暗殺者と隊長と、絶対に予定通りにいかないプロポーズ【過去編】
王国軍第一大隊長アルベルト・クロフォードには、人生において大切にしているものがいくつかある。
規律。責任。時間厳守。事前準備。
そして、立てた計画は可能な限り予定通り遂行すること。
そのどれもが、軍人としては極めて正しい。
問題があるとすれば、現在交際している恋人が、そのすべてと致命的に相性の悪い女だったことだ。
「結婚しようと思う」
午後五時十三分。
王国軍第一大隊本部、隊長執務室。
アルベルトがそう告げると、向かいで書類を確認していた副官の手が止まった。
「…………」
静寂。
窓の外からは訓練を終えた兵士たちの声が聞こえている。
副官はゆっくり顔を上げた。
「誰がですか?」
「俺がだ」
「誰とですか?」
「リリア以外に誰がいる」
「念のため確認しました」
「何の念だ」
アルベルトが眉間へ皺を寄せる。
副官は手にしていた書類を机へ置いた。
それから、しみじみと上官を見た。
「とうとう」
「何だ」
「とうとう腹を括られましたか」
「その言い方をやめろ」
「おめでとうございます」
「まだ何も決まっていない」
「もう結婚するつもりなんでしょう?」
「……そのつもりだ」
「では決まっています」
「リリアの返事があるだろう」
副官が黙った。
アルベルトも黙った。
二人の間に、微妙な沈黙が落ちる。
「隊長」
「何だ」
「本気で断られる可能性を考えていらっしゃるんですか?」
「当然だ」
「リリア殿ですよ?」
「だから何だ」
「毎日のように隊長へ『大好き』と言っている、あのリリア殿ですよ?」
「知っている」
「隊長が三日間遠征しただけで『アル不足』と言いながら執務室の椅子で寝ていた、あの?」
「……知っている」
「先週、隊長が風邪を引いた時には窓から入って看病しようとして――」
「正門から来いとは言った」
「――寝室へ侵入した、あのリリア殿ですよ?」
「本人は近道だと言っていた」
「侵入です」
「分かっている」
アルベルトの眉間の皺が一本増えた。
副官は確信した。
この男は本気で緊張している。
戦場では敵軍数千を前にしても表情一つ変えず、王宮の重臣相手にも一歩も引かず、暗殺者に寝込みを襲われても手首を掴んで投げ飛ばした男が、恋人への求婚だけは怖いらしい。
それが妙に人間らしくて、副官は笑いそうになった。
「それで、いつ?」
「今度の休日だ」
「場所は?」
「王都北部の丘」
意外な答えだった。
副官は瞬きをする。
「あそこですか」
「ああ」
王都を一望できる、小高い丘。
春になれば白い花が一面に咲き、夕暮れ時には城壁の向こうへ沈んでいく夕日が王都全体を金色に染める。
恋人同士が訪れる場所としては申し分ない。
「ずいぶん王道ですね」
「悪いか」
「いいえ。ただ、隊長にもそういう発想があったのだなと」
「お前は俺を何だと思っている」
「軍務を人の形にしたものかと」
「外周を走りたいらしいな」
「冗談です」
即座に姿勢を正した副官を睨みつけながらも、アルベルトは否定しなかった。
実際、かなり考えたのだ。
リリアは派手なものを喜ぶようでいて、意外とそうでもない。
高価な宝石より、市場で見つけた変な形の菓子を面白がる。
豪華な晩餐より、自分と二人で食べる簡単な食事の方が嬉しいと言う。
だから、人目のない場所で、二人だけできちんと伝えたかった。
自分と家族になってほしい、と。
「指輪は?」
「用意した」
アルベルトが机の引き出しを開ける。
小さな箱を取り出した。
蓋を開けると、繊細な銀細工の指輪が現れる。中央には大粒すぎない紫色の宝石。その周囲を、小さな白い花を模した装飾が囲んでいた。
副官が目を見張る。
