表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
72/80

第72話 狂乱の聖女は、今日も弟をストーキングしている。――未来視の元聖女は、合鍵ひとつで堕ちました――ー

 夕暮れだった。


 オレンジ色に染まる住宅街。

 古びた電柱の陰。


 そこに、

 一人の少女が潜んでいた。


「ぐふふふふ……先生、今日も素敵……」


 ねっとり。


 あまりにも粘度の高い声だった。


 視線の先には、

 マンションへ入っていく青年。


 成川和人。


 その後ろ姿を、

 少女は頬を赤らめながら見つめている。


 青いセミロング。

 ブレザー姿。

 チェックのスカート。


 胸は大きい。

 お尻も大きい。

 脚は長い。


 スタイルだけなら、

 モデルみたいだった。


 だが。


 挙動が終わっていた。


「今日は少し疲れてますねぇ……」

「でも、そういう陰りのある表情も最高で……」

「ぐふふふふ……」


 完全に通報案件だった。


 しかし。


 和人がマンションへ入るまで、

 少女は決して敷地の中へ踏み込もうとはしなかった。


 嫌がることだけはしたくない。


 それだけは、

 壊れた今でも守っていた。


「……君、何してるの?」


 背後から声。


「ひゃああっ!?」


 少女が飛び上がった。


 振り返る。


 そこには、

 成川正人が立っていた。


「あっ……」


 一瞬で顔面蒼白。


「ち、違うんです!!」

「これは決してストーカーとかではなく!!」

「えっと……その……遠距離からの健康観察というか!!」


 意味不明だった。


「ご、ごめんなさい……」

「生まれてごめんなさい……」


 ぺこぺこ頭を下げる。


 完全に不審者。


 だが。


 正人は普通に片手を上げた。


「久しぶり、律子ちゃん」


 少女が固まる。


「……え?」


「元気してた?」


 その瞬間。


 ぱあっ――と、

 花が咲いたみたいに顔が明るくなった。


「あっ……正人さん……!」


 嬉しそうだった。


 本当に。


 信じられないくらい。


 その顔を見て、

 正人は少しだけ胸が痛くなる。


 律子は、

 人の悪意しか受け取れない。


 呪いによって、

 世界から“善意”を失った少女だ。


 だから。


 自分へ向けられる害意ではない感情に、

 今でも慣れていない。


「君を見込んで、お願いがあるんだ」


「ほぇっ!? わ、私ですか!?」


 盛大にきょどる律子。




 数十分後。


 成川家。


 リビングには、

 妙な緊張感が漂っていた。


 ソファに座るジャック。


 その隣にエリュアール。


 そして。


 正人の隣には刹那。


 その真正面に、

 月戸律子つきど りつこが座っている。


「……どっかで見た気がする」


 エリュアールが首を傾げる。


 一方。


 刹那は露骨に不機嫌だった。


「で?」

「誰、この子」


 視線が鋭い。


 完全に敵認定している。


「大丈夫だよ」

「律子ちゃんは弟の知り合いで――」


 正人が紹介しようとした。


 しかし。


 律子の脳内では変換されていた。


『弟の最愛の恋人で――』


『ぜひ家族として紹介したくてね』


「そ、そんな……♡」


 頬を押さえて身をよじる律子。


「お義兄さん、気が早すぎますぅ……♡」

「まだ恋人なんですから……♡」


「ぐふふふふ……」


 危険だった。


 色々と危険だった。


 刹那のこめかみに、

 ぴくりと青筋が浮かぶ。


「……なにこの子」


「お義兄さんの隣の方が彼女さんですか?」


「うん」


「わぁ……」


 律子が刹那を見つめる。


「フィギュアみたい……」

「すっごく綺麗……」


 その視線に。


 刹那はぞくりとした。


 見透かされている。


 そんな感覚。


「……あんた、何者?」


 低い声。


 すると律子は、

 視線を下へ向けた。


 刹那の膝の上。


 白いチワワ――マルス。


 ハッ、ハッ、と舌を出している。


「まあ」


 律子が微笑む。


「ワンちゃん、首が三つあるんですね」


