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卒業条件は、同級生の死の真相。  作者: 綴木 律
第一章 七年ぶりの再入学
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第11話 信じた人数

 結果は、提出してすぐには出なかった。


 四組の教室では、誰も席を立たなかった。


 佐伯は机に伏せかけたままモニターを見ている。高瀬は俯き気味で結婚指輪を眺め、黒田は腕を組んでいた。


 久世も、画面が切り替わるのを待った。


 やがて、中央モニターに白い文字が並ぶ。


『第一試験 採点終了』


 すぐに次の画面に切り替わる。


『第一位 四組 八十八点』


 久世は息を止める。


 その下に、内訳が続いた。


『事実の正確性 五十五点』


『資料の接続 十九点』


『提出時刻 四点』


『回答の整合性 十点』


「一位……?」


 佐伯が顔を上げた。


 続けて、残る三クラスも表示される。


『第二位 二組 八十五点』


『第三位 三組 七十九点』


『第四位 一組 七十四点』


 その横に、提出時刻の採点結果が初めて示された。


 二組、十点。


 三組、七点。


 四組、四点。


 一組、一点。


 画面には、正式受付の順番も表示されていた。


「提出した順か」


 一条が言った。


 試験中には分からなかった差だ。


「じゃあ、もっと早く出してたら――」


 高瀬が言いかける。


「その分、確認を削ってたかもしれない」


 一条が返した。


 久世も同じことを考えていた。


 早ければよかったわけではない。


 遅ければ正確だったわけでもない。


 十二問をどう作ったかが、そのまま数字になっている。


 画面の下へ、もう一つ表示が追加された。


『採点分析』


『複数の記録が存在することを、独立した情報源の裏付けとして過大評価した類似回答を複数クラスで確認』


 黒田が鼻を鳴らす。


「同じ間違いしたやつが、ほかにもいたってことか」


「似た傾向ってだけだ」


 久世は答えた。


 誰が、どの問題で、どこまで同じだったのかは表示されていない。


 今回の答案から分かるのは、それだけだった。


 モニターが切り替わる。


『試験順位に基づき、学校ポイントを更新します』


 四組、プラス三十。


 二組、プラス十五。


 三組、増減なし。


 一組、マイナス二十。


『累計学校ポイント』


『四組 一三〇』


『二組 一一五』


『三組 一〇〇』


『一組 八〇』


 一番下の数字だけが、赤い枠で囲まれた。


『累計最下位 一組』


 教室の空気が変わった。


 自分たちが一位だったことより、その文字の方が重かった。


 最下位クラスから、一人。


 退学させる。


「……一組から、誰か選ぶんだよね」


 高瀬が小さく言った。


 答える前に、六人の端末が同時に震えた。


『匿名認識調査』


 佐伯が目を細める。


「何、これ」


『本調査は、調査表示以前の認識状態を確認するために実施する』


『回答内容は他の参加者へ個人名と結びつけて公開しない』


『回答は本人認証付きの正式記録として保存する』


 最初の質問が表示される。


『この調査が表示される前、通常退学となった参加者は実際に死亡すると考えていましたか』


 選択肢は三つ。


『死亡すると考えていた』


『死亡する可能性はあるが、確認されていないと考えていた』


『判断できない、または別の可能性もあると考えていた』


 佐伯が画面を見たまま口を開いた。


「相馬から聞いた話さ」


 久世が見る。


「私、一組の資料まで見て、それで死ぬ可能性が高いって話だと思ってたんだけど」


 佐伯は一度言葉を止めた。


「いつの間にか、資料を見て、退学したら死ぬって分かった、くらいの感じで受け取ってた」


「それは違う」


 久世はすぐに言った。


「三浦本人に確認した。新しい死亡根拠は見つけてない」


「……うん」


 佐伯は眉を寄せた。


「久世君から聞いた時は分かってた。でも、相馬の話を聞いたあと、そっちの方が残ってたみたい」


 高瀬が結婚指輪から指を離した。


「私も。一組の資料まで見て言ってるなら、何か根拠があるんだと思ってた」


 二人とも、今は訂正に気づいている。


 けれど、画面が訊いているのは、今どう考えるかではなかった。


 この調査が表示される前、自分がどう考えていたか。


「俺は資料が増えたとは思ってない」


 一条が言った。


 久世はそちらを見る。


「三浦の話は三浦の話だ。相馬や佐伯を通っても、元が同じなら証拠が増えたことにはならない」


「なら――」