「綺麗ですね」
「……そうか」
「リリア殿に似合います」
「そう思って選んだ」
さらりと言ったあと、アルベルトは少しだけ視線を逸らした。
副官は見なかったことにした。
この男はこういうところだけ妙に初心だ。
「では、当日までリリア殿に知られないようにしませんと」
「ああ」
アルベルトは箱を閉じた。
「絶対に知られるな」
「承知しました」
「特に第一大隊の連中には言うな」
「もちろんです」
「絶対だぞ」
「信用ありませんね」
「公開告白の件を忘れたのか」
副官は口を閉じた。
交際開始時、百名以上の隊員の前で、アルベルトは盛大に告白した。
正確には、若い兵士がリリアを休日の外出へ誘ったことに嫉妬し、理性が切れた結果なのだが。
しかも公式記録には今なお残されている。
『十五時四十五分、大隊長、リリア嬢との交際を開始』
「今回は」
アルベルトは低い声で念を押した。
「二人でやる」
「はい」
「軍は関係ない」
「はい」
「第一大隊も関係ない」
「はい」
「これは私事だ」
「仰る通りです」
副官は力強く頷いた。
※
翌朝には第一大隊のほぼ全員が知っていた。
「隊長、結婚するんですか!?」
朝一番執務室へ飛び込んできた若い兵士の第一声を聞き、アルベルトは静かに目を閉じた。
「…………誰から聞いた」
声が低い。
非常に低い。
兵士は固まった。
「え」
「誰から聞いたと訊いている」
「ええと」
視線が泳ぐ。
「食堂で」
「誰が話していた」
「皆です」
「皆とは」
「……皆です」
アルベルトは立ち上がった。
兵士が一歩後退した。
廊下へ出る。
そこにいた兵士たちが一斉に目を逸らした。
「お前たち」
誰も動かない。
「誰から聞いた」
沈黙。
「怒らない」
その一言に兵士たちがざわめいた。
「絶対怒るやつだ」
「怒るよな」
「隊長の『怒らない』は尋問の前置きだろ」
「聞こえているぞ」
全員が黙った。
やがて一人が、おそるおそる手を上げる。
「副官殿が」
アルベルトが振り返った。
少し離れたところにいた副官が目を見開く。
「私!?」
「お前か」
「違います!」
「昨日、この件を知っていたのはお前だけだ」
「待ってください! 私は誰にも――」
「あ」
副官が止まった。
アルベルトの目が細くなる。
「何だ」
「……姉に」
「姉?」
「昨夜、家で少しだけ」
副官の顔から血の気が引いていく。
「姉にだけ話しました」
「なぜ話した」
「嬉しくて」
「お前が嬉しくなってどうする!」
「申し訳ありません!」
「その姉は?」
「第一大隊食堂の料理長の姉です」
沈黙。
すべてが繋がった。
「…………なるほど」
アルベルトは額を押さえた。
情報漏洩経路が完璧である。
軍事機密でなくて本当によかった。
「しかし隊長」
兵士の一人が、勇気を振り絞って口を開く。
「ご安心ください」
「何をだ」
「リリア殿には絶対に言いません!」
その瞬間、周囲の兵士たちも一斉に力強く頷いた。
「当然だ!」
「はい!」
「本人に知られたら全部終わる!」
「はい!」
「今度の休日まで、絶対に口外するな!」
「了解!」
見事な返事だった。
さすが第一大隊、王国屈指の精鋭。
秘密保持も問題ない。
アルベルトはほんの少しだけ安心した。
その十分後。
「おはよー」
リリアが来たことで空気が変わった。
廊下にいた兵士たちが一斉に姿勢を正す。
「?」
リリアが首を傾げた。
「みんな、どうしたの?」
「何でもありません!」
全員の声が揃った。
「そう?」
白銀の髪を揺らしながら、リリアが歩いてくる。
兵士たちの視線が彼女の左手へ集中した。
リリアが止まる。
「…………」
兵士たちも止まる。
「何?」
「何でもありません!」
「さっきも聞いたよ」
