侯爵家当主の密かなる野望。
クロフォード侯爵家当主、アレクシス・クロフォードには、長年ひそかに抱き続けてきた願いがあった。
娘が欲しい。
ただ、それだけだった。
若い頃は、いずれ子どもが二人か三人でき、その中に一人くらいは娘がいるだろうと、漠然と考えていた。
しかし、現実は異なった。
生まれたのは男児一人。
アルベルト・クロフォード。
健康で聡明。
規律正しく、成績も優秀。
幼い頃から無駄口を叩かず、剣を持たせれば黙々と鍛錬に励み、教師から褒められても「そうですか」としか答えない。
父親としては、申し分のない息子だった。
だが、可愛げという一点においては、壊滅的だった。
「父上」
「何だ」
「それを置いてください」
「なぜだ」
「危険だからです」
八歳のアルベルトは、父が買ってきた木馬を一瞥しただけで、そう言った。
「木馬だぞ」
「車輪の軸が緩んでいます」
「……」
「転倒する可能性があります」
八歳だ。八歳の息子だ。
「直せば乗るか?」
「必要ありません」
話が終わった。
誕生日にぬいぐるみを贈ったこともある。
「何に使うものですか」
そう尋ねられた。
十歳の頃だった。
娘が欲しい。
アレクシスの願望は、その頃から少しずつ膨らんでいった。
それから二十年近く。
息子は立派に成長した。
王国軍第一大隊長にまで上り詰めた。
そして三年間、親に何の報告もないまま結婚していた。
妻は元暗殺者だった。
裏社会に名を轟かせる《白猫》だった。
しかも、王都を封鎖した。
さらに、愛妻弁当を届けるために第一大隊本部へ侵入し、第一級警戒態勢を発令させた。
その事実を父親は妻に見せられた新聞で知った。
普通なら、怒るところだ。
アレクシスも怒った。
もちろん、怒った。
だが。
結婚式で初めて、純白のドレスに身を包んだリリアがこちらを向き、
「お父様?」
と呼んだ瞬間、すべて吹き飛んだ。
娘ができた。
正確には義理の娘だが、細かいことはどうでもいい。
アレクシス・クロフォード。
五十代、侯爵。
元王国軍将官。
その日から、完全に浮かれていた。
※
「リリアさん」
午後二時。
クロフォード侯爵邸の庭園で、アレクシスは満面の笑みを浮かべていた。手には、朝から何度も中身を確かめていた小箱がある。ようやく渡せると、胸の内で密かに浮き立っていた。
「これを見てくれ」
「何ですか?」
リリアが覗き込む。
差し出された箱を、彼女は両手で受け取った。蓋を開けると、中には紫色の宝石をあしらった細身の髪飾りが入っている。
リリアの瞳が輝いた。
「綺麗」
その一言だけで、アレクシスの胸は大きく跳ねた。贈り物を選ぶため、店を何軒も巡った苦労など、すべて報われた気がする。
「君の瞳に似合うと思ってね」
「私に?」
「もちろんだ」
「いただいてもいいんですか?」
「そのために用意した」
「わあ」
リリアは髪飾りをそっと持ち上げ、光にかざした。素直に喜ぶその姿を見た瞬間、アレクシスの表情はさらに緩んだ。頬が緩み、目尻が下がり、侯爵としての威厳は庭園の片隅へ消えていく。
「父上」
低い声が落ちた。
少し離れた場所に、アルベルトが立っていた。腕を組み、眉間には深い皺が刻まれている。どうやら、また始まったと思っているらしい。
「何だ」
「またですか」
「またとは何だ」
「先週も装飾品を贈っていたでしょう」
「先週は耳飾りだ」
「その前は靴」
「そうだな」
「その前は外套」
「冬になるからな」
「まだ秋です」
「準備は早いほうがいい」
「限度があります」
アルベルトが淡々と指摘するたび、アレクシスは不思議そうに息子を見返した。なぜ、そこまで問題視するのか理解できない。
「娘に物を贈って、何が悪い」
アルベルトの眉がぴくりと動いた。
「娘ではありません」
「義理の娘だ」
「俺の妻です」
「両立するだろう」
「そういう問題ではありません」
