第6話 うなされた彼女が抱きついてくるんだが
かつては豪奢だったのだろう。
高い天井。
崩れかけた柱。
割れたシャンデリア。
赤い絨毯は色褪せ、壁には焼け焦げた痕が残る。
滅びた館の中央で、二つの影が火花を散らしていた。
甲高い金属音。
刃と刃がぶつかり合う。
一人は、黒髪の少女。
セーラー服をまとい、日本刀を握る。
篝月刹那。
鋭く、しなやかに。
まるで月光そのもののような斬撃で間合いを裂く。
対するは、長い黒髪の美女。
口元に泣きぼくろ。
一見すれば穏やかで上品な女性。
だが、その瞳には温度がなかった。
黒い戦闘服に身を包み、巨大な青龍刀を軽々と振るう。
美鈴。
鈍重に見える大剣筋は、信じられないほど速い。
日本刀と青龍刀が激突し、火花が弾けた。
「ねえ、美鈴……」
刹那が薄く笑う。
「ここで見逃してくれない?」
「無理ね」
美鈴は穏やかな声で即答した。
「裏切り者は、アルケミストが許さない」
「……邪法使いよ」
刹那の声が低くなる。
「訂正しなさい」
「同じことよ」
美鈴は微笑む。
「薄汚れた血筋の、ね」
次の瞬間。
刹那の殺気が爆ぜた。
一閃。
空気そのものを裂く斬撃。
だが美鈴は青龍刀で受け止め、そのまま鍔迫り合いへ持ち込む。
顔が近づく。
「感情的になるところ、昔から変わらないわね」
「黙れ」
刹那が押し返す。
その時だった。
背後。
闇の中に、三つの影。
いつの間にか現れていた。
人影のようで、人ではない。
輪郭すら揺らぎ、存在だけがそこにある。
そのうち一つが――笑った気がした。
そして、声でもなく音でもない何かが、頭の中へ流れ込む。
――薄汚れた、とは。
思念。
ぞわり、と全身の毛が逆立つ。
美鈴がふっと笑った。
「気づくの、遅いわよ」
「しまっ――」
刹那が後方へ跳ぶ。
だが遅かった。
足元に展開された無数の紋様。
赤黒い光が床一面へ広がり、刹那を囲むように巨大な魔法陣が起動する。
「捕縛、封滅、転写――開始」
影の詠唱と同時に、世界が白く染まった。
閃光。
視界が焼き潰される。
声も。
体も。
時間さえも奪われる。
そして――
それから、ずっと。
暗闇だった。
現在――深夜、正人の部屋
「っ……!」
刹那は跳ね起きた。
「はっ……はっ……!」
荒い呼吸。
鼓動が早い。
喉が渇く。
指先が震える。
汗が肌を伝い、薄い寝間着が張りついていた。
目の前の闇を見回す。
古びた館ではない。
見慣れた天井。
小さな寝室。
柔らかな布団。
隣には――
正人。
穏やかな寝息を立てて眠っている。
刹那は自分の頬、肩、胸元へ触れる。
ちゃんと人の体だ。
指がある。
熱がある。
心臓が動いている。
「……よかった」
小さく呟く。
夢だ。
あの地獄は、今は過去。
その時、隣の正人が薄く目を開けた。
「……どうした?」
寝ぼけた声。
「うなされてたぞ」
刹那は一瞬だけ表情を隠し、すぐに微笑む。
「う、うん……ちょっと怖い夢」
「そっか」
正人は半分眠ったまま腕を伸ばし、刹那の肩を引き寄せた。
「……おいで」
そのまま、胸の中へ抱き込む。
温かい。
力強くもない、頼りないくらい普通の腕。
なのに、どんな結界より安心する。
刹那は目を細め、正人の頬へそっと唇を寄せた。
柔らかなキス。
「……ありがと」
囁く。
だがその瞳の奥には、別の炎が燃えていた。
正人の胸に額を預けたまま、誰にも聞こえない声で呟く。
「見つけないと……」
「美鈴……」
指先が、正人の服をきゅっと掴む。
「あいつから……全部、取り返す」
甘い夜の静けさの中で。
復讐者の誓いだけが、静かに息を潜めていた。
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