リリアの紫の瞳が細くなる。
元暗殺者。
人間の視線、呼吸、筋肉の緊張、嘘をついた瞬間の僅かな変化。
そういうものを読むことに関して、彼女は異常なほど優れている。
「みんな」
にこりと笑った。
「何か隠してる?」
兵士たちの背筋に冷たいものが走った。
「い、いえ!」
「ほんと?」
「はい!」
「じゃあ、なんで全員私の左手見たの?」
終わった。
第一大隊の精鋭たちは思った。
終わった。
「リリア!」
そこへ救いの声が飛んだ。
アルベルトだった。
リリアが振り返る。
「アル」
「来い」
「どこ?」
「執務室だ」
「何するの?」
「何でもいい」
「怪しい」
「いいから来い!」
半ば強引に連れていく。
背後で誰かが呟いた。
「助かった……」
アルベルトの足が止まる。
「聞こえているぞ」
「すみません!」
今は最凶の暗殺者より隊長の方が怖かった。
※
決行当日。
アルベルトは朝から完璧だった。
天候、晴れ。
馬車、手配済み。
丘への道、問題なし。
夕刻の天候も晴天予報。
指輪、内ポケット。
予約していたレストランも確認済み。
軍務、なし。
第一大隊へは厳命している。
『本日、緊急事態以外では絶対に呼ぶな』
完璧だ。
今度こそ二人だけで静かにプロポーズする。
アルベルトは内ポケットの箱を握りしめた。
「アル」
「何だ」
隣を歩いていたリリアが彼を見上げる。
「今日なんか変」
開始三分で見抜かれた。
「何がだ」
「硬い」
「いつも通りだ」
「いつもより硬い」
「何を基準に言っている」
「アル基準」
「意味が分からん」
リリアはじっと彼を見る。
アルベルトは前を向いた。
見られると困る。
緊張している。
―――自分でも認めたくないほど。
「どこ行くの?」
「着けば分かる」
「秘密?」
「ああ」
リリアの顔が明るくなる。
「楽しみ」
その一言だけでアルベルトの緊張が少し和らいだ。
※
夕刻。
二人は王都北部の丘へ着いた。
白い花が一面に咲いている。
風が吹くたび、小さな花弁が波のように揺れた。
眼下には王都。その向こうへ、夕日が沈み始めている。
「わあ……」
リリアが息を呑んだ。
いつも賑やかな彼女がしばらく何も言わなかった。
「綺麗」
「ああ」
アルベルトは景色ではなく、リリアを見ていた。
夕日に照らされた白銀の髪。
紫色の瞳。
楽しそうに細められた目。
初めて会った夜、この女は短剣を持って自分の寝室へ入ってきた。
殺しに来た。
なのに、今は隣にいる。
人生とは本当に分からない。
「リリア」
「ん?」
リリアが振り返る。
今だ。
アルベルトは内ポケットへ手を入れた。
指輪の箱へ触れる。
「俺は―――」
ガサッ。
二人の背後で草が動いた。
アルベルトが止まった。
リリアの目が鋭くなる。
「誰かいる」
「…………」
「三人」
「…………」
「いや、五人」
アルベルトのこめかみに青筋が浮かんだ。
「出てこい」
静かな声だった。
草むらが震える。
「今すぐ出てこい」
さらに低くなる。
「……失礼します」
副官が出てきた。
続いて兵士が四人。
全員、私服だった。
「…………」
「…………」
夕暮れの丘に気まずい沈黙が流れる。
「何をしている」
「見届けに」
「帰れ」
「ですが」
「帰れ」
「隊長の人生最大の――」
「帰れ!!」
鳥が一斉に飛び立った。
兵士たちが走って逃げる。
リリアが腹を抱えて笑った。
「アル、人気者だね」
「違う」
「みんな気になるんだよ」
「俺は気にしてほしくない!」
完全に台無しだった。
アルベルトは額を押さえる。
深く息を吐いた。
もういい。
仕切り直す。
「リリア」
「うん」
彼女へ向き直る。
もう一度、内ポケットへ手を伸ばす。
「でも」