二人が言い争っている間、リリアは髪飾りを光に透かしていた。まったく会話を聞いていない。というより、聞いていても気にしていないのだろう。
「お父様」
「何だい?」
呼ばれたアレクシスは、すぐさま声を柔らかくした。
「これ、短剣につけてもいいですか?」
アレクシスが固まる。
アルベルトも固まる。
「……なぜ短剣に?」
「綺麗だから」
「髪につけるものだ」
「でも、戦うと落ちそう」
「戦わなくていい」
「でも、急に襲われたら?」
「うちの庭で誰に襲われるんだ」
「分からないよ」
リリアは真剣だった。元暗殺者としての経験が、どうやら日常の庭園にも警戒心を向けさせているらしい。
アレクシスは数秒考えた。普通なら、髪飾りは髪に飾るものだと説得するところだろう。
しかし、彼は普通の父親ではなかった。
「では、短剣用も作らせよう」
「父上!」
アルベルトの怒声が庭に響いた。
「増やすな!」
「何がだ」
「武装を装飾する必要はない!」
「可愛いではないか」
「可愛さで武器を増やすな!」
「アル、怒ってる」
リリアが不思議そうにアルベルトを見上げる。
「お前も止めろ!」
「でも嬉しいよ?」
その言葉を聞いた瞬間、アルベルトは口を閉じた。反論しようとしていたはずなのに、妻の嬉しそうな顔を見れば、それ以上強く言えない。
アレクシスは、そんな息子の様子を見逃さなかった。勝ち誇ったように口元を上げる。
エレノアは少し離れたテーブルで紅茶を飲みながら、その一部始終を静かに眺めていた。
「あなた」
「何だ」
「楽しそうですね」
「もちろんだ」
「表情が崩れています」
「構わん」
「侯爵ですよ」
「今は父親だ」
「義父です」
「細かいことを言うな」
さすがにエレノアも少し呆れていたが、止める気はないらしい。むしろ、面白がっているように見える。
アルベルトは、それが一番腹立たしかった。
※
事の始まりは、後輩のユリウスが去った数日後だった。
アレクシスから、一通の手紙が届いた。
『リリアさんと一日出かけたい』
アルベルトは断った。
即座に断った。
理由も添えた。
『軍務上、多忙につき不可能です』
すると、返事が来た。
『君ではない』
アルベルトは、手紙を握り潰しかけた。父親の字を見ているだけで、こめかみが痛くなる。
横から覗き込んだリリアが、彼の手元を見て首を傾げた。
「行っていい?」
「駄目だ」
「どうして?」
「必要がない」
「お父様と出かけるの、楽しそう」
「遊びに行くな」
「お父様、私に王都のお店を案内してくれるって」
「俺が案内する」
「アル、仕事があるでしょう」
「休みを取る」
「大隊長が、そんな理由で休んでいいの?」
正論だった。
アルベルトは黙った。反論の余地がない。しかも、リリアは期待に満ちた目でこちらを見ている。
結果、今日に至る。
予定は、王都の菓子店。
服飾店。
書店。
昼食。
庭園散策。
完全な親子デートだった。
アルベルトは同行した。エレノアも当然のようにいる。
「なぜいる」
父に言われた。
「護衛です」
元暗殺者と元将官に護衛は必要ない。
全員が分かっていたが、誰も指摘しなかった。アルベルト自身も、護衛という名目がなければ同行できないことを理解していた。
※
最初の菓子店。
店内に漂う甘い香りに、リリアの視線が菓子棚を巡る。アレクシスはその様子を嬉しそうに眺めながら、すぐに声をかけた。
「好きなものを頼みなさい」
「これ」
リリアが指差した菓子を、店員が皿に載せる。
「一つでいいのか?」
「うん」
「これも美味しいぞ」
「じゃあ、それも」
「こちらも評判がいい」
「それも」
「季節限定もある」
「食べる」
次々と増えていく皿を見て、アルベルトが制止した。
「父上」
「何だ」
「食べさせすぎです」
「少食なのだろう?」
「だからです」
「なら、少しずつ全部食べればいい」
「理屈がおかしい」
