第74話 狂乱の聖女は、伝説のエロ同人作家を救いたい ~悪意しか聞こえない私に、“推し”ができました~
暗闇だった。
上下も、
左右も、
距離感すら曖昧な闇。
そこにだけ、
舞台のスポットライトみたいな白い光が落ちている。
机。
椅子。
そして、
“それ”は座っていた。
「ふーん」
軽い声だった。
「つまり君たち、
世界救ったあとに国から処分されそうになったんだ?」
頬杖をついた“猿”が言う。
いや。
正確には猿ではない。
頭だけが猿。
首から下は、
仏像みたいに滑らかな中性的肉体。
上半身は裸。
腰から下は、
黒い僧衣のような長布。
素足。
そして。
五本の腕。
左右二本ずつ。
さらに背中側から一本。
それぞれが、
別々の意思を持つみたいに動いていた。
そして何より異様なのは――後ろ。
棚。
そこには。
無数の“首”が並んでいた。
男。
女。
老人。
子供。
亜人。
ヒューマン。
整然と並ぶ生首たち。
なのに。
誰も苦しそうじゃない。
むしろ、
静かだった。
図書館みたいに。
「なんかさぁ」
猿頭の超越者は、
椅子をくるりと回した。
「アニメであったよね」
「魔法少女が搾取されるやつ」
「願い叶えて、
戦わせて、
最後は使い捨て」
にやり。
「君たちそっくり」
光の中に立つ二人。
一人は、
白い法衣の少女。
青い髪。
大きな丸眼鏡。
泥と血にまみれていても、
隠しきれない神秘的美貌。
聖女――リカルダ・ゲッテル。
後の月戸律子。
そしてもう一人。
長身の女剣士。
長い黒髪。
鋭い目。
全身に傷。
銀鎧。
腰の剣。
立っているだけで、
猛獣みたいな威圧感があった。
“剣聖”セシル・ゲッテル。
二人とも、
ボロボロだった。
世界を救い。
その世界から追われていた。
「……アニメというものは知らない」
セシルが低く言う。
「だが、
利用するだけ利用して、
不要になれば投獄」
ぎり、と拳を握る。
「それは事実だ」
俯いたまま、
リカルダが呟く。
「このままじゃ……
私たち、
死ぬまで追われる」
「へぇ」
猿は興味深そうに首を傾けた。
「で?」
「どうしたいの?」
沈黙。
やがて。
「……呪いを解いてほしい」
リカルダが震える声で言う。
「それと」
「どこか、
安全な場所へ行きたい」
猿は、
しばらく黙っていた。
そして。
「あのさぁ」
笑う。
「勘違いしないでほしいんだけど」
「僕、
神でも悪魔でもないからね?」
その瞬間。
棚の首たちが。
一斉に、
こちらを向いた。
「っ――」
空気が凍る。
笑っていた。
全部。
男も。
女も。
子供も。
老人も。
ぞわり。
本能が警鐘を鳴らす。
――人間じゃない。
「もちろんタダじゃない」
猿は平然と言う。
「対価はもらうよ」
リカルダが唾を呑む。
「……何が欲しいの?」
「うーん」
首を傾げる。
「首かな」
「なら私を使え」
即答したのはセシルだった。
殺気。
一瞬で空気が裂ける。
「姉さん!」
「リカルダに触るな」
セシルの瞳だけが、
獣みたいに光っていた。
「私が残ればいい」
「嫌よ!」
リカルダが叫ぶ。
「私がなる!」
「姉さんだけは駄目!」
「はいストップ」
五本の手が、
ぱんぱんっと拍手した。
「なんでそうなるの?」
「……え?」
「いやだから」
猿は呆れた顔をする。
「嫌々、首になる人とかいないから」
「…………は?」
「むしろ人気だよ?」
「…………は?」
綺麗にハモった。
猿は立ち上がる。
棚へ歩く。
「この人は詩人」
老人の首を撫でる。
「この子は動物研究オタク」
「この人は旅行狂」
「この人なんか、
B級グルメ巡りのために来た」
首たちが、
楽しそうに笑っている。
「みんなさぁ」
「寿命あるじゃん?」
「身体一つしかないじゃん?」
「でも知りたいんだよ」
「世界を」
「文化を」
「芸術を」
「物語を」
猿は振り返る。
その目だけ、
妙に真剣だった。