リリアがふと笑った。
「私、こういうの好き」
「……何?」
「アルといると、いつも何か起きるから」
「起こしているのは大抵お前だ」
「最近は第一大隊のみんなもだよ?」
否定できない。
「楽しい」
リリアは王都を眺めた。
「昔はね」
声が少しだけ穏やかになる。
「明日の予定って、殺す人の名前だったの」
アルベルトは黙った。
「次に行く町も、仕事があるから行く場所だった。誰かに会うのも、殺すか、依頼を受けるか、それくらい」
白い花が風に揺れる。
「でも今は」
リリアがアルベルトを見る。
「明日アルに会えるとか。今度一緒に何食べるとか。第一大隊のみんなと遊ぶとか」
「遊び場ではない」
「訓練する、とか」
「それならいい」
「アルと喧嘩するとか」
「それは予定に入れるな」
リリアが笑う。
その笑顔を見て、アルベルトも僅かに口元を緩めた。
「そういう明日が」
リリアは続ける。
「いっぱいあるの、好きだよ」
アルベルトは内ポケットから手を出した。
小さな箱を握っている。
「なら」
リリアの前に立つ。
「その明日を」
箱を開ける。
紫色の宝石が夕日を受けて輝いた。
リリアの瞳が大きくなる。
「これから先も、俺と過ごしてくれ」
アルベルトは真っ直ぐ彼女を見る。
「リリア・―――」
一瞬、言葉を止めた。
そして。
「リリア」
名前だけを呼んだ。
「俺と結婚してほしい」
リリアは指輪を見た。
アルベルトを見た。
もう一度、指輪を見た。
「…………」
黙っている。
アルベルトの心臓が、戦場でも経験したことのない勢いで鳴り始めた。
「リリア?」
「…………」
「おい」
「…………」
「何か言え」
「アル」
「何だ」
「私」
一拍置いて、こてんと首を傾げた。
「もう結婚してるつもりだった」
「…………何?」
アルベルトの思考が停止した。
「だって、ほぼ毎日一緒にいるし」
「待て」
「アルの家に着替えあるし」
「待て」
「ご飯も食べるし」
「待て」
「この前アルの靴下も畳んだ」
「それで結婚したことにはならん!」
「違うの?」
「違う!」
リリアは本気で驚いた顔をした。
「じゃあ今まで何だったの?」
「恋人だ!」
「長いね」
「何がだ!」
「恋人期間」
「普通だ!」
先ほどまでの感動的な空気は完全に消滅した。
アルベルトは頭を抱えたくなった。
「それで」
なんとか気を取り直す。
「返事は」
「あ」
リリアが笑った。
「する!」
「何をだ」
「結婚!」
「…………」
「アルと結婚する!」
次の瞬間、リリアが飛びついてきた。
アルベルトは反射的に抱き止める。
「アル、大好き!」
「ああ」
「結婚する!」
「ああ」
「毎日一緒?」
「ああ」
「毎日アルのご飯食べていい?」
「作るのは俺なのか?」
「私も作るよ」
焦げた焼き菓子を思い出した。
「……料理は練習してからにしろ」
「失礼だなあ」
リリアが頬を膨らませる。
それでも腕は彼の首から離れない。
アルベルトは小さく息を吐き彼女の左手を取った。
指輪を嵌める。
驚くほど似合っていた。
「綺麗」
リリアが指輪を光へ翳す。
「ああ」
「私?」
「指輪だ」
「アル」
「……お前もだ」
満足したらしいリリアが笑う。
その笑顔にアルベルトは思う。
これならまあ、悪くない人生になるだろう。
騒がしくても、予定通りにいかなくても、この女となら。
その時だった。
「おめでとうございまーす!!」
丘の下から大歓声が響いた。
「…………」
アルベルトがゆっくり振り返る。
草むら。
木の陰。
岩の裏。
そこから第一大隊の兵士たちが、出るわ、出るわ、出るわ。次々と湧き出てくる。
「おめでとうございます、隊長!」
「リリア殿!」
「よかったー!」
