表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
64/80

第64話 ミッドナイト・ラン・イン・ザ・デッドエンド

 某県某市――山中。


 深夜二時。


 空気は冷え切っていた。


 放射冷却。


 山の夜特有の、肺の奥まで澄んだ冷気が流れ込んでくる。


 風が吹くたび、湿った土と杉の匂いが鼻を掠めた。


 その闇の中。


 山を切り開くように建てられた巨大な屋敷だけが、ぼんやりと灯りを漏らしている。


 まるで――夜の山に口を開けた化け物みたいだった。


 


 離れた高台。


 茂みの中に身を潜めながら、ジャックは双眼鏡を覗き込む。


 アロハシャツ。


 半ズボン。


 猫の獣人。


 どう見ても深夜の潜入部隊じゃない。


 だが本人だけは真剣だった。


「こういう時、猫で良かったと思うぜ」


 猫特有の夜目。


 暗闇の中でも、屋敷の周囲がはっきり見える。


 そして――。


「来たな」


 屋敷へ向かう三つの影。


 アフロヘアーの女。


 全身鎖帷子の男。


 そして。


 中肉中背の男。


 黒シャツ。


 黒ズボン。


 セミロング。


 特徴のない顔。


 なのに、なぜか視線が吸い寄せられる。


 その瞬間だった。


 双眼鏡越し。


 ――目が合った気がした。


「……」


 男が、ふっと笑う。


 次の瞬間。


 完全な無表情。


 死人みたいな顔。


 瞬きすらしない。


 能面。


 いや、それより気味が悪い。


 感情だけが、顔と別の場所にあるみたいだった。


「……あの金八みてえなのがリーダーか」


 ジャックがぽつりと呟く。


「厄介そうだな」


 その隣で、刹那が双眼鏡を覗き込みながら口を開く。


「中肉中背、セミロング、黒シャツ、黒ズボン」


「……カレイドスコープ」


「知ってんのか?」


「あいつ、やばいわよ」


 刹那が小さく息を吐く。


「サイコパス」


「恐怖とか、罪悪感とか、良心とか……そういうのが、根本的に欠けてるタイプ」


「たまにいるな」


 ジャックは肩をすくめた。


「人間の形したモンスターってやつが」


 


 少し沈黙。


 そしてジャックはニヤリと笑う。


「ま、安心しろ」


「事前に傀儡化緩和の護符は仕込んである」


「……どうやったのよ」


 エリュアールが胡散臭そうに目を細める。


「どうもこうもねぇよ」


「俺、猫だぜ?」


 当然だろ、と言わんばかりだった。


「普通の猫の姿で潜入しただけさ」


「全部の部屋は無理だったけどな」


「できる男は好きよ」


 刹那が口元を緩める。


 ジャックは鼻を鳴らした。


「正人連れて潜入は無理だからな」


「今回は正面突破だ」


 その言葉に。


「ご、ごめん……」


 正人が申し訳なさそうに肩を縮める。


 すると。


 刹那が、迷いなく正人の腕を掴んだ。


「謝らないで」


「いいわ」


「……あんたは、私が守るから」


 その声は静かだった。


 だけど、迷いがなかった。


「安心して」


「絶対、死なせない」


「せ、刹那……」


 正人の顔が熱くなる。


 その空気を見て。


 ジャックがニヤニヤし始めた。


「おい」


「侵入前に二人きりにしてやろうか?」


「……は?」


「最後かもしれねぇんだ」


「イチャつきたいだろ」


「男と女なんだからよ」


「「…………」」


 一瞬で真っ赤になる二人。


 刹那なんて、耳まで赤い。


 ジャックはケラケラ笑う。


「青春だねぇ」


「俺ぁ嫌いじゃねぇぜ、そういうの」


「う、うるさい……!」


 刹那が睨む。


 だがその顔は、少し嬉しそうだった。


 


 その時。


「はっ、嘘でしょ」


 エリュアールが呆れたように肩をすくめる。


「この状況でイチャついてる場合?」


「まあ、お前はそう言うだろうな」


 ジャックが鼻で笑う。


 そして顎で後ろを示した。


「お前にゃ、うってつけの仕事がある」


「……は?」


 全員の視線が向く。


 そこに置かれていたのは。


 長大な黒いケース。


 ジャックがロックを外し、ゆっくり開く。


 中に収められていたのは――。


「うわ……」


 正人が息を呑む。


 巨大な狙撃銃。


 五〇口径。


 M82A1。


 もはや“銃”というより、小型砲だった。


 


 エリュアールの目が輝く。


「いいわね」


「こういうの好き」


「使えんのか?」


「任せなさい」


 エリュアールは胸を張った。


「射的は得意なのよ」


「縁日で私が来ると、露店が店じまいするくらい」


「いや基準がおかしい」


 正人が即ツッコむ。


「狙撃経験は?」


「ないわ」


「おい」


「でも安心して」


 エリュアールは自信満々だった。


「『アメリカン・スナイパー』十回観たから」


「予習は完璧よ」


「その理屈で行くと俺は宇宙飛行士だぞ」


 ジャックが真顔で言う。


 だがエリュアールは気にしない。


 銃を撫でながら。


 うっとりと微笑む。