「だから繋がる」
「情報を共有する」
「探究を続ける」
「方向性は違っても、
全員“同好の士”なんだ」
「文明が滅びても、
文化だけは残すべきだからね」
「漫画とか特に」
真顔だった。
「人類、
あれで感情保存してるから」
「…………」
「百目とか盲とか、
ああいう趣味悪い連中と一緒にしないでほしいなぁ」
セシルが眉をひそめる。
「……お前は何者だ」
「生首」
即答。
「超越者」
「肩書きなんてそんなもんでしょ?」
ごとり。
猿の首が外れた。
「っ!?」
代わりに。
棚から、
年配女性の首を取る。
かちり。
接続。
「よし」
今度は優しい女性の声。
「ちょっと診るね」
五本の手が、
リカルダの額へ触れる。
金色の光。
「あー……」
「なるほど」
「悪意しか受け取れない呪いか」
「しかも増幅式」
「性格悪いなぁ」
リカルダが縋る。
「……解ける?」
「無理」
即答だった。
「これ掛けたの、
“呪いの悪魔”でしょ?」
「構造がいやらしい」
「直接殺さない」
「でも永遠に精神削る」
「しかも解呪耐性付き」
リカルダの顔が青ざめる。
「……そんな」
「でも」
生首は笑った。
「聞こえなくすることはできるよ?」
リカルダが顔を上げる。
「ほんとうに……?」
「うん」
「ただし条件付き」
再び、
五本の手が光る。
その瞬間。
「――あれ?」
生首の目が見開かれた。
「なにこれ」
「えっ」
「ちょっと待って」
興奮した声。
「うわ、本物じゃん」
「……?」
「あのさ」
生首が真顔になる。
「漫画って知ってる?」
「まん……が?」
「うわそこからかぁ……」
頭を抱える超越者。
「いい?」
「漫画はね」
「人類最高の文化なんだよ」
熱量が急におかしくなった。
「感情!」
「思想!」
「欲望!」
「性癖!」
「人生!」
「全部入ってる!」
ばんっ!!
机に薄い本が置かれる。
「これは」
「伝説の同人誌」
「歴史的資料」
「文化遺産」
セシルが真顔で言う。
「いや艶本では?」
「違う」
即答だった。
「芸術だ」
真顔だった。
「今、
一人の天才が筆を折ろうとしている」
「このままでは人類の損失」
「世界の損失」
「文明レベルで損失」
「いや盛りすぎでは?」
セシルが普通に引いていた。
だが生首は止まらない。
「彼を」
「もう一度描かせてほしい」
「それが条件」
リカルダは、
同人誌を見下ろす。
そこに書かれた名前を見る。
その瞬間。
なぜか。
胸が少しだけ高鳴った。
知らないはずなのに。
「……この人を?」
「うん」
「才能ある人間が、
世界に絶望して消えるの嫌なんだよね」
生首は笑う。
「もったいないじゃん」
リカルダは静かに頷く。
「やる」
「必要なら、
身体を使ってでも籠絡する」
「おお」
生首が感心する。
「覚悟決まってるねぇ」
そして。
差し出されたのは、
分厚い丸眼鏡。
牛乳瓶の底みたいなレンズ。
「これを掛けてれば、
悪意は届かない」
リカルダが、
震える手で受け取る。
その時だった。
『どうせ利用価値だけだ』
『気持ち悪い女』
『早く死ねばいいのに』
頭の中を埋め尽くしていた声が。
――消えた。
静寂。
人生で初めての静寂。
「あ……」
涙が零れる。
「あ……ぁ……」
崩れるように泣き出すリカルダ。
セシルが、
そっと妹を抱き寄せた。
生首は、
そんな二人を静かに見ていた。
「それと」
にやり。
「彼とは、
そのうち会わせてあげる」
「安心して」
「君、
たぶん彼のこと大好きになるから」
その時。
リカルダはまだ知らなかった。
自分がこれから。
妄想と現実の境界を壊しながら。
一人の男に、
救われていくことを。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
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