 沈黙。


 空気が凍った。


「…………は?」


 刹那。


 ジャック。


 エリュアール。


 三人同時に固まる。


 マルスは、

 何事もなかったみたいに尻尾を振っていた。


「あーーーーーーッ!!」


 突然、

 エリュアールが叫んだ。


「思い出した!!」


 律子を指差す。


「あんた!!」

「リカルダ・ゲッテル!!」


「狂乱の聖女!!」


 律子は困ったように笑った。


「ふふ」

「今は月戸つきど 律子りつこですよ」


「元聖女です」

「ただの高校生です」


 絶対ただじゃない。


「で?」

「その元聖女様に何の用?」


 刹那が腕を組む。


 正人は、

 静かに律子を見た。


「アルケミストを探したいんだ」


 その瞬間。


 律子の笑顔が止まる。


「……」


 沈黙。


「すみません」

「そのお願いは……」


 俯く。


「力を使うのは……怖いんです」


 空気が静かになる。


「故郷を失いましたから」


 ぽつり。


 小さな声だった。


 未来視。

 遠隔視。

 聖女の奇跡。


 その力のせいで、

 彼女は壊れた。


 悪意だけが流れ込む世界。


 脳は耐えきれず、

 “優しい恋人”の幻覚を作った。


 それが、

 成川和人そっくりだった。


「……そっか」


 正人は、

 責めなかった。


 だから律子は、

 少しだけ救われた顔をする。


 そして。


 正人は一枚の写真を取り出した。


「じゃあこれは?」


 ぺらり。


 プールサイド。


 小学生時代の和人。


 笑顔。


 健康的。


 破壊力抜群。


「ぶっ!!!!」


 律子の鼻血が噴射した。


「こ、これは……!!」


 鼻を押さえる。


 だが止まらない。


「残念だなぁ」

「この写真、あげようと思ったんだけど」


「えっ」


 律子の瞳が揺れる。


 その瞬間。


 刹那。

 ジャック。

 エリュアール。


 三人が同時に確信した。


(((いける)))


 さらに。


 正人が、

 静かに鍵を置いた。


「そういえば僕、よく落とし物するんだ」


 ちゃり。


「たぶんこのあと、マンション前で落とすと思う」


 律子の視線が止まる。


「和人の部屋の合鍵」


 沈黙。



 額から汗が流れる。


「し、仕方ないですよね……」


 声が震える。


「お義兄さんの頼みですし……」


「家族の頼みですし……」


「と、特別ですからね……?」


((((堕ちた))))


 全員が確信した。


 しばらくして。


 律子は、

 そっと眼鏡を外した。


 息を呑む。


 そこにいたのは、

 絶世の美少女だった。


 聖女。


 まさに、

 その言葉そのもの。


 律子は、

 正人と刹那の手を取る。


 足元に魔法陣。


 金色の光。


 未来視。


 遠隔視。


 祝福と呪い。


 律子の瞳が黄金に染まる。


「……わかりました」


「何が?」


 刹那が問う。


「近いうちに」

「向こうから接触してきます」


「雨の日です」


 沈黙。


「アルケミストの居場所は……」


 律子は、

 まっすぐ刹那を見た。


「本人が教えてくれます」


 意味深な沈黙。


「あなたは」

「選ぶことになります」


「どちらかを」


 そこで。


 律子の言葉が止まった。


 まるで。


 “その先”を見てしまったみたいに。


 刹那の表情が曇る。


 だが律子は、

 すぐいつもの笑顔へ戻った。


「あ、あの……」


「写真は……?」


 上目遣い。


「もらえますよね……?」


 正人は苦笑する。


「もちろん」

「サービスするよ」


「はぅっ♡」


 月戸律子。


 狂乱の聖女。


 壊れてしまった未来視の少女。


 そして。


 成川和人を愛しすぎた女。


 ――彼女の物語は、

 また別の話である。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これまた濃ゆい子がw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