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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第二章 全会一致の代償
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第15話 聞くべきこと

『第一問』


 その下に、二つの選択肢が表示された。


『情報を保持する』


『情報を共有する』


 佐伯が画面を見つめる。


「……問題文は?」


 誰も答えなかった。


 高瀬が言う。


「表示されてないよね」


 天宮が端末を確認する。


「少なくとも、今出ているのは二つの選択肢だけです」


「選択肢だけ?」


 佐伯がもう一度画面を見る。


「じゃあ、何の情報?」


 久世も二つの文言を読み直した。


 保持する。


 共有する。


 誰の情報なのか。


 何を共有するのか。


 誰に共有するのか。


 そこまでは書かれていない。


 黒田が鼻で笑った。


「なら保持でいいだろ」


 返事が早かった。


 一条が黒田を見る。


「理由は?」


「何をどこまで出すかも分かってねえのに、共有を選ぶ理由があるのか?」


「ない」


 一条は答えた。


「ただ、保持した時に何が起きるのかも分からない」


 黒田の眉が動く。


「情報を外に出す方が危険に決まってるだろ」


「『共有』が具体的に何を意味するのかも示されていません」


 天宮が言った。


「だからやめとけって言ってんだよ」


「共有を選べと言っているわけではありません」


 天宮は声を変えなかった。


「分からない部分を、分かったことにしない方がいいと言っています」


 黒田が舌打ちする。


 佐伯が言った。


「点も分からないんだよね」


「それこそ分かんねえだろ」


「うん。だから、共有の方が評価される可能性だってある」


「可能性だろ」


「保持も同じでしょ」


 具体的な配点は投票前には分からない。


 一致しなければゼロ。


 一致したとしても、その選択が加点になる保証はない。


 高瀬が言った。


「何も出さない方が安全そうには見えるけど」


「安全そうな選択が、得点上も安全とは限りません」


 天宮が答える。


 黒田が机を指で叩いた。


「じゃあ共有なら安全なのかよ」


「誰もそうとは言ってない」


 久世が答えた。


 黒田がこちらを見る。


「なら何で共有の話ばっかしてんだ」


「お前が最初から保持で決めようとしてるからだ」


 一瞬、空気が止まった。


 黒田の指が動かなくなる。


「俺は普通のこと言ってるだけだろ」


「そうかもしれない」


 久世は否定しなかった。


 情報を渡さない。


 相手に手の内を見せない。


 それ自体はおかしな判断ではない。


「ただ、ほかの可能性を考える前に決める必要はない」


「お前、共有に入れるつもりか?」


「まだ決めてない」


 本当に決めていなかった。


 久世が気になったのは、選択肢より黒田の反応だった。


 保持を選ぶ。


 それだけなら分かる。


 だが黒田は、共有という言葉が出るたびに強く否定している。


 情報の中身すら示されていないのに。


 久世の頭に、白いカードの一部が浮かんだ。


 ――誰にも話さず。


 昨日偶然見えた文字。


 誰に関する何を。


 全文は分からない。


 神谷の事件に関係するのかさえ確認できていない。


 今の黒田の反応と結びつける根拠もない。


 久世は、その考えを口にはしなかった。


 一条がモニターを見る。


「二つを分けて考えよう」


 佐伯が首を傾げる。


「二つ?」


「点を取れるかどうかと、情報を出すべきかどうか」


 一条が言った。


「配点は分からない。点数を知っている前提で話しても意味がない」


 天宮が頷く。


「得点については予測しかできません」


「だったら先に、共有して困る情報があるかを考える」


 一条の言葉に、黒田がすぐ反応した。


「あるに決まってんだろ」


 五人の視線が黒田へ向く。


 黒田は一瞬だけ黙った。


「……個人条件とか」


 佐伯が目を細める。


「個人条件?」


「見せたくねえ奴いるだろ」


「でも、この『情報』が個人条件を指してるかは分からないよね」


 黒田は答えない。


「だから保持だろ」


 声が強くなった。


「分からねえなら出さねえ。それで終わりだ」


 一条が静かに言う。


「終わりにはならない」


「何が」


「六人揃わなければゼロだ」


 黒田が一条を見る。


「だから俺に合わせろって?」


「そうは言ってない。全員が保持を選ぶなら、その理由を六人で確認してから決める」


 黒田が笑う。


「保持するために共有しろってか」


「理由の話だ」


 討議時間は進んでいる。


 佐伯が言った。


「私、共有寄りかな」


 黒田がそちらを見る。


「何で」


「隠す方が安全って決めつけたくないから」


 高瀬が言う。


