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第71話 聖女だった初恋の人にそっくりな危険すぎる少女と同棲したら、うちのチワワが魔境最強でした。

 夢を見た。


 晴れの日だった。


 青空。


 白い雲。


 夏の風。


 高校の屋上。


 フェンス越しに見える街並みが、やけに遠かった。


 その中心に――彼女はいた。


 鵺野常夜ぬえの・とこよ


 学校中の誰もが知っている。


 成績優秀。


 容姿端麗。


 男女問わず人気者。


 まるで物語の中から出てきたみたいな、“高校の聖女様”。


 その彼女が、今、俺の目の前に立っていた。


「君さ、成川正人君だよね」


 ブレザー姿。


 両手を後ろに組み、

 少しだけ首を傾げながら微笑む。


 風に黒髪が揺れる。


 その仕草ひとつで、

 男子生徒の寿命が縮むレベルだった。


「え……あ、うん……」


 声が裏返る。


 仕方ないだろ。


 だって近い。


 近すぎる。


 しかも彼女は、

 俺の周囲をゆっくり歩きながら、

 まるで商品を品定めするみたいに見てくる。


 いや怖い怖い怖い。


 でもかわいい。


 否。


 美しい。


 日本人形がそのまま人間になったみたいだった。


「あのさ」

 常夜は、

 にこりと笑う。


「今、付き合ってる人いる?」


 ――反則だ。


 その笑顔は。


 優しそうで。


 柔らかそうで。


 なのに、どこか底が見えない。


 悪魔的だった。


「い、いや……いないけど……」


「そっか」

 ぱっと手を挙げる常夜。


「じゃあ彼女に立候補します」


「…………は?」


「他に立候補者いるのかな?」


「い、いや……いない……と思う……多分これからも」


「じゃあ当選決定だね」


 即決だった。


 民主主義が死んだ。


 押し切られた。


 でも。


 なぜだろう。


 彼女の笑顔を見ていると、

 断るという発想そのものが消えていく。



 そんな感覚があった。

 


 ――そこで夢は終わった。

 


 目を開ける。


 視界いっぱいに飛び込んできたのは、

 常夜ではなく――刹那だった。


「おはよう」

 ベッドの横で、腰に手を当てている。


 長い黒髪。


 整った顔立ち。


 驚くほど常夜に似ている。


 けれど。


 雰囲気はまるで違った。


 常夜が“静かな毒”なら、

 刹那は“触れたら燃える炎”だ。


「おはようじゃないわよ」


 呆れた顔。


「もう昼過ぎ」


「えっ」


「会社には休むって連絡しといたから」


「面影先生が診断書も作ってくれてるし」


「あ、うん……ありがとう」


 すると刹那は、

 ふんっと鼻を鳴らして部屋を出ていく。


 その背中を見送りながら、

 俺は頭を押さえた。


 ……なんで常夜の夢なんて見たんだ。


 しかも、妙にリアルだった。

 

 リビングへ向かう。


 ソースの匂いが漂っていた。


 焼きそばだ。


 昨日まで血の臭いの中にいたとは思えない。


 なのに、この部屋には、

 奇妙なくらい平穏な空気が流れていた。


「お、起きたか」

 ソファで缶ビールを飲みながら、

 ジャックが片手を上げる。


 猫獣人。


 無精ひげ。


 鋭い目つき。


 タンクトップ姿。


 完全にダメなおっさんなのに、

 なぜか妙に頼りになる。


「もう大丈夫なのかよ」


「うん。面影先生のおかげで」


 肩を回す。


 確かにもう痛みはほとんどない。


「俺はしばらく休みたいぜ……」


 ジャックが煙草を取り出した瞬間。


「ベランダか換気扇の下で吸って」


 即座に刹那。


「…………」


 ジャックがゆっくり俺を見る。


「いいのか? 正人」


「え?」


「ここ、お前の家だぞ?」


「なのに」


「こいつが仕切ってる」


「おかしいだろ」

 めちゃくちゃ正論だった。


「ここはね、もう私の家なの」

 刹那が当然みたいに言う。


「う、うーん……」

 困る。


 否定すると怒る。


 肯定すると、

 俺の家庭内主導権が死ぬ。


「はぁ……」

 ジャックが目を押さえる。


「こういう時はビシッと言うもんなんだが……」


 一拍。


「お前には無理か」


「お前と和人はそういうタイプじゃねえな」


 その名前に、

 俺の肩がぴくりと揺れる。


 刹那がちらりと俺を見る。


 でも何も言わなかった。

 


 テーブルにつく。


 正人。


 刹那。


 ジャック。


 エリュアール。


 四人で焼きそばを囲む。


 妙な光景だった。


「しかし参ったわね」


 刹那が箸を動かしながら言う。


「手がかり、全部消えたじゃない」


「もうやめない?」

 エリュアールが露骨に嫌そうな顔をする。


「今さら無理だろ」

 ジャックがビールをあおる。


「相手のアジト襲撃しといて、『やっぱやめます』は通らねえよ」


「ところでこれ、ネギ抜いてくれてるよな?」


「そんなことしないわよ」


 即答だった。


「自分で抜きなさい」


「子供じゃないんだから」


「俺、猫だぞ!? ネギ食えねえだろ!」


「あんたこの前ラーメン食べてたじゃない」


「ネギ抜きしてもらった」


「うるさいわね」


 刹那は膝の上の白いもふもふを撫でる。


「マルスと交換できないのかしら」



 ハッ、ハッ、ハッ。


 白いもふもふ――マルス。


 その瞬間。


 エリュアールが、

 焼きそばを盛大に吹き出した。


「げほっ、ごほっ!!」


 顔面蒼白。


 まるで、

  “核兵器を膝に乗せてる人間”を見る目だった。


 全力で首を横に振る。


 俺は苦笑した。


「マルスは母さんのペットだから……」


「お前もか!!」


 ジャックが机を叩く。


「絶対俺のほうがキュートだろ!」


「あんた禿げてるじゃない」

 刹那が即答する。


「ヴィン・ディーゼルだって禿げてるだろ!」


「顔が違うのよ」


「差別だ!!」

 

 騒がしい。


 でも。


 少しだけ、

 安心している自分がいた。


 「あのさ……」

 正人が口を開く。


「さっきの話なんだけど、なんとかなるかもしれない」


「マルスと交換できるの!?」

 刹那の顔がぱっと明るくなる。


「いや、そっちじゃないよ」


「そう」

 露骨につまらなさそうな顔。


「じゃあ何?」


 正人は箸を置いた。


 その瞬間。


 食卓の空気が少しだけ変わる。


「……手がかりなら、見つかるかもしれない」


 ジャックが、

 露骨に嫌そうな顔をした。


「おいおい……」

 額を押さえる。


「まさか、あいつに会いに行く気か?」


 正人は、

 小さく頷いた。


「ねっ」


「あー……」

 ジャックが深々とため息を吐く。


「あいつ、絶対嫌がると思うぜ……」




☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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