第65話 ミッドナイト・ラン・イン・ブラッド ――猫獣人とセーラー服は、死地の屋敷へ突入する――
山の空気は、冷たい。
深夜二時。
某県某市――山中に建てられた巨大な屋敷。
木々が揺れるたび、枝葉がざわつく。
その闇の中を。
三つの影が、音もなく進んでいた。
先頭を歩くのは、アロハシャツ姿の猫獣人――ジャック。
その隣には、セーラー服の少女、刹那。
そして、二人の後ろを歩くのが正人だった。
なのに。
足音が、しない。
落ち葉を踏んでも。
砂利を踏んでも。
まるで映像だけ切り抜いたように、静かだった。
巡回中の警備員たちも気づかない。
肩にライフル。
腰に拳銃。
完全武装の男たちが、三人のすぐ近くを通り過ぎていく。
それでも。
誰一人、視線を向けない。
正人の能力。
存在隠蔽。
しかも、人間相手だけじゃない。
監視カメラ越しにも効果が及ぶ。
刹那が、肩に担いだソードオフのウィンチェスターを揺らしながら、小さく笑った。
「地味だけど……ほんと厄介な能力よね」
「しかもカメラ越しにも有効とか」
「卑怯だわ」
その声は楽しそうだった。
「そりゃ、他所に出せないわけよ」
「敵に回したら、自分たちが終わるタイプ」
ジャックもショットガンを肩に担ぎながら、ニヤリと牙を見せる。
「だな」
「こういう能力持ちは、大体、味方より敵の方が怖ぇ」
正人は苦笑した。
「でも、多分……屋敷の中だと無効化されると思う」
「結界系の術式、張ってるはずだから」
「足跡消しは維持できると思うけど……」
その言葉に、刹那が目を細める。
「つまり、門を越えたら銃撃戦ってわけね」
「最悪だわ」
「なのに、その銃なの?」
刹那が、正人の手元を見る。
渡されていたのは、レバーアクション式の銃。
古臭い。
重い。
完全に西部劇の武器だった。
正人が困惑顔になる。
「いや俺も思ったよ?」
「なんでこれなの?」
ジャックが鼻で笑う。
「ショットガンの方が簡単だからな」
「特にお前みたいな素人は」
すると刹那が、どこか嬉しそうに銃を撫でた。
「でも、いいじゃない」
「ウィンチェスター」
「西部劇っぽくて」
「『ワイルドバンチ』みたい」
その瞬間。
正人の顔が引きつる。
「いやあれ全員死ぬやつだからね!?」
「縁起でもないこと言わないで!」
ジャックが吹き出した。
「ははっ、安心しろ」
「屋敷まで辿り着けりゃ上出来だ」
さらっと最低なことを言う。
そして。
ジャックは視線だけ後方へ向けた。
「――庭の真ん中までは、な」
山陰。
草木で全身をカモフラージュしたエリュアールが、伏せ撃ち姿勢でスコープを覗いていた。
50口径対物ライフル。
彼女の細腕には似合わない化け物みたいな銃。
だが本人はノリノリだった。
「任せなさい」
「今日の私はスナイパーよ」
不安しかない。
正人と刹那とジャックの三人が、同時にそう思った。
その時だった。
三人が門を越えた瞬間。
――風が、止まる。
地面が赤く発光した。
巨大な魔法陣。
空間全体に術式が走る。
バチン、と何かが弾けた感覚。
隠蔽が消えた。
「――侵入者!!」
警備員たちが、一斉に振り向く。
「チッ、やっぱりか!」
ジャックが即座にショットガンをぶっ放した。
轟音。
男が吹き飛ぶ。
刹那も同時に散弾を撃つ。
「警備多すぎるでしょ!」
「マシンガン持ってくればよかったぜ!」
「今さら言う!?」
正人も半泣きで引き金を引いた。
轟音。
反動。
「うわっ!?」
だが偶然にも命中する。
男が倒れた。
「やればできるじゃない」
刹那が笑う。
「さすが私の旦那――」
言った瞬間。
刹那の顔が真っ赤になった。
「……っ」
自分で言って、自爆した。
耳まで赤い。
正人も固まる。
「えっ」
「旦那!?」
その瞬間。
銃弾が二人の間を通り抜けた。
「お前らなぁ!!」
ジャックが怒鳴る。
「だから来る前にイチャつけって言ったんだよ!」
「死ぬぞ!!」
ショットガンが火を吹く。
男たちが吹き飛ぶ。
さらに。
ジャックへ向けられた銃口。
その瞬間。
山側から轟音。
50口径。
人体が壁に叩きつけられた。
「おっ、意外と当てるじゃねえか」
ジャックが笑う。
無線越しに、エリュアールの得意げな声。
『ふん。伊達に映画いっぱい観てないわよ』
『予習は完璧なんだから』
その時。
空気が変わった。
前方。
二つの影。
アフロヘアーの女――バグ・ナグ。
そして。
全身を黒い鎖帷子で覆った男――チェーンメイル。
エリュアールのスコープが、バグ・ナグを捉える。
『……邪魔ね』
『あの猫』
ジャックが、わざとらしく声を張った。
「なあ、教えてくれよ」
「何よ」
「その頭、どう洗ってんだ?」
一瞬。
沈黙。
そして。
バグ・ナグのアフロが揺れた。
「毎日、丁寧に」
「これはね」
「私の血と汗の結晶なの」
誇らしげだった。
「アフロはねぇ!」
「ケアしないと育たないのよ!!」
――バァン!!
50口径。
アフロが弾け飛ぶ。
チリチリの毛が夜空に舞った。
静寂。
バグ・ナグが固まる。
数秒後。
肩が震え始めた。
「……ここまで育てるのに」
「どれだけ……」
ゆっくり顔を上げる。
怒り。
「てめぇら全員殺す!!!!」
鉤爪が閃く。
ジャックが腹を抱えて笑った。
「似合うじゃねえか!!」
直後。
今度はジャックの頭上を狙撃弾が掠めた。
毛が舞う。
背後の石像が粉砕された。
「ぷっ」
バグ・ナグが吹き出す。
「あのバカァ!!」
ジャックが頭頂部を押さえる。
そこだけ綺麗に抉れていた。
「これがほんとの虎刈りってか?」
バグ・ナグが爆笑する。
『くそっ、外した!』
エリュアールの悲鳴。
その隙に。
チェーンメイルが消えた。
「狙撃手は拙者が斬る」
ジャックが即座に刹那と正人を見る。
「先行け!」
「ここは俺が止める!」
刹那が頷く。
「ありがと」
そして。
頭頂部を見る。
「……でもあんた、だいぶ薄くなったわよ」
「いいんだよ!」
ジャックが怒鳴る。
「ジェイソン・ステイサム系だ!」
正人が微妙な顔をした。
「う、うん……」
「そこ笑うとこだからな!?」
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