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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第一章 七年ぶりの再入学
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第12話 退学処分

『一組 通常退学対象者』


『篠原凛』


 名前が表示されたまま、四組の教室は静まり返っていた。


 誰も次の画面を急かさない。


 佐伯は両手を机の上に置いたまま動かず、高瀬は左手の結婚指輪に触れている。一条は中央モニターを見上げ、天宮は端末へ視線を落としていた。


 黒田だけが、椅子の背に体を預けている。


 久世も立てなかった。


 篠原凛。


 第一試験で最下位になった一組が、通常退学対象に選んだ女。


 久世が画面で確認できたのは、そこまでだった。


 その先は分からない。


 短い電子音が鳴った。


 六人の端末と中央モニターが同時に切り替わる。


『通常退学処分を実施します』


『全参加者は、指定経路を通り中央廊下・立会区画へ移動してください』


『本通知をもって、立会区画までの移動を正式許可します』


『指定経路外への立入は、引き続き禁止します』


 佐伯が顔を上げた。


「……見せるの?」


 答える者はいなかった。


 教室の扉から、重い電子錠の外れる音がした。


 一条が先に立つ。


「行こう」


 誰もすぐには動かなかった。


 それでも、六人とも席を立った。


*


 中央廊下へ出ると、普段閉じたままの横扉には赤い施錠表示が残っていた。


 開いているのは、端末に示された経路だけだった。


 曲がり角を一つ越えたところで、壁の固定案内板が目に入る。


『旧講師棟 →』


 矢印は、廊下の先を指していた。


 久世は一度だけ見て、そのまま歩いた。


 先には、すでに二組と三組の参加者が集まっている。


 一組もいた。


 二十四人が、同じ場所で同じものを見届けるために集められていた。


 中央廊下の一部だけが少し広くなっていた。


 その奥を、床から天井まで届く金属格子のゲートが区切っている。


 格子の向こうには、人一人が座れる処分台があった。


 床面に組み込まれ、背もたれと固定帯だけが見えている。


 その上の壁には、横長のモニター。


 目立つものは、それだけだった。


『立会者はゲート外で待機してください』


 モニターに表示される。


 一組はゲートの近くに集まっていた。


 御影の隣に篠原がいる。


 久世が最後に見た時と同じ服装だった。


 ただ、両手を体の前で重ねていた。


 右手の指が、左手の甲を一度だけ強く押す。


『通常退学対象者』


『篠原凛』


『対象者のみ、処分区画へ入場してください』


 格子ゲートの横にある認証部が白く点灯した。


 篠原はすぐには動かなかった。


 一秒。


 二秒。


 それから、一歩前へ出る。


 久世は、その背中を見た。


 七年前、特別コースで一条に抜かれるまで、篠原は一位だった。


「篠原」


 御影が呼んだ。


 篠原の足が止まる。


「何が起きるか、分かってるの?」


 篠原は振り返った。


 顔色が悪い。


 唇を開くまでに、少し時間がかかった。


「分からない」


 それだけだった。


「だったら――」


「対象者は入場してください」


 機械音声が御影の言葉を切った。


 篠原は認証部へ腕輪を近づける。


 短い音。


 格子ゲートの一部が開いた。


 篠原だけが中へ入る。


 御影が一歩追った。


 だが、篠原が通り抜けた直後にゲートは閉じた。


 金属同士が噛み合う音が響く。


 御影が格子へ手をかける。


 動かない。


「開けて」


 返事はなかった。


 篠原は処分台の前に立っていた。


『着座してください』


 篠原が座る。


 背中が背もたれに触れた瞬間、肩がわずかに強張った。


 腰の前を一本の固定帯が横切る。


 続いて、両手首の上へ細い帯が重なった。


 機械音とともに締まっていく。


 篠原が息を吸った。


 遠くにいる久世にも、その胸が大きく上下したのが分かった。


 藤崎が口元を押さえる。


「……待って」


 成海がモニターを見た。


「処分後の確認はできますか」


 機械音声は答えない。


 三浦も、篠原から目を逸らさなかった。


 白川は何かを言いかけて、結局口を閉じた。


 御影だけが格子を握ったままだった。


 篠原はその向こうを見た。


 御影と目が合ったように見えた。


 何も言わない。