リリアは三皿目の菓子を見て、嬉しそうに目を輝かせている。止める理由がなくなったアルベルトは、深く息を吐いた。
「アルも食べる?」
「いらん」
「じゃあ、お父様」
「いただこう」
リリアがフォークで一口分を切り分ける。そのままアレクシスの皿へ載せた。
「はい」
アレクシスが固まった。
「……私に?」
「うん。一緒に食べたほうが美味しいよ」
致命傷だった。
アレクシスは片手で胸を押さえた。まるで本当に心臓を撃ち抜かれたかのような顔をしている。
「あなた?」
エレノアが眉を上げる。
「大丈夫だ」
「顔が赤いですよ」
「娘が……」
「義理の娘です」
「娘が菓子を分けてくれた」
「聞いていませんね」
アルベルトの目が据わった。
「父上」
「何だ」
「それくらい普通です」
「お前には分からん」
「何がです」
「娘の可愛さがだ」
「俺の妻です」
「さっきから、それしか言わんな」
「事実なので」
リリアは二人を見比べた。アルベルトの険しい顔と、アレクシスの浮かれきった顔。その温度差が面白かったのか、口元に小さな笑みを浮かべる。
「アルも欲しかった?」
「何が」
「お菓子」
「いらん」
「でも怒ってる」
「怒っていない」
「じゃあ、あーんする?」
店内が静まり返った。
アルベルトの動きが止まる。耳まで赤くなった彼を、アレクシスがじっと見つめた。エレノアも、紅茶のカップを置いて息子を見る。
「……しなくていい」
かろうじて絞り出した声は、いつもより低かった。
リリアは楽しそうに笑った。
「アル、かわいい」
「言うな」
アレクシスはその様子を見て、何かに気づいたような顔をした。
そして笑った。
非常に嫌な笑い方だった。
※
服飾店。
アレクシスの暴走は加速した。
「これも似合う」
「本当?」
「こちらもいい」
「可愛い」
「この帽子も」
「猫みたい」
「買おう」
「父上」
「何だ」
「全部買うつもりですか」
「そのつもりだ」
「必要ありません」
「君に聞いていない」
「俺の家に置かれるんですが!」
「広いだろう」
「そういう問題ではありません!」
店員は笑いをこらえていた。
リリアは鏡の前で帽子を被っている。つばの広い薄紫色の帽子が、白銀の髪によく似合っていた。
「アル」
「何だ」
「似合う?」
アルベルトは一瞬黙った。鏡越しに映るリリアの姿を見つめ、すぐに視線を逸らす。
「……まあ」
「まあ?」
「似合っている」
リリアが笑う。
「では、買おう」
「父上!」
「本人に似合うと言っただろう」
「俺が買います!」
アレクシスが動きを止める。
「なぜだ」
「俺が買う」
「私が見つけた」
「関係ありません」
「私が連れてきた店だ」
「それも関係ない」
「アル」
エレノアが口を挟む。
「何です」
「父親と張り合うのはやめなさい」
「張り合っていません」
「顔を見れば分かります」
「……」
「嫉妬?」
リリアが横から尋ねる。
「違う」
即答だった。
「お父様に?」
「違う」
「私がお父様と仲良しだから?」
「違う」
「アル」
「違う」
「まだ何も言っていないよ」
「……」
全員が笑った。
アルベルトだけは笑わなかった。
※
昼食後、事件は起きた。
庭園を歩いていたリリアが、突然足を止めた。アルベルトが何事かと振り返るより早く、彼女は茂みの向こうへ視線を向けた。
「どうした?」
アレクシスが尋ねる。
リリアは茂みを見る。
「猫」
いた。
白い猫だった。
次の瞬間、リリアが消えた。
「リリア!」
アルベルトが叫ぶ。
茂みが揺れる。その向こうで猫が走り、白銀の髪が追う。
「待て!」
アルベルトも走る。
アレクシスは一瞬目を見開いたが、すぐに感心したように呟いた。
「速いな」
「感心していないで止めてください!」
猫は生け垣を抜けた。
リリアも抜けた。
アルベルトは迂回した。
アレクシスは生け垣を飛び越えた。
「父上!?」