「でも、出したら戻せない情報もあるよね」


「あります」


 天宮が答えた。


「だから共有を安全とは言えません」


「なら保持だろ」


 また黒田だった。


 久世は黒田を見る。


「岳」


「何だよ」


「何を出したくない?」


 黒田の顔から、一瞬だけ表情が消えた。


 佐伯が久世を見る。


 黒田はすぐに笑った。


「何だそれ」


「共有を嫌がる理由」


「言っただろ。情報は出したら戻せねえ」


「それだけ?」


「それ以外に何が要るんだよ」


 黒田の返事は早かった。


 早すぎるようにも聞こえた。


 だが、それも久世の感覚にすぎない。


「直人」


 一条が止めた。


 久世は視線を戻す。


「今の質問に答えさせても、第一問の意味は分からない」


「分かってる」


「なら、先に仮投票だ」


 討議時間が終わる。


 六人の端末が投票画面へ切り替わった。


『匿名仮投票』


『情報を保持する』


『情報を共有する』


 久世は二つを見る。


 保持。


 共有。


 具体的な得点は分からない。


 何が共有されるのかも分からない。


 なら、自分が今選ぶ理由を一つだけ決める。


 分からないから隠す。


 それだけで決めたくなかった。


 久世は、


『情報を共有する』


 を選んだ。


 回答を確定する。


 全員の入力が終わる。


 画面が変わった。


『匿名仮投票結果』


『情報を保持する 2』


『情報を共有する 4』


 佐伯が息を吐いた。


「四対二」


 誰がどちらかは表示されない。


 ただ、黒田が保持へ入れたことだけは、ここまでの発言からほとんど隠れていなかった。


 もう一人は分からない。


 黒田が画面を見る。


「ほら。俺だけじゃねえだろ」


「匿名投票です」


 天宮が言う。


「誰かは分かりません」


「一人は俺だよ」


 黒田は隠さなかった。


「保持だ。変える気もねえ」


 再討議。


 五分。


 さっきまで匿名だった票が、最後には名前付きで出る。


 佐伯が言った。


「共有に入れた人も、四人全員が同じ理由じゃないと思う」


「だから何だよ」


「聞かないと分からない」


「お前は?」


 黒田が訊く。


 佐伯は少し考えた。


「隠す方が安全って決めつけたくなかった」


 黒田が笑う。


「それだけかよ」


 高瀬が口を開く。


「私は、保持に入れた」


 全員が高瀬を見る。


 匿名だったもう一票が、本人の言葉で明らかになった。


「何が出るか分からないのが怖かったから」


 黒田が頷く。


「普通だろ」


「でも、今は迷ってる」


 黒田の顔が止まった。


「何でだよ」


「岳が、共有は絶対駄目って言うから」


「は?」


 高瀬は目を逸らさなかった。


「理由が同じだと思ってた。でも、私よりずっと強く嫌がってる」


 黒田が立ち上がりかける。


「俺が強く言ったら何なんだよ」


「座れ」


 一条が言った。


 黒田は一条を見る。


 数秒。


 それから椅子へ戻った。


 一条は高瀬へ向き直る。


「高瀬は、共有へ変える?」


 高瀬はすぐには答えなかった。


「分からない」


「それでいい。理由を聞く時間だ」


 天宮が言う。


「私は共有です」


 黒田が見る。


「理由は?」


「保持が共有より有利だと判断できる材料がないからです」


「共有が有利って材料もねえだろ」


「はい」


 天宮は頷く。


「だから、別の基準で選びました。情報を出さないことで、確認できない状態が続く方を避けたい」


「何の確認だ」


「それも分かりません。この課題が何を対象としているか、まだ示されていないので」


 黒田が机を叩く。


「だったら適当じゃねえか」


「あなたの『分からないから保持』と条件は同じです」


 黒田が言葉を止めた。


 久世は二人を見る。


 共有を選んだ四人も、共有する内容やその先を知っているわけではない。


 保持を選んだ二人も、保持した先を知らない。


 この試験は、知らないものを一つに決めさせる。


 その上で、少数派に変われと言う。


 一条が久世を見る。


「直人は?」


「共有」


「理由は?」


「隠すべき情報があるなら、何を隠すべきなのかを先に考えたい」


 黒田が視線を向ける。


「共有を選んだら、それが出るかもしれねえんだぞ」


「その覚悟はあるよ」


 黒田が黙る。


 久世は続けなかった。


 黒田が何を恐れているのか。


 条件カードの断片と関係しているのか。


 七年前のことなのか。


 全部、まだ分からない。


 一条が最後に自分の意見を言った。


「俺も共有だ」


 黒田が顔をしかめる。


「お前までかよ」


「共有が得だと思ってるわけじゃない」


「じゃあ何で」


「この二択で最初に恐怖だけを基準にしたくない」


 黒田が一条を睨む。


「保持が必要なら、保持する理由を説明できる状態で選ぶ」


「俺は説明した」


「情報は出したら戻らない、だろ」


「十分だろ」


「一般論としては」


