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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第二章 全会一致の代償
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第17話 決めるまでの時間

『第二問』


 宮原杏奈は、端末に現れた二つの文章を順に読んだ。


『確認できた事実だけを判断材料にする』


『未確認の情報も、可能性として判断材料に含める』


 向かいに座る早川果歩《はやかわかほ》が、すぐに顔を上げた。


「これ、未確認ってだけで全部外すのも怖くない?」


 鷲尾亮介《わしおりょうすけ》が端末を指で軽く叩く。


「使えるかもしれない情報を、最初から捨てる必要はないだろ」


「でも」


 森下結衣《もりしたゆい》が小さく口を挟んだ。


「確認できてないことに判断を動かされたら、それって結局、噂で決めるのと変わらなくならない?」


「捨てるって書いてるわけじゃない」


 北原朔《きたはらさく》が言った。


 声は低く、短かった。


 早川が北原を見る。


「どういうこと?」


「判断材料にするかどうかだろ。覚えておくかどうかじゃない」


 小宮山理人《こみやまりひと》が端末へ視線を落としたまま言う。


「選択肢もそういう分け方だと思う。未確認情報を消せとは書いてない」


 宮原は六人の顔を見た。


 意見が真っ二つ、という感じではなかった。


 誰も、未確認の情報なんて要らないとは言っていない。


 逆に、未確認のものを何でも信じればいいとも言っていない。


 違うのは、その情報をどこに置くかだった。


 早川が言う。


「でもさ、確認できてないからって無視して、あとから本当でしたってなったら遅くない?」


「だから残せばいい」


 北原が答える。


「残しておく。でも、それで今の判断を変えるかは別」


 鷲尾が眉を上げる。


「それだと、結局『確認できた事実だけ』の方じゃないか?」


「まだそこまでは決めてない」


 北原はそれだけ返した。


 宮原は少しだけ笑いそうになった。


 北原らしいと思ったが、口には出さなかった。


 森下が端末を見ながら言う。


「私は、未確認のことを理由に誰かを決めつける方が怖い」


 早川はすぐに返す。


「私も決めつけたいわけじゃないよ。ただ、可能性まで消したくないってだけ」


「それなら、そこは同じじゃない?」


 宮原が言った。


 二人がこちらを見る。


「早川は、未確認のことも残しておきたい。森下も、残すこと自体には反対してない」


 森下がうなずく。


「うん」


「でも、それを今回の答えを決める理由にするかは別」


 宮原がそう言うと、小宮山が続けた。


「確認済みのものと、未確認のものを同じ段に置かなくていいってことだね」


 鷲尾が腕を組む。


「可能性は残す。でも、今回の判断は確認できたもので作る」


「そういう分け方なら、別に可能性を捨てたことにはならないか」


 早川が言った。


 まだ完全に納得したという声ではない。


 でも、さっきより近い。


 討議時間が終わり、匿名仮投票へ移った。


 六人がそれぞれ端末を操作する。


 結果が表示される。


 二つの選択肢、その両方に票が入っていた。


 全会一致ではない。


『再討議時間 5:00』


 宮原は票数より、六人の顔を見た。


 さっきの話だけでは、まだ足りなかったらしい。


「一個だけ確認していい?」


 小宮山が言った。


「俺たちが決めたいのは、未確認情報を持っておくかどうかじゃないよね」


 早川が先にうなずいた。


「うん。持ってはおきたい」


「今回の判断を、何を根拠に作るか」


 小宮山が続ける。


 森下が言った。


「だったら私は、六人が同じように確認できるものがいい」


「それなら後から説明できるしな」


 鷲尾が言う。


「俺は未確認の情報を捨てるのは反対だけど、答えの根拠にするのと残しておくのは別でいい」


 早川も頷く。


 北原は短く、


「同じ」


 とだけ答えた。


 宮原は、自分の中でもう一度整理した。


 未確認の情報はなくならない。


 可能性も消えない。


 それはそのまま残しておく。


 ただ、この六人が今、一つの答えを出すための土台にはしない。


 六人全員が、


「自分はこれを見て、こう判断した」


 と説明できるものを土台にする。


 それなら、自分も答えられる。


「私は『確認できた事実だけ』にする」


 宮原が言った。


 一瞬だけ間があった。


「未確認のものが要らないからじゃない。今回の答えを六人で説明するなら、確認できてるものを根拠にしたい」