元将官である。
五十代とは思えない動きだった。
数秒後、アレクシスは猫を抱えたリリアを確保していた。彼女の腕の中で、白猫が不思議そうに尻尾を揺らしている。
「捕まえたぞ」
「お父様、すごい!」
「昔は軍人だったからな」
「かっこいい!」
第二の致命傷だった。
アレクシスの表情が緩む。誇らしげに胸を張る姿は、まるで勲章を授けられた少年のようだった。
遅れて到着したアルベルトが、二人を見た。
父、妻、猫、楽しそう。
「……リリア」
「何?」
「戻るぞ」
「猫に触ってから」
「もう触っている」
「お父様も触る?」
「もちろんだ」
「父上」
「何だ」
「甘やかしすぎです」
「何が悪い」
「全部です」
「君は昔から細かいな」
「誰のせいだと思っているんです!」
「私ではない」
「あなたです!」
リリアは猫を抱いたまま笑っていた。
※
侯爵邸へ戻る頃には、馬車の中が荷物で埋まっていた。
菓子。服。帽子。本。髪飾り。
そして、短剣用に加工する予定らしい宝飾品。
アルベルトは頭を抱えていた。向かいでは、アレクシスが今日の成果を眺めながら満足そうに頷いている。
「父上」
「何だ」
「次からは控えてください」
「次もある」
「ありません」
「あるよ」
リリアが言った。
アルベルトが振り返る。
「何?」
「お父様、今度は乗馬を教えてくれるって」
「聞いていない」
「今言った」
「なぜ勝手に予定を決める!」
「だって楽しそう」
「俺が教える!」
「アル、忙しいでしょう」
「休む!」
「大隊長なのに?」
また正論だった。
アルベルトは言葉に詰まり、拳を握った。そんな彼を見て、アレクシスが勝ち誇ったように笑う。
「では、私が」
「父上は黙っていてください!」
そのとき、エレノアが紅茶を飲みながら、静かに言った。
「アルベルト」
「何です」
「あなた、気づいていますか」
「何に」
「朝からずっと、父親に妻を取られた子どものようですよ」
沈黙。
アルベルトの顔が固まった。
リリアの瞳が輝く。
「やっぱり嫉妬?」
「違う」
「お父様に?」
「違う」
「私がお父様に可愛がられるから?」
「違う」
「じゃあ、何?」
アルベルトは言葉に詰まった。
本当のところ気に入らないのだ。
リリアが父に笑いかける。
父がリリアの頭を撫でる。
二人で楽しそうに出かける。
それ自体が嫌なのではない。
むしろ、リリアに家族が増えることは嬉しい。
両親が彼女を大切にしてくれることも、ありがたいと思っている。
だが、少しだけ。
本当に少しだけ。
自分だけのものだった場所へ、誰かが入ってきたような気がする。
そんなことを口にすれば、間違いなく笑われる。
だから言わない。
「……別に」
結局、その言葉しか出なかった。
リリアはしばらくアルベルトを見つめた。彼の横顔に浮かぶわずかな不機嫌さを見逃さなかったのだろう。
すっと隣へ移動する。
馬車が揺れる中、彼の腕に抱きついた。
「じゃあ、今日はアルと帰る」
「最初から帰るだろう」
「お父様の家に泊まってもいいかなって思ってた」
「駄目だ」
即答だった。
アレクシスが笑う。
「泊まっていけばいい」
「駄目です」
「客室はいくらでもある」
「駄目です」
「明日は乗馬を」
「駄目です!」
リリアが吹き出した。
「アル、やっぱり嫉妬してる」
「していない」
「かわいい」
「言うな」
「アルベルト」
今度は父だった。
「何です」
「息子よ」
「何ですか」
アレクシスは妙に満足そうな顔で言った。
「安心しろ」
「何がです」
「娘は取らん」
「だから、娘では――」
「君の妻だからな」
アルベルトが黙った。
アレクシスは笑いながら続ける。
「ただ、私たちの娘でもある」
リリアが瞬きをした。
「私たちの?」
「ああ」
その声は、先ほどまでの浮かれたものとは少し違った。
穏やかだった。
「君には家族がいなかったと聞いた」