『固定を確認』


 壁面モニターに、一本の波形が現れた。


 その時。


 立会区画に、


 真壁の声が流れた。


『処分の瞬間そのものを、直接見せるつもりはない』


 続けて、


『遮光中の経過は、映像で確認してもらう』


 一拍置く。


『諸君らへの、せめてもの配慮だ』


『通常退学処分を開始します』


 処分台の前方から、黒い遮光シャッターが下り始めた。


 篠原の足元が隠れる。


 腰。


 胸。


 最後に顔が消える。


 完全に閉じた。


 壁面モニターと、


 全員の端末が同じ画面へ切り替わった。


 映っているのは、


 遮光シャッターの向こう側。


 処分台に固定された篠原の姿が、


 画面の中では続いている。


 内部の映像の脇には、


 さっきまでの波形も表示されていた。


 遮光されて見えなくなった向こう側を、


 今も見せられている。


 久世は、


 そう受け取った。


 御影が格子を強く揺らした。


「篠原!」


 次の瞬間、シャッターの縁から青白い光が漏れた。


 視界が一瞬だけ白くなるほど強い。


 同時に、空気を叩くような大きな音が響いた。


 佐伯が短く悲鳴を上げる。


 高瀬が顔を背けた。


 久世は反射的に目を細めた。


 もう一度、光。


 乾いた破裂音。


 壁面モニターと全員の端末で、


 内部映像とともに表示されていた波形が大きく乱れる。


 線が上下した。


 一度。


 二度。


 そして、平らになった。


 誰も声を出さなかった。


『生体反応 検出なし』


 その文字が、


 壁面モニターと全員の端末の内部映像に重なって表示される。


「……嘘でしょ」


 佐伯の声が聞こえた。


 御影が格子を握る手に力を込める。


「篠原!」


 返事はない。


 数秒後。


 壁面モニターと全員の端末から、


 処分区画内部の映像が消えた。


 遮光シャッターが上がり始めた。


 最初に見えたのは、床だった。


 篠原の足はない。


 次に、腰の位置まで開く。


 処分台もなかった。


 シャッターが完全に上がる。


 格子の向こうには、誰もいなかった。


 床面には、四角い継ぎ目だけが残っている。


 藤崎が息を呑んだ。


 成海が格子の向こうを見つめる。


「確認させてください」


 もう一度言った。


 それでも返答はない。


『通常退学処分 完了』


 モニターに表示された。


 それだけだった。


 死亡。


 その二文字は、どこにも出なかった。


 けれど、さっきまでそこにいた篠原は、もういない。


 御影は格子から手を離さなかった。


 一条の横顔が固まっている。


 黒田も、黙ったまま格子の向こうを見ていた。


 青白い閃光と破裂音を見せられたあと、久世は無意識に鼻で息をした。


 焦げた臭いは、少なくとも自分の立っている場所までは届いていない。


 それが何を意味するのかは分からない。


 久世は格子の向こうを見る。


 何もない床。


 その時だった。


 ご、と低い音がした。


 足元ではない。


 処分区画の床の下から聞こえたように思えた。


 ごろ、ごろ、と重いものが動くような音。


 音はその場に留まらない。


 少しずつ遠ざかっていく。


 久世は顔を上げた。


 廊下の先。


 さっき見た固定案内板がある。


『旧講師棟 →』


 床下の音は、その矢印が示す側へ離れていった。


 やがて聞こえなくなる。


「……何の音?」


 高瀬が小さく言った。


 久世は答えなかった。


 分からない。


 今は、それ以上に言えることがない。


『立会を終了します』


『各クラスは指定経路を通り、所属教室へ戻ってください』


 教室へ戻る経路の電子錠が外れる。


 それでも、すぐに動く者はいなかった。


 御影は格子の向こうを見たままだった。


 篠原が座っていたはずの場所には、もう台すらない。


 久世も目を離せなかった。


 旧講師棟と示された側で、さっきの床下の音はもう消えている。


 意味は決められない。


 ただ、覚えておこうと思った。


 篠原凛は、目の前から消えた。

第一章はここまでです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

物語はここから、七年前の事件と現在の再入学試験がさらに深く交わっていきます。

続きを読んでいただける方は、ブックマークしていただけると嬉しいです。

10月5日以降も毎日19:10更新予定です。

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