


 だが、


 それが何なのか。


 本当にあるのかさえ、


 久世には分からない。


 ただの捨て台詞なのかもしれない。


 そうではないのかもしれない。


 一条も聞き返さない。


 黒田も説明しない。


 そのことが、


 久世の中に残った。


 投票は終わった。


 黒田が選ばれた。


 だが、


 それまでとは別の疑問が、


 一つ増えた。


 ほどなくして、


 施設側から黒田へ追加の指示が出た。


 名目は、


「保護面談」。


 佐伯が眉を寄せた。


「……保護面談?」


 久世も表示を見る。


 篠原の時には、


 こんな手順はなかった。


 通常退学対象者が決まったあと、


 全員へ立会区画への移動が指示された。


 天宮も表示を見ている。


「前回とは違いますね」


 黒田の顔が険しくなる。


「何だよ、それ」


 高瀬が不安そうに黒田を見る。


 佐伯が言った。


「処分の前に、何か確認するってこと……?」


「分からない」


 久世は答えた。


 今までになかった手順。


 それ以上のことは、


 何も判断できない。


 黒田は、


 四組教室に隣接した小部屋へ移動するよう指示された。


 久世たちに、


 その内容は共有されなかった。


*


 小部屋の中。


 黒田は扉を閉め、設置された端末の前に立った。


 扉の向こうから、教室の声はほとんど聞こえない。


 画面には、誰の姿も映っていなかった。


 録画が開始された。

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