リリアの表情がわずかに変わる。抱きついていたアルベルトの腕に、指先がそっと力を込めた。
「なら、今から増やせばいい」
アレクシスはそう言って、リリアの頭に手を置いた。
今度はアルベルトも止めなかった。
エレノアも静かに微笑んでいる。
「息子は愛想がない。妻は怖い」
「あなた?」
「事実だ」
「後で話しましょう」
「……だが」
アレクシスは咳払いをした。
「我が家は、君を歓迎する」
リリアはしばらく何も言わなかった。
紫色の瞳が、ほんの少しだけ揺れる。
「お父様」
「何だい」
「では、今度一緒に屋根に登る?」
「喜んで」
「父上!」
感動が一秒で死んだ。
「侯爵家の屋根に登るな!」
「景色がよさそう」
「危険だ!」
「私がついていれば大丈夫だ」
「あなたまで乗らないでください!」
「昔は野営もした」
「そういう話ではない!」
「お母様も来ます?」
リリアが尋ねる。
エレノアは紅茶のカップを置いた。
「私は下から見ています」
「止めてください!」
「あなたが止めるのでしょう?」
「なぜ俺が!?」
「夫ですから」
「父上は!?」
「父親です」
「役割分担がおかしい!」
クロフォード侯爵邸に、アルベルトの怒声が響き渡った。
リリアは笑っている。
アレクシスも笑っている。
エレノアは静かに紅茶を飲んでいる。
結婚以来、アルベルト・クロフォードの味方は、着実に減っていた。
※
翌週。
第一大隊本部。
副官が一枚の書類を持ってきた。
「隊長」
「何だ」
「侯爵家から届け物です」
アルベルトの顔が曇る。
「父上か」
「はい」
箱を開ける。
中には、紫色の宝石が埋め込まれた短剣用の鞘が入っていた。
非常に美しい。
非常に高価そうだ。
そして手紙。
『リリアさんへ。
以前の髪飾りと揃いで作らせた。
次は乗馬用の服を用意する。
父より』
アルベルトは無言だった。
副官も無言だった。
「隊長」
「何だ」
「燃やしますか」
「……いや」
意外な返答だった。
アルベルトは鞘を見つめる。父親の過剰な愛情に呆れながらも、それを身につけたリリアが喜ぶ姿を想像してしまう。
少し考えたあと、箱を閉じた。
「家へ持って帰る」
「よろしいのですか?」
「リリアが喜ぶ」
それだけだった。
副官は少し笑った。
「そうですね」
「何がおかしい」
「いえ」
「笑うな」
「笑っていません」
「顔が笑っている!」
副官は口元を緩めたまま姿勢を正した。
※
鞘を受け取ったリリアは、案の定、ものすごく喜んだ。
「お父様、すごい!」
「そうだな」
「見て、アル。可愛い」
「ああ」
「嫉妬しない?」
「しない」
「本当?」
「しない」
リリアは鞘を腰に下げた。
くるりと一回転する。
「似合う?」
アルベルトは少し黙った。腰元で揺れる紫色の宝石と、嬉しそうに輝く彼女の瞳を見つめる。
「似合っている」
リリアが笑った。
「じゃあ、お父様に見せてくる!」
「今から!?」
「うん!」
窓へ走る。
「玄関を使え!」
「近道!」
「窓から出るな!」
白銀の髪が窓枠を越える。
アルベルトが追う。
官舎中に怒声が響く。
※
リリアは無事に侯爵邸へ到着し、アレクシスは鞘を装備した義娘を見て泣きそうになる。
エレノアは「だから甘やかすなと言ったでしょう」と夫を叱り、アルベルトは妻を窓から連れ戻した。
クロフォード家は、今日も概ね円満である。
なお翌月にはアレクシスからアルベルトへ、一通の手紙が届いた。
『娘とは、父親と二人で出かけるものらしい』
アルベルトは、その場で破った。
リリアが拾って繋ぎ合わせた。
次の休日に二人はまた出かけるらしい。
アルベルトは休暇申請の書類に記入を始める。
「隊長、もう有給がありません」
副官の言葉にぴたりとペンを止める。
「……この間の大規模討伐の褒賞に休暇を申請する」
副官は額を抑えた。
第一大隊もだいたい平和である。




