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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第二章 全会一致の代償
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第16話 反対票

『第一問』


 六人の端末が同時に切り替わった。


『情報を保持する』


『情報を共有する』


 問題文はない。


 瀬戸大地《せとだいち》は画面を見たまま、眉を寄せた。


 向かいには相馬公平《そうまこうへい》。その隣に岡崎千尋《おかざきちひろ》、田所陸《たどころりく》。


 反対側に桐島茜《きりしまあかね》、水野沙羅《みずのさら》。


 そして瀬戸。


 二組の六人が、同じ二つの選択肢を見ている。


「……これだけ?」


 桐島が言った。


 水野が画面を見直す。


「誰の情報を、誰に共有するのかもない」


「だったら、保持じゃないか」


 田所がすぐに言った。


「出した情報はもう戻せないからね。」


 相馬はすぐには答えなかった。


 岡崎も端末を見ている。


 瀬戸にも、田所の考えは分かった。


 情報の中身も、共有する相手も分からない。


 情報を出さなければ、少なくとも今は何も手放さずに済む。


 一度出した情報は戻せない。


 保持なら、現時点では何かを外へ出すという行動を起こさずに済む。


 だから保持は、現実的には無難な選択に見えた。


 六人がそう考えても、不思議ではない。


 瀬戸自身も、そうだった。


 共有しなければならない理由も、特に思いつかない。


 なら、とりあえず保持。


 その程度だった。


 強く保持を主張したいわけではない。


 ただ、二つ並べられれば、何もしない方を選ぶ。


 瀬戸の判断も、それ以上のものではなかった。


 討議時間が減っていく。


「保持でいいと思う」


 水野が言った。


「共有することで点が高くなる保証はないし」


「逆に、保持なら点が高いって保証もないけどね」


 桐島が返した。


「それでも、分からない状態で出すよりはましじゃない?」


 岡崎が六人を見た。


「ほかに意見ある?」


 瀬戸は口を開かなかった。


 保持に強く賛成する理由はない。


 けれど、反対する理由もなかった。


 共有を選ぶ根拠もない。


 それなら保持。


 そう考えて、黙った。


 残り時間がなくなり、匿名仮投票へ移った。


 瀬戸も『情報を保持する』を選んだ。


 結果はすぐに表示された。


『匿名仮投票結果』


『情報を保持する 6』


『情報を共有する 0』


 誰かが小さく息を吐いた。


 六対〇。


 きれいに揃った。


 瀬戸は数字を見た。


 自分も、その六の一人だった。


 特別な根拠があったわけではない。


 共有する理由が見つからなかった。


 保持の方が無難そうだった。


 それだけで一票を入れた。


 そして、五人も同じ側に入れた。


 六対〇。


 その数字を見た瞬間、少しだけ肩の力が抜けた自分に気づいた。


 全員同じだった。


 なら、このままでいい。


 そう思いかけた。


 その感覚に、瀬戸は引っかかった。


 ――俺も、そっち側に乗っただけじゃないか。


 自分で十分に考えて決めたつもりだったのか。


 それとも、選びやすい方へ入れて、六対〇になったことで安心しただけなのか。


 分からない。


 分からないまま、このまま何も言わずに終わる。


 なぜか、それだけは嫌だった。


 また何も言わずに終わるような感覚が、妙に気持ち悪かった。


 理由を説明しろと言われても、うまく言える気はしない。


 ただ、六対〇という数字を見て黙ることだけはしたくなかった。


『再討議時間 5:00』


 表示が切り替わる。


 田所が椅子にもたれた。


「全員同じなら、このままでいいだろ」


「だね」


 桐島も否定しない。


 岡崎が残り時間へ目をやった。


「確認だけする? 変える人がいないなら――」


 瀬戸は、もう一度二つの選択肢を見た。


 保持が選びやすい理由は分かる。


 情報を出さない。一度出した情報は戻せない。


 だから無難に見える。


 けれど試験では、全会一致しても、選んだ回答に設定された得点が適用されるだけだ。


 具体的な配点は事前に分からない。


 〇点も、減点もあり得る。


 なら、選びやすいことは、得点上安全である証拠にはならない。


 六人とも、同じ第一印象に乗っただけかもしれない。


「待って」


 瀬戸が言った。


 五人の視線が集まった。


「もう一回、考えない?」


 田所が眉を寄せる。


「何を?」


「保持でいいのか」


「だから、六対〇だっただろ」


「俺も保持に入れた」


 瀬戸は言った。


「だったらこのままで問題無いんじゃないか?」


 田所が瀬戸を見る。


「自分も保持に入れたんだろ。それで反対するのか?」


「保持に反対してるんじゃない」


 瀬戸は一度、端末の二つの選択肢を見た。


「六対〇だったから、もう考えなくていいってなるのが嫌なんだ」


 桐島が瀬戸を見る。


 瀬戸は続けた。


「俺だって、保持の方が無難だと思って入れた」


「じゃあ――」


「でも、それだけだった」


 田所が黙る。


「共有する理由がなかった。情報を出さない方が無難そうだった。だから保持にした」


 瀬戸は六人の間を見た。


「俺、本当にそれ以上考えて入れたかって言われたら、分からない」


 誰も返さなかった。


「保持が間違ってるって言いたいんじゃない。共有がいいとも言ってない」


「だったら、何を――」