「断られたらどうしようかと!」
「絶対ないだろ!」
十人。
二十人。
三十人。
「…………」
まだ出る。
五十人。
「…………おい」
アルベルトの声が震えた。
副官が花束を持って現れる。
「おめでとうございます!」
「お前」
「はい!」
「五人ではなかったのか」
「先ほどは先遣隊です!」
「先遣隊」
「はい!」
副官は誇らしげだった。
「総勢八十七名で参りました!」
「なぜだ!!」
夕暮れの丘に第一大隊長の怒声が響き渡った。
「だって隊長のプロポーズですよ!?」
「軍務ではない!」
「一大事です!」
「私事だ!」
「我々にとっても一大事です!」
「帰れ!」
「記念撮影だけ!」
「帰れ!!」
「アル」
リリアが袖を引く。
「何だ!」
「写真撮りたい」
「…………」
アルベルトが止まった。
「みんなで」
紫色の瞳で見上げられる。
「駄目?」
「…………」
八十七人の兵士が一斉にアルベルトを見る。
「…………一枚だけだ」
「やった!」
「隊長ありがとうございます!」
「整列!」
「写真係どこだ!」
「前列座れ!」
「リリア殿、真ん中へ!」
「隊長もっと寄って!」
「うるさい!」
結局、一枚では終わらなかった。
十五枚撮った。
うち三枚はリリアがアルベルトへ抱きつき、二枚は頬へキスをし、一枚は、それを見た第一大隊全員が爆笑している。
※
後日。その写真は第一大隊本部の食堂へ飾られた。
アルベルトは三度撤去を命じた。
三度とも翌日には戻っていた。
四度目。彼は諦めた。
※
数か月後、アルベルト・クロフォードとリリアは正式に夫婦となった。
規律を愛する王国軍第一大隊長と、規則という概念を現在も勉強中の元最凶暗殺者。
結婚生活が平穏に進むはずもない。
やがて妻は家出し、夫は軍を動かし、王都は封鎖され、国王が頭を抱える。
プロポーズ翌日の第一大隊公式記録にはこう残されている。
『十七時三十二分。
第一大隊長アルベルト・クロフォード、リリア嬢へ求婚。
十七時三十三分。
リリア嬢、承諾。
十七時三十四分。
抱擁。
十七時三十五分。
接吻―――』
「待て」
翌朝、記録を読んでいたアルベルトの眉間に、深い皺が刻まれた。
向かいに立つ記録係が震える。
「はい」
「なぜここまで記録した」
「歴史的瞬間かと」
「軍務記録だぞ」
「はい」
「俺の接吻時刻は軍務か?」
「…………」
記録係は考えた。
「第一大隊的には?」
「外周二十周」
「隊長!」
「今すぐ行け」
「横暴です!」
記録係が泣きながら出ていく。
「アルー!」
入れ替わるようにリリアが執務室へ入ってきた。
左手には昨日の指輪。
朝の光を受けて、紫色の宝石がきらきらと輝いている。
「見て」
「昨日見た」
「今日も綺麗」
「そうだな」
「アル」
「何だ」
「結婚するんだね、私たち」
あまりにも嬉しそうに言うので、アルベルトは怒る気を失った。
「ああ」
「楽しみ」
机の前まで来たリリアが笑う。
「毎日楽しそう」
「…………」
アルベルトは少し考えた。
おそらく楽しいだろう。
ただし。
「一つだけ約束しろ」
「何?」
「何か不満があっても家出はするな」
「分かった」
「本当だな」
「うん!」
リリアは満面の笑みで頷いた。
数か月後、彼女は家出した。
そして王都は封鎖された。
―――この時のアルベルトはまだ知らない。
結婚相手として選んだ女が世界一愛しい妻になると同時に、王国軍第一大隊史上、最も頻繁に緊急事態を発生させる存在になることを。
もっともそれを知ったところで彼が別の未来を選ぶことは、おそらくなかった。
愛情は深い。
被害規模は国家級。
王国史上もっとも騒がしい夫婦の結婚生活はこうして、正式に始まろうとしていた。




