第10話 間違った正解
二問目から先は、第一問より速く進んだ。
一度、資料に書かれていることと、そこから推測したことを分ける基準を決めてしまえば、四組の作業は止まりにくい。
「七番、これでどう?」
高瀬が画面を向ける。
一条が回答を読み、久世も根拠資料を追った。
問題が事前に流通した、という疑いがあったこと。
神谷が問題を持っていた、という伝聞があったこと。
神谷自身が問題を流出させたこと。
似ていても、三つは別だった。
「一つ目は、流通したこと自体じゃなくて、そういう疑いが出ていたところまで。二つ目は伝聞。三つ目は未確認のままでいい」
久世が言う。
「資料から先は埋められない」
「じゃあ、そのまま残す」
一条が保存した。
黒田が机に肘をつく。
「分かんねえって答えばっかで、本当に点になるのかよ」
「分からないことを埋める方が危ないでしょ」
天宮が返す。
採点基準は分かっている。
事実の正確性。
資料の接続。
提出時刻。
回答の整合性。
だが、何を書けば何点になるのかまでは分からない。
九問目。
十問目。
十一問目。
十二問目。
佐伯が長く息を吐いた。
「全部入った」
「ここから確認する」
一条は十二問を最初から開き直した。
回答。
資料番号。
異議。
久世も横から追う。
途中で高瀬が一か所、資料番号の付け忘れを見つけた。
天宮は別の問いで、「確認できない」と書いた文の末尾を読み直す。
誰かが新しい事実を見つけたわけではない。
今やっているのは、答えを増やす作業ではなく、書いた答えがどの資料へ戻れるのかを確かめる作業だった。
第六問では、四組の聞き取り要旨から元の個別記録数を復元できない。
だから、件数は確認不能。
分からないものを、数えたことにはしない。
最後まで確認した一条が訊いた。
「未処理の異議は?」
「ない」
高瀬が答えた。
佐伯も天宮も首を振る。
一条が久世を見る。
「直人」
久世はもう一度、十二問の一覧を見た。
正解が見えていない問題もある。
それでも、資料にない一段を勝手に足した回答は残っていない。
「これで出していいと思う」
一条が頷く。
「反対があるなら、今言ってくれ」
一条は全員を見た。
佐伯が首を振る。
高瀬も、天宮も同じだった。
黒田は腕を組んだまま黙っている。
「特に無さそうだな。提出するぞ」
正式提出の確認画面へ進んだ。
一条が十二問の回答と根拠資料番号を確認し、送信する。
『第一試験 正式提出を受理しました』
点数も順位も表示されない。
佐伯が机に突っ伏した。
「終わった……?」
「とりあえず提出は」
久世は答えた。
*
一組でも、十二問すべてに回答が入っていた。
白川が一覧を確認する。
「未処理の異議はありません。資料番号も入っています」
御影は第六問を開いた。
二つの回答候補が、まだ残っている。
A案とB案。
全員がすでに見ている二つだった。
篠原は選択欄を開く。
Aについていた印を外し、Bへ移した。
『別々の二名への聞き取り記録が存在するため、確認済みの独立した一次情報源は二件。直接目撃者と原発信者は未確認』
「それを採るの?」
御影が訊いた。
驚いた声ではなかった。
B案があることは、さっきから全員が知っている。
問題なのは、それを候補として残すことではない。
正式回答にすることだった。
「うん、採る」
白川が眼鏡の位置を直す。
「第八問では、複数記録だけでは上流情報源の独立性を確認できない、と回答しています」
「見れば分かる」
「なら、基準が合っていません」
白川は第八問の回答を開いたまま、篠原の画面と見比べた。
同じ試験の中で、同じ一組が書いた答えだ。
片方では、記録が複数あっても独立性は証明できない。
もう片方では、二人の聞き取り対象者がいるから独立した一次情報源は二件。
成海も画面を見た。
「僕もAの方がいいと思います。二件あることを重く見る余地はあっても、独立した一次情報源が二件確認できたとは言えない」
三浦が手を上げる。
「俺が言ったのも、別々だった可能性があるってところまでだからね」
篠原は答えなかった。
三浦が言ったのは、可能性までだ。
確認済みではない。
Aの方が設問には正面から答えている。
可能性を「確認済みの独立した一次情報源二件」まで押し上げているのは、自分だった。
その飛躍を理解したまま、篠原は選択を戻さなかった。
御影が端末を操作する。
「異議を入れる」
篠原の画面に通知が出た。
『別々の二名への聞き取り記録があることと、独立した一次情報源が二件確認できたことは同義ではない。第八問の回答とも整合しない』
篠原は全文を読んだ。
正しい。
少なくとも、設問への答えとしては御影の方が正しい。
異議処理を開く。
採用。
却下。
篠原は、却下を選んだ。
「…篠原さん?」
成海の声が低くなる。
理由入力欄へ文字を入れる。
『異なる二名への個別聞き取り記録が同一内容を示しているため、相互補強する情報として評価する』
理由を確定する。
異議表示が消えた。
未処理、ゼロ。
御影が篠原を見る。
「今の理由で、独立してることにはならない」
篠原は答えなかった。
「分かってて却下したの?」
一拍だけ間が空いた。
「…判断は変えない」
御影の表情が固くなる。
白川は画面へ目を落としたまま言った。
「却下理由は記録されています。異議は処理済みです」
成海が腕を組む。
「僕は反対です」
成海は言葉を切ってから続けた。
「提出責任者が最終決定する規則なのは分かっています。でも、僕はこの答えには賛成しません」
「分かった」
篠原は反論しなかった。
三浦も、いつものようには笑わなかった。
「あとで、みんなで決めたことにはしないでよ」
「しない」
藤崎が篠原の手元を見ている。
「本当に、これで出すの?」
「出す」
藤崎はそれ以上訊かなかった。
御影が第六問の画面を閉じる。
「まだ戻せる」
篠原は御影を見た。
「戻さない」
その短いやり取りのあと、誰もすぐには口を開かなかった。
白川が十二問をもう一度確認した。
「回答、全部あります。根拠資料番号も登録済み。未処理異議、ゼロです」
篠原は提出画面を開いた。
最後に第六問へ戻る。
B案。
文字は変わっていない。
篠原は提出画面へ戻った。
「提出するね」
白川が確認する。
「期限内です」
篠原は送信を押した。
画面が切り替わる。
『第一試験 正式提出を受理しました』
点数は出ない。
順位も出ない。
結果は、まだ表示されない。
篠原は受理表示を見たまま、手を端末から離した。
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明日10月4日で第一章完結です。




