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第66話 成川家のチワワ、実は地獄の番犬でした ――バカ猫ばかり可愛がる主人を守るため、今夜だけ本気を出す―

 スコープの中心に、アフロヘアーの女――バグ・ナグを捉える。


 山中の闇。


 湿った土の匂い。


 木々の隙間から見える屋敷の灯り。


 その庭で、アフロの女が狂ったように笑っていた。


 エリュアールは、草葉の陰に伏せたまま、口角を吊り上げる。


「デトロイトまで吹っ飛ばしてやるわ」


 五〇口径対物ライフル――M82A1。


 人間を撃つための銃じゃない。


 壁を抜き、

 車を潰し、

 装甲を破壊する兵器。


 民族衣装姿のエルフが扱うには似合わなすぎる代物だった。


 だが。


「……いいわねぇ、これ」


 頬が緩む。


 引き金に指をかける。


 その瞬間。


 ぞわり――と。


 背筋を氷が撫でた。


(――っ!!)


 本能だけで転がる。


 次の瞬間。


 ドゴォッ!!


 さっきまで頭があった場所に、黒い手甲が突き刺さった。


 木の幹ごと砕け散る。


「くそっ……気づかれたか!」


 枝葉を巻き込みながら後退するエリュアール。


 その前に。


 音もなく。


 黒い鎖帷子が立っていた。


 頭から足先まで、漆黒。


 人間の輪郭だけを残した“何か”。


 チェーンメイル。


「お見事」


 低い声。


「だが――死んでもらう」


 瞬間。


 消えた。


「っ!?」


 右。


 火花。


 ギィン!!


 エリュアールが咄嗟に抜いたククリナイフに、忍者刀が叩き込まれる。


 重い。


 細身の刃とは思えない。


 そのまま二撃、三撃。


 木々が斬れる。


 地面が裂ける。


「ちょ、待っ……強っ!!」


 エリュアールが飛び退く。


 汗が頬を流れる。


(なにこいつ!!)


(ジャック!! これ無理!!)


 腰のオートマチックを抜き、連射。


 だが。


 カン、カン、カン!!


 手甲で全部弾かれる。


「無駄」


「忍びを舐めるな」


「いや忍者いたの!? 現代日本に!?」


 叫びながら逃げる。


 木々の間を滑るように走る。


 しかし。


 気配が消えない。


 ずっと後ろにいる。


 音もなく。


 ぴたりと。


「お命――頂戴」


 背後。


「っ!?」


 振り向きざま、刃。


 ギィン!!


 ククリナイフで受け止める。


 火花。


 距離ゼロ。


 黒い面頬の奥。


 細い目だけが見える。


「お主、少しは出来るようだな」


「そ、そりゃどうも……」


「だから苦しませずに殺してやる」


「待って待って待って!!」


 エリュアールが片手を出す。


「ここ、引き分けでどう!?」


「私は帰る!」


「うん! 田舎帰る!」


「森で静かに暮らす!」


「だから見逃して!」


 沈黙。


 チェーンメイルは一言。


「笑止」


 手裏剣。


「うわぁぁぁぁっ!!」


 転がって回避。


 木の陰に飛び込む。


 だが。


 次の瞬間。


 目の前にいた。


「えっ」


 忍者刀。


 真下へ。


 ガギィィィン!!


 受け止める。


 腕が痺れる。


 膝が沈む。


 刃が首へ近づく。


「ほんとに帰るのよ私!!」


「信用ならん」


「正論!!」


 泣きそうになりながら蹴り飛ばす。


 距離を取る。


 木の枝へ跳躍。


 そのまま隠密。


(こっちだって森の民よ……!)


(森の中なら――)


 気配を消す。


 風と同化する。


 葉擦れの音へ紛れる。


 だが。


 いない。


 どこにも。


 気配が。


(……え?)


 その瞬間。


 背後。


 殺気。


「しまっ――」


 斬撃。


 避ける。


 だが浅くない。


 肩口が裂ける。


「ぐっ……ぁ!!」


 血。


 体勢が崩れる。


 そのまま地面へ落下。


 ドサッ!!


 肺の空気が抜ける。


 上から影。


 チェーンメイル。


 忍者刀が振り上がる。


「終わりだ」


 あ。


 死ぬ。


 そう思った。


 その時だった。


 ハッ……


 ハッ……


 ハッ……


 荒い息遣い。


 小さな足音。


 タタタタタッ――!!


 チェーンメイルが振り返る。


 そこにいたのは。


 チワワ。


 小さい。


 モフモフ。


 ぷるぷるしてる。


「…………」


「…………」


 沈黙。


「……犬?」


 エリュアールが呆然と呟く。


 だが。


 チワワの毛が。


 逆立っていた。


 グルルルルル……


 低い唸り。


 喉の奥から響く。


 空気が。


 重い。


 森が静まり返る。


「ふん」


 チェーンメイルが鼻で笑う。


「随分頼もしい助っ人――」


 跳躍。


 一閃。


 ザンッ!!


 チワワの身体が裂ける。


「ワンちゃん!!」


 エリュアールが叫ぶ。


 しかし。


 チェーンメイルの表情が止まる。


 ギギギギギ……


 何かが軋む音。


 骨。


 肉。


 空気。


 空間そのものが悲鳴を上げる。


 闇が膨らむ。


「……は?」


 チワワの身体が。


 巨大化する。


 膨張。


 変形。


 裂ける。


 増える。


 首が。


 二つ。


 三つ。


 身の丈五メートル。


 三つ首。


 漆黒の獣。


 生臭い息。


 赤黒い眼。


 地獄の底から這い出たような怪物。


 森が震える。


 空気が死ぬ。


「グルルルルルル……」


 エリュアールの腰が抜けた。


 動けない。


 理性が理解を拒否する。


 チェーンメイルが初めて後退した。


「な――」


 三つの口が開く。


「「「弱き者への慈悲なき者」」」


 声が重なる。


 男。


 女。


 老人。


 子供。


 無数の声。


 森全体が喋っているみたいだった。


「「「生きる価値なし」」」


 次の瞬間。


 消えた。


 否。


 速すぎて見えなかった。


 バギィィィィッ!!


 三つの顎が。


 頭。


 胴。


 腰。


 同時に噛み砕く。


 骨。


 肉。


 鎖帷子。


 全部まとめて。


 咀嚼。


 血飛沫。


 そして。


「ペッ」


 吐き捨てた。


 地面に転がる肉片。


 チェーンメイルだったもの。


「ひっ……」


 エリュアールの喉から悲鳴が漏れる。


 怪物が。


 ゆっくり振り返る。


 三つの目。


 全部がこちらを見る。


「「「女」」」


「ひっ!!」


「「「この者はお前が倒した」」」


 コクコクコクコク!!


 壊れたように頷くエリュアール。


「「「我とお前は会わなかった」」」


 さらに高速で頷く。


「「「他言すれば……」」」


 三つの顎が。


 肉片へ向く。


「「「判るな?」」」


「は、はいぃぃぃ!!」


 涙目。


 失禁寸前。


 すると怪物は、不満そうに鼻を鳴らした。


「「「全く……」」」


「「「世話の焼ける主人だ」」」


 一拍。


「「「バカ猫ばかり可愛がりおって」」」


 森の闇が揺れる。


「「「我にも高級缶詰を寄越せ」」」


 そして。


 怪物は闇へ消えた。


 静寂。


 虫の声。


 風。


 しばらく。


 エリュアールは動けなかった。


「……もう帰っていいよね……?」


 その呟きだけが。


 夜の森へ吸い込まれていった。



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ここでチワワかw なんだかんだ助力してくれるママンすこ
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