「私も、それならそっち」


 森下が言った。


「うん。私も」


 早川が続く。


「可能性は残すけど、答えの根拠にはしない」


 鷲尾が端末へ目を落とす。


「俺もそれでいい」


 小宮山がうなずく。


 北原も何も付け足さなかった。


 それぞれ理由は少しずつ違っていた。


 けれど、同じ答えを説明できるところまでは来ていた。


『記名最終投票を開始します』


 六人が回答を確定する。


 表示が切り替わった。


『全会一致 成立』


 宮原は、端末から目を上げた。


 誰か一人に従ったわけではない。


 最初から意見が同じだったわけでもない。


 それでも最後には、六人とも同じ答えを、自分の理由で選んだ。


 それ以上の結果は表示されなかった。


 自分たちが選んだ側が何点なのか。


 もう一方の方が高かったのか。


 それは、まだ誰にも分からない。


◇


『第三問』


 二組の端末に、次の二択が表示された。


『不確定な要素が残っていても、現時点で判断を確定する』


『不確定な要素が残るなら、判断を保留する』


 瀬戸は、二つを読んだあと、すぐには口を開かなかった。


 第一問より、こっちの方が厄介に見えた。


 不確定なものが一つでもあれば保留。


 そう言われれば慎重に聞こえる。


 だが、全部分かるまで決めないという意味なら、いつまでも答えは出ない。


 逆に、分からないものが残っていても決める。


 それも、残っているもの次第では乱暴だった。


 相馬が先に言った。


「不確定が残ってるかどうかだけじゃ、決めにくいな」


「残ってる内容次第じゃない?」


 水野が返す。


「あとで結論が変わるようなものなら、今決めるのは怖い」


 田所が端末を見ながら言う。


「でも全部分かってからって言ったら、何も決められなくないか?」


 桐島が首を傾けた。


「だからって、分からないまま決めて、あとで前提が違いましたってなるのも嫌だけど」


 岡崎は両方の意見を聞いたまま、しばらく黙っていた。


 瀬戸も同じだった。


 どちらの言っていることも分かる。


 今回は、第一問のときのように、


「なんとなく無難だから」


 で片方へ寄れる問いではなかった。


 討議時間が終わる。


 匿名仮投票。


 瀬戸は、


『不確定な要素が残っていても、現時点で判断を確定する』


 方を選んだ。


 確実になるまで待つことを条件にしたら、決める場面そのものがなくなる気がしたからだ。


 六人の投票が揃う。


『匿名仮投票結果』


『現時点で判断を確定する 3』


『判断を保留する 3』


 三対三。


 今度は、きれいに割れた。


 誰がどちらへ入れたのかは表示されない。


『再討議時間 5:00』


 田所が最初に口を開いた。


「俺は『確定する』方に入れた」


 相馬も続く。


「俺もそっち。分からないことがゼロになるまで待つのは現実的じゃない」


 岡崎が二人を見る。


「私は『保留する』方」


「理由は?」


「残ってる不確定要素で結論が変わるなら、決めた後の方が危ないから」


「私もそこ」


 桐島が言った。


「今は小さいと思ってることが、本当は一番大事だったらどうするのって思う」


 水野も、


「私は『保留する』方」


 と明かした。


「不確定なものがあること自体じゃなくて、それが結論を変える可能性があるかが気になる」


 瀬戸は自分の投票についても隠さなかった。


「俺は『確定する』方」


 これで、誰がどちらを選んだかも分かった。


 表示どおり三対三だった。


 ただ、対立しているというより、基準が違う。


 瀬戸は第一問のときとは違う種類の息苦しさを感じた。


 前は、揃いすぎていた。


 今回は、揃っていない。


「三対三ならさ」


 瀬戸が言った。


「どっちに寄せるかより、何を『決められないほどの不確定』だと思ってるか、そこを揃えない?」


 岡崎が少し考える。


 水野が先に反応した。


「不確定なものがある、だけなら私は保留しない」


「どういうこと?」


 田所が聞く。


「例えば、分からないことが残ってても、それが結論に関係ないなら決めていいと思う」


 水野は画面の『判断を保留する』を見た。


「私が保留したいのは、その分からないこと次第で答え自体が変わるとき」


「それなら俺も分かる」


 相馬が言う。


「不確定が一個でもあるから止める、ってことじゃない」


 桐島もうなずく。


「私もそう。あとから結論がひっくり返るかもしれないなら怖いってだけ」


 岡崎が六人を見た。


「じゃあ、不確定な要素が結論を変える可能性があるなら保留。そうじゃないなら、今決める?」


 少しだけ、まとまった。


