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第7話 彼女とデートのはずが、元仇のカフェを襲撃することになった。

翌朝。


 窓から差し込む朝日が、食卓をやわらかく照らしていた。


 パン。


 目玉焼き。


 サラダ。


 淹れたてのコーヒー。


 ごく普通の朝食。


 昨夜、悪夢にうなされていた女と、それを抱き寄せた男の朝とは思えないほど穏やかな光景だった。


 正人はマグカップを手に取り、コーヒーをひとくち飲む。


「昨日、うなされてたよな……大丈夫?」


 向かい側に座る刹那は、トーストへバターを塗る手を止めた。


「ええ……大丈夫よ」


 そう答えて、少しだけ視線を伏せる。


 沈黙。


 やがて彼女は、小さく息を吐いた。


「……本当のことを言うわ」


「夢に出たの。あの時のことが」


 その声は、いつもの勝ち気な響きを失っていた。


 正人は余計なことを聞かず、ただ静かにうなずく。


「そっか」


「話したくなったら、教えてよ」


 それだけだった。


 責めない。


 詮索しない。


 無理に優しくもしない。


 ただ、そこにいてくれる。


 その言葉が嬉しい。


 ――同時に、悔しい。


 こんなふうに救われる自分が。


 自分は強くあらねばならない。


 奪われたものを取り返すために。


 そう思っていたのに。


 刹那は感情を押し込み、いつもの笑顔を作った。


「今日は、デートしたいわ」


「……デート?」


 正人が目を瞬かせる。


「いいけど、外に出られるの?」


「ええ」


 刹那はにっこり笑った。


「あなたのポケットの中に入るわ」


「……その言い方、ちょっと危ないな」


「細かい男は嫌われるわよ」


 そう言って、メモ用紙に住所を書き殴る。


「ここに行ってほしいの」


 正人は受け取って眉をひそめた。


「……ここは?」


「売店よ」


 その笑みを見た瞬間、正人は理解した。


 絶対に普通の売店ではない。



    ◇


 午前十時過ぎ――繁華街・雑居ビル地下二階


 刹那を小さなフィギュア姿に戻し、パーカーの腹ポケットへ忍ばせる。


 電車を乗り継ぎ、たどり着いたのは繁華街の古びた雑居ビル。


 地下二階。


 薄暗い通路。


 蛍光灯は点滅し、すれ違う人影もない。


 奥へ進むと、ぽつんと狭いブースがあった。


 まるで駅のキオスクを、そのまま地下へ埋め込んだような小さな売店。


 客はいない。


 店員もいない。


「……ここ?」


 正人が小声で訊く。


 ポケットの中から刹那の声。


「ええ。私を置いて」


 指示通りカウンター前へフィギュア姿の刹那を置く。


 次の瞬間。


 閃光。


 白い光が弾け、そこには等身大の刹那が立っていた。


 制服の裾を整え、何事もなかったように売店へ近づく。


 その時。


 影が揺れた。


 カウンター奥の闇から現れたのは、狼の顔をした獣人。


 白いシャツ。


 咥え煙草。


 人間じみた呆れ顔。


「おい……お前、死んだんじゃなかったのか」


「戻ってきたのよ」


 刹那は鼻で笑う。


「地獄からね」


「五年ぶりか」


 狼男は肩をすくめ、顎で正人を指した。


「で、あいつは?」


「ええ。私の旦那」


「はぁ!?」


 狼男が煙草を落としかけた。


「お前をもらう勇者がこの世にいたのかよ!」


「すごいわね、正人」


「褒められてる気がしないんだけど……」


 正人は小さく呟く。


「無駄話はいいわ」


 刹那がカウンターを指で叩いた。


「新聞、売って」


 狼男の目つきが変わる。


「何を知りたい?」


「美鈴の居場所」


「……厄介だな」


 口元が吊り上がる。


「なら高いぜ。三本だ」


「一本でしょ。欲しい情報は一つなんだから」


「嫌なら帰れ」


「……はぁ」


 刹那が肩を落とす。


「振り込むわ」


 宙にモニターが浮かび、赤い文字が走る。


 決済完了


「毎度」


 狼男は新聞を差し出した。


「三ページ目だ」


 正人の前で広げられた新聞には、理解不能な記事が並んでいた。


 十年ぶりに『骨の扉』開門か


 マルスが牙を剥く 惨劇発生


 邪法使い暗躍


 アルケミスト、地獄門再起動計画との噂


 その下に、小さな記事。


 美鈴、引退後に都内某所でカフェ経営。四周年記念イベント開催予定


 刹那の口元が歪む。


「……見つけた」


 新聞の住所を指で叩く。


「ここに行くわ」



    ◇


 午後二時過ぎ――裏路地のカフェ


 人通りの少ない裏路地。


 雑居ビル三階。


 ドアプレートには《準備中》。


 正人は店内へ入り、刹那の指示通り四隅へ護符を貼る。


 そして一人、外へ出た。


 店内。


「ごめん、今から中休みなんだ……」


 奥から女が顔を出す。


 長い黒髪。


 口元の泣きぼくろ。


 穏やかな微笑み。


 美鈴。


 彼女は刹那を見るなり、一瞬だけ目を見開いた。


 だがすぐに表情を戻す。


「ふーん……帰ってこれたんだ」


「しかも、正気のままで」


「正気じゃないわ」


 刹那が刀を抜く。


「気が狂いそうだった」


「あなたにも同じ苦しみを味わわせてやれないのが残念」


 美鈴はため息をつく。


「まだ恨んでるの?」


「仕事だったのよ」



「恨まないわけないでしょう」


 刹那の瞳が凍る。


「教えなさい」


「アルケミストの居場所」


「鍵はどこ?」


 美鈴は首を振った。


「知らないわ」


「知っていても言えない」


 その右手は背中で包丁を握っていた。


 次の瞬間。


 銀閃。


 包丁が刹那の眉間へ飛ぶ。


 刹那は首を傾けて回避。


 同時に、美鈴の手に青龍刀が現れる。


 どこからともなく引き抜かれた巨刃が、真横から薙ぎ払われた。


 ガキィン!!


 日本刀が受け止める。


 火花が散る。


「今度は確実に殺す!」


 美鈴の形相が変わる。


 刹那は笑った。


「……腕、鈍ったわね」



    ◇



 ビルの外


 正人は路地裏で一人、そわそわと待っていた。


 上階から鈍い衝撃音。


 何かが壊れる音。


 叫び声。



 その時。


 ガシャン!


 窓ガラスが砕け散った。


 次の瞬間。


 ドゴン!!


 近くに停めてあった車のルーフが大きくへしゃげる。


 防犯ブザーがけたたましく鳴り響いた。


 その上に、女が落ちていた。


 腹部には日本刀が深々と刺さっている。


 美鈴だった。


 正人が息を呑む。


 続けて三階の窓から、刹那が飛び降りる。


 軽やかに車の屋根へ着地。


 無表情のまま、美鈴の腹から刀を引き抜く。


 鮮血が飛ぶ。


 そして、そのまま正人へ駆け寄った。


「行くわよ」


「え、ええ!?」


 正人の手首を掴み、その場から全力で走り出す。


 背後では車の警報音が鳴り続ける。


 刹那の横顔は、ひどく美しかった。


 そして――


 ひどく、恐ろしかった。





☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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