 一条が言った。


「でも、お前は一般論以上に嫌がってるように見える」


 黒田の肩がわずかに動いた。


「何が言いてえ」


「何かあるなら話せ」


「ねえよ」


 即答だった。


 久世の頭に、また文字が浮かぶ。


 ――誰にも話さず。


 けれど。


 それをここで出せば、偶然見た個人条件の一部を、本人の意思なく全員へ広げることになる。


 久世は口を閉じた。


 五分は長くない。


 高瀬が画面を見る。


「私、変える」


 黒田がすぐに振り向く。


「美緒」


「共有にする」


「何で」


「岳が隠してるって決めたわけじゃない」


 高瀬は言った。


「でも、保持の理由を岳だけに任せるのも違うと思う」


 黒田の口が動く。


 言葉は出なかった。


 再討議終了。


 端末が切り替わる。


『記名最終投票』


 今度は匿名ではない。


 久世は『情報を共有する』を選び、確定した。


 画面に六人の名前が並ぶ。


 久世、一条、天宮、佐伯――そして高瀬。


 五人が『共有』。


 黒田岳だけが、


『情報を保持する』


 その下に結果が表示された。


『全会一致 不成立』


『第一問 0点』


 誰も話さなかった。


 黒田だけが、画面から目を逸らした。


 久世はその横顔を見る。


 五人に合わせればよかった。


 そう言うのは簡単だ。


 だが、得点が分からない以上、共有が利益になる保証もない。


 黒田の判断だけが不合理だったとは言えない。


 それでも。


 五人が理由を出したあとも、


 黒田は最後まで保持を選んだ。


「ゼロってことだよね」


 佐伯が小さく言った。


 黒田が答える。


「減点よりマシかもしれねえだろ」


 誰も否定できなかった。


 その可能性はある。


 だからこそ、厄介だった。


 一条が画面を閉じる。


「次へ行くぞ」


 黒田が笑う。


「切り替え早えな」


「六問ある」


「第一問落としたのに?」


「落としたからだ」


 一条はそれ以上説明しなかった。


 次の問題へ進む。


 久世も端末を見る。


 だが、頭には第一問が残っていた。


 黒田は、何を守ろうとした。


*


 一組では、第一問の処理が終わったあとも、御影が画面を閉じていなかった。


 成海は、その横顔を見る。


 篠原の席は空いたままだ。


 五人になった教室で、第2試験だけが予定どおり進んでいる。


 三浦が椅子へ座り直した。


「公開質問、誰に使うか考えとく?」


 白川が画面を見る。


「まだ、具体的な使用手順は出ていません」


「手順じゃなくて、誰に聞きたいか」


「対象候補という意味ですか」


「そう」


 三浦が言う。


「いざ使う時に、そこから揉めるよりいいでしょ」


 成海は御影を見る。


 さっきから、ほとんど画面を見ていない。


 考えるように視線を斜め下へ置いている。


「御影さん」


 成海が呼ぶ。


 御影が顔を上げた。


「誰かいますか」


「いる」


 返事は早かった。


 三浦が少し眉を上げる。


「私の中では決まってるんだ」


 御影は頷いた。


「黒田君」


 白川が訊く。


「四組の黒田岳さんですか」


「そう」


「理由は?」


 御影はすぐには答えなかった。


 斜め下へ視線を落とす。


「確認したいことがある」


 三浦が言う。


「七年前の?」


 御影は一度だけ三浦を見る。


「うん。今はそれ以上は言えないけど」


 三浦は肩をすくめた。


「分かった」


 白川はまだ御影を見ている。


「対象を黒田さんとすること自体は、現時点では御影さんの希望という理解でいいですか」


「それでいいよ」


 御影は答えた。


「まだ質問するわけじゃない」


 成海も頷く。


 公開質問権の具体的な使い方は、まだ分からない。


 誰が決めるのか。


 どう登録するのか。


 何をどこまで聞けるのか。


 今ここで決める必要はない。


 ただ。


 御影には、相手だけは決まっている。


「何を聞くつもり?」


 藤崎が言った。


 小さな声だった。


 御影が藤崎を見る。


「黒田君が、自分の言葉で答えないと意味がないこと」


 藤崎は何も返さなかった。


 成海は二人を見る。


 何の話かは分からない。


 それでも、御影が思いつきで名前を出したわけではないことだけは伝わった。


 三浦が机へ指を置く。


「じゃあ、候補は黒田」


 御影が訂正する。


「候補じゃない」


 三浦が見る。


「公開質問を使うなら、私は黒田君に聞きたい」


「強いね」


「必要だから」


 御影はそれだけ言った。


 前方の画面が切り替わる。


 次の課題を示す表示が現れ始める。


 成海はモニターへ視線を戻した。


 その横で、御影はまだ一度も黒田の名前を取り消さなかった。


 聞くべきことがある。


 まだ、それが何なのかは誰にも説明されていない。

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