 瀬戸にも、その基準なら判断できそうに思えた。


 田所が口を開くまでは。


「でもさ」


 全員が田所を見る。


「その不確定なやつが、結論を変えるかどうかも分からないときは?」


 誰もすぐには答えなかった。


 田所自身も、勝ち誇るような顔はしていない。


 ただ、本当に気になったことを聞いただけだった。


 筋の通った指摘だった。


「それは……」


 岡崎が言葉を止める。


 水野が考える。


「影響するかどうかまで確認できてないなら、私は保留したくなるかも」


「でも、それを言ったら」


 相馬が続ける。


「影響があるかどうか分からないものが一個残るたびに止まることになる」


「だから、その可能性の大きさを見る?」


 桐島が言った。


「大きさってどう決めるんだよ」


 田所が返す。


「また分からないもの増えてないか?」


 基準を細かくすればするほど、その基準を判断するための基準が必要になる。


 瀬戸は残り時間を見た。


「完璧に線を引くのは無理なんじゃないか」


 瀬戸が言った。


「今ある情報で、その不確定が結論を変えるくらい大きいと思うか。そこまでしか判断できない」


 岡崎がうなずく。


「今の時点で、影響が大きいと思うなら保留」


「そこまでじゃないなら決める」


 水野が続けた。


 相馬が言う。


「結局、どこかで今ある材料だけで決めるしかない」


 保留する方を選んでいた水野も、否定しなかった。


 桐島はまだ画面を見ていたが、


「……そこまでなら分かる」


 と言った。


 さっきより、確定する方へ近づいている。


 瀬戸にもそう見えた。


 保留する考えが間違っていたわけではない。


 結論を変えるほどの不確定要素なら、待つ理由はある。


 ただ、その影響まで完全に確定するのを待つなら、判断そのものができない。


 六人の間に、ようやく一つの線ができかけていた。


 残り時間は、もうほとんどなかった。


「最後に一個だけ」


 桐島が言った。


 田所が苦笑する。


「まだあるのかよ」


 責める言い方ではなかった。


 桐島自身も困ったような顔をしている。


「今さ、その不確定は結論を変えるほどじゃないって判断したとして」


 誰も止めなかった。


「その判断の前提が、あとで違ったって分かったら?」


 静かになった。


「それでも今は決める、でいいの?」


 相馬が言う。


「それを全部避けるのは無理だと思う」


「分かってる」


 桐島はすぐに答えた。


「だから『確定する』方にしてもいいと思い始めてる。でも、今どこまでを『仕方ない不確定』にするのか、最後にそこだけ――」


 岡崎が端末を見た。


「今決めるって、不確定なものが全部なくなったって意味じゃないよね」


「うん」


 水野が答える。


「全部分かったから決める、って話じゃない」


 瀬戸は、さっき作った基準を頭の中でなぞった。


 今ある情報で判断する。


 あとから前提が変わる可能性まで消すことはできない。


 それでも、今は決める。


 理屈は、もうある。


 けれど、最後の疑問を完全に片づけたとは言い切れなかった。


 そのまま再討議時間が終わった。


 画面が切り替わる。


『記名最終投票を開始します』


 この投票は、締切までに六人全員が回答を確定しなければ成立しない。


 瀬戸は、


『現時点で判断を確定する』


 を押した。


 確認。


 自分の回答が確定する。


 ほかの五人も、それぞれ端末へ向かっていた。


 誰ももう口を開かなかった。


 直前まで残っていた問いを、それぞれが自分の中で処理している。


 岡崎が画面を見つめる。


 水野が指を端末の上で止める。


 桐島も視線を落としたままだった。


 相馬と田所も端末へ向かっている。


 誰がすでに確定したのか。


 誰がまだ決めきれていないのか。


 瀬戸の位置からは分からない。


 全員が終わったかどうかも、確認できない。


 残り時間だけが減っていく。


 間に合う。


 瀬戸はそう思った。


 次の瞬間。


 画面が切り替わった。


『投票受付終了』


 一拍置いて、


『時間超過』


『全会一致 不成立』


 誰も動かなかった。


 不成立なら、この問は零点。


 どちらの選択肢が何点だったのかを知らなくても、それだけは分かる。


 三対三から始まった。


 六人で理由を出した。


 基準を作った。


 穴が見つかった。


 直した。


 最後には、ほとんど同じ方向を見ていた。


 それでも。


 決め直すことと、


 決め終えることは、


 同じじゃなかった。

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