「俺たち、ちゃんと保持を選んだのかって話」


 田所が口を閉じた。


「六人とも同じ理由で保持を選んだのかも分からない。全員同じだったから、もういいってなってないか?」


 相馬が初めて口を開いた。


「全員が同じ答えだったことと、その答えを十分考えたことは別だ、ってことか」


「そう」


 瀬戸はうなずいた。


 水野が言う。


「私は、情報を出したあと撤回できないと思ったから」


「俺は、何を共有するか分からないからだ」


 田所が続く。


 桐島は少し考えてから言った。


「私は……保持の方が無難だと思ったから」


 岡崎が瀬戸を見る。


「瀬戸は?」


「俺もそれに近い」


「じゃあ、結局保持じゃない?」


「かもしれない」


 瀬戸は答えた。


「でも、俺たち、共有を選ぶ時だけ理由が必要みたいに考えてなかったか」


 岡崎が少し眉を上げた。


 瀬戸は続ける。


「保持には『何もしないから』って理由だけで入れた。でも共有には、ちゃんとした理由がなきゃ駄目だって最初から扱ってた」


 水野が端末を見る。


「……共有の方だけ、危ない選択みたいに見てたってこと?」


「たぶん」


「保持に理由があるのと同じで、共有を選ぶことにも理由はある」


 相馬が言った。


「保持は情報を留める方。共有は、少なくとも留めない方を選ぶってことだろ。どっちも一つの判断ではある」


 田所が腕を組む。


「だからって、共有になるとは限らないだろ」


「ならなくていい」


 瀬戸は答えた。


「今度は、両方を同じように見て決めればいい」


 岡崎が小さく息を吐いた。


「……それなら分かる」


 水野もうなずいた。


「保持だから安全、共有だから危険、ってところから一回離れるってことね」


 相馬が残り時間を見る。


「じゃあ、そこから決め直そう」


 そこからの討議は、最初の八分より短かった。


 保持には、保持を選ぶ理由がある。


 共有にも、共有を選ぶ理由がある。


 どちらか一方だけを、最初から安全な側として扱う理由はない。


 それだけを六人で確かめた。


 誰も「共有にしよう」とは言わなかった。


 残り一分を切ったところで、岡崎が言った。


「もう一度決めよう」


 瀬戸はうなずいた。


 今度は、誰も他人の画面を見なかった。


『記名最終投票を開始します』


 六人が、それぞれ答えを確定する。


 瀬戸は『情報を共有する』を押した。


 自分が共有を選んだから、誰かもそうするとは限らない。


 それでいい。


 さっきと違うのは、六対〇になることを前提にしていないことだった。


 全員の回答が確定する。


 画面が切り替わった。


『記名最終投票結果』


『情報を保持する 0』


『情報を共有する 6』


 瀬戸は、その数字を見た。


 六対〇。


 同じ六対〇なのに、さっきとは違って見えた。


『全会一致 成立』


 得点は表示されない。


 共有が高かったのか。


 保持の方が高かったのか。


 そもそも、どちらも得点になる選択肢だったのか。


 それはまだ分からない。


 分かるのは、一つだけだった。


 六人は、一度出した答えを、そのまま最終回答にはしなかった。


「……ほんとに全員変えたんだ」


 桐島が呟いた。


 田所が瀬戸を見る。


「これで保持の方が得点が高かったら、笑えないな」


 瀬戸は肩をすくめた。


「それでも、決めたのは六人だろ」


 水野が小さく笑った。


 その横で、岡崎が自分の端末を引き寄せた。


 画面へ視線を落とし、指を動かす。


 瀬戸の席からは、表示までは読めない。


 岡崎が数度操作したあと、しばらく画面を見つめた。


 数秒後。


 六人の端末が同時に切り替わった。


『岡崎千尋 個人合格条件達成』


『通常退学対象外』


 桐島が顔を上げる。


「岡崎?」


 岡崎は端末から目を離し、短く息を吐いた。


「……通った」


 それ以上は言わなかった。


 何を条件にしていたのか。


 何を操作したのか。


 瀬戸には分からない。


 岡崎が端末を操作した直後、達成通知が出た。


 瀬戸に分かるのは、それだけだった。


 その通知を見て、瀬戸は自分の端末へ視線を戻した。


 画面の端に、個人合格条件の表示が残っている。


 瀬戸自身には、全文を読むことができる。


『個人合格条件』


『全会一致の決定を反対で覆し、再決定させる。』


 瀬戸は、しばらくその一文を見た。


 仮投票は六対〇だった。


 自分も保持へ投票した。


 その決定に反対した。


 そして、六人はもう一度決めた。


 最終結果は、共有六。


 条件欄の下にある申請画面を開く。


 証拠指定。


 瀬戸は第一問の匿名仮投票記録と、記名最終投票記録を選択した。


『保持 6/共有 0』


『保持 0/共有 6』


 申請を確定する。


 短い待機表示のあと、文字が変わった。


『達成申請を受理しました』


 数秒。


『個人合格条件:達成』


『保護権限:登録済み』


 ほぼ同時に、六人の端末へ共通通知が出た。


『瀬戸大地 個人合格条件達成』


『通常退学対象外』


「お前もか」


 田所が言った。


 瀬戸は答えなかった。


 自分の条件全文まで話す必要はない。


 画面には、達成の文字だけが残っている。


 第一問は終わった。


 第二試験そのものは、まだ続く。


 けれど今、瀬戸が考えていたのは得点でも、残る問題でもなかった。


 六対〇だった。


 自分も、その六人の一人だった。


 六対〇を見て、そのまま黙らなかった。


 それだけは確かだった。

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