「ただ」


 一条が続けた。


「真壁は、処分を決める側だ」


 教室のモニターを見上げる。


「『生きてここを出られない』って言った。俺は、あれを処分結果の告知として読んでる」


 久世は黙った。


「三浦も、あの言葉から死亡の可能性が高いと読んでた。それを聞いて、自分の読みが外れてないと思った。資料で死亡が証明されたと思ってるわけじゃない」


 一条はそこで区切った。


「でも、調査が出る前まで、俺は死ぬって意味だと判断してた」


 それは、一条の判断だった。


 真壁がそう保証したわけではない。


 久世は、右親指へ触れた。


「俺は、そこまでは言えない」


「分かってる」


 一条は否定しなかった。


 天宮も画面を見たまま言う。


「私も、確認できていないものは確認できていないままです」


 同じ情報を聞いても、結論は揃っていなかった。


 久世は二つ目を選んだ。


 次の質問。


『その判断をする前に、三浦拓海本人、または「三浦拓海から聞いた情報」と明示された話を受け取っていましたか』


『三浦本人から聞いた』


『三浦から聞いた話として、別の参加者から聞いた』


『受け取っていない』


『覚えていない』


 久世は一つ目を選ぶ。


 その下に、小さな表示が出た。


『第一問で「死亡すると考えていた」を選択した回答者のみ、第三問へ進みます』


 久世の画面では、第三問の欄が灰色になった。


『回答対象外』


 回答を確定する。


 画面に、自分の認証時刻だけが残った。


*


 二組の教室では、水野沙羅《みずのさら》が第一問を見つめたまま指を止めていた。


『死亡すると考えていた』


 そこに印を入れる。


 調査が出る前まで、自分はそう扱っていた。


 二問目。


 三浦本人からではない。


 相馬から聞いた。


 一組の資料まで見た三浦が、死ぬ可能性が高いと判断した。


 そういう話だった。


 水野自身は、一組の資料を見ていない。


 それでも、資料を見た人間がそう判断したのなら、根拠はどこかにあるのだろうと思った。


 今、問いとして切り分けられて初めて気づく。


 自分が確認したのは、相馬の説明だけだ。


 一組の資料に、死亡を示す何かがあると確認したわけではない。


 けれど、問われているのは今この瞬間の判断ではなかった。


 調査が表示される前、自分がどう考えていたか。


 二問目は、


『三浦から聞いた話として、別の参加者から聞いた』


 三問目。


『その情報は、あなたが「通常退学者は死亡する」と考えるようになった理由になりましたか』


 水野は少し迷ってから、


『複数ある理由の一つになった』


 を選んだ。


 確認を押す。


*


 宮原杏奈は、三問目まで進んでから、一度目を閉じた。


 最初に三浦から聞いた時は、違った。


 死ぬ可能性が高い。


 でも、確認はできていない。


 宮原はそう受け取った。


 三組へ戻ってからも、最初はそのまま話した。


「一組の資料を見た上で言ってるんでしょ。なら、何かあるんじゃない?」


 そう言われた時も、


「そこまでは聞いてない」


 と返したはずだった。


 けれど、そのあと何度か同じ話を聞くうちに、言葉の順番が変わった。


 一組の資料を見た三浦が、死ぬと判断した。


 いつの間にか、宮原自身もそう覚えていた。


 三浦が一組の資料を見られることと、その資料が死亡説の根拠だったことは、本当は別なのに。


 第一問で選んだのは、


『死亡すると考えていた』


 二問目は、


『三浦本人から聞いた』


 三問目。


 宮原は画面を見つめる。


 今なら、あの時の留保が消えていたことに気づける。


 それでも、回答するのは調査が出る前の自分だ。


『複数ある理由の一つになった』


 認証する。


*


 全員の回答がそろうまで、三分とかからなかった。


 久世の端末に集計結果が表示される。


『調査表示以前に「通常退学者は死亡する」と考えていた人数』


『一組 〇/六』


『二組 四/六』


『三組 四/六』


『四組 四/六』


 佐伯が画面を二度見した。


「四組、四人?」


 誰がどれを選んだかは表示されない。


 情報経路や、何が判断へ影響したかも非公開だった。


 ただ、人数だけが残る。


 四人。


 四人。


 四人。


 そして一組は、ゼロ。


「これ、死亡したって証明じゃないよね」


 天宮が言った。


「証明してない」


 久世は答える。


 数えたのは、死んだ人数ではない。


 信じていた人数だ。


*


 三浦の個人端末には、他の参加者には見えない文面が表示されていた。


『個人合格条件』


『未確認情報を三つのクラスへ定着させる。』


 三浦は口の端を少しだけ上げた。


「なるほどね」


 申請画面を開く。


 証拠指定欄。


 直前の認識調査が選択可能になっていた。


『匿名認識調査・認証済み回答』


 三浦はそれを指定する。


『条件判定対象』


『調査表示以前に「通常退学者は死亡する」と回答』


『三浦拓海本人、または三浦拓海由来と明示された情報を受信』


『当該情報が認識形成の理由になったと回答』


 三つが同じ回答者で揃った人数が表示される。


『一組 〇/六』


『二組 四/六』


『三組 四/六』


『四組 四/六』


 三浦は一組の数字を見て、少しだけ眉を上げた。


 自分のクラスでは、誰も信じ切っていない。


 外へ出した話だけが、三つの教室で過半数を越えている。


 追加の証人確認欄には、


『認証済み回答により確認済み』


 と表示されていた。


 三浦は申請を確定する。


『達成申請を受理しました』


 短い判定中の表示が入り、数秒後。


『個人合格条件 達成』


『三浦拓海』


『通常退学対象外』


 三浦は背もたれへ体を預けた。


「ほんと、言葉って勝手に育つな」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。


*


 一組の六人の端末にも、達成通知が届いた。


『三浦拓海 個人合格条件達成』


『通常退学対象外』


 御影が三浦を見る。


「今の調査、あなたの条件に関係してたの?」


「そう見える?」


「名前まで出てたから」


「条件の文面は出てないでしょ」


 三浦はそれ以上答えなかった。


 白川が自分の画面へ目を戻す。


「候補が変わりました」


 一組の端末に、次の表示が開く。


『通常退学対象者選定』


『個人合格者を除く参加者から一名を選択してください』


 並んだ名前は五つだった。


 御影咲。


 成海圭吾。


 篠原凛。


 白川誠。


 藤崎優花。


 誰もすぐには触れなかった。


「これ、本当に選ぶんだよね」


 藤崎が言った。


 声が小さい。


 御影が端末から目を上げる。


「選ばなかったら、どうなるかは書いてない」


「だからって、選ばなくていいわけでもない」


 白川が答えた。


 成海が息を吐く。


「点数の責任だけで決めるのも違うと思います」


 それでも、視線は篠原へ向いた。


 篠原は、避けなかった。


「第六問でBを選んだのは私」


 誰も口を挟まない。


「御影さんの異議を却下したのも私。提出責任者として、最終回答にした」


「理由は、さっき入力したものと同じ?」


 白川が訊く。


「同じ」


「独立した一次情報源だと評価したから?」


「記録した理由は変えない」


 御影が篠原を見る。


「それで、責任も自分にあるって言うの?」


「みんなで決めたことにはしない」


 三浦が、わずかに目を細めた。


 それは、さっき自分が言ったことへの返事と同じだった。


 成海が机の上で手を組む。


「僕は、篠原さんの判断に反対した。でも、提出自体は規則上有効だった」


「ええ」


 御影が言う。


「だから余計に、誰か一人の責任だけで終わらせていいのかは迷う」


「でも、選ばないといけない」


 藤崎の声が震えた。


 その言葉で、全員が黙った。


 退学。


 その先が何なのか、一組の六人は誰も事実としては断定していない。


 だから軽くなるわけではなかった。


 確認されていないからこそ、選んだ相手に何が起きるのか分からない。


 三浦の端末にも投票画面は出ている。


 候補から外れただけで、投票はできる。


 一人ずつ、名前を選ぶ。


 腕輪で認証する。


 誰が誰へ入れたかは、互いの画面には出ない。


 最後の一人が確定すると、集計が始まった。


 数秒。


『投票結果』


『篠原凛 五票』


『藤崎優花 一票』


『その他 〇票』


 藤崎が息を呑む。


 御影は篠原から目を逸らさなかった。


 篠原は表示を見ていた。


 何も言わない。


『通常退学対象者』


『篠原凛』


*


 四組のモニターにも、同じ名前が表示された。


『一組 通常退学対象者』


『篠原凛』


「篠原……」


 佐伯が名前を読む。


 久世は画面を見たまま動かなかった。


 ――退学者は、生きてここを出られない。


 一条は、それを死亡の告知だと読んだ。


 久世は、まだそこまでは言えない。


 ただ、選ばれた名前だけは確定した。


 篠原凛。


 その名前の下に、これから何が起きるのかは表示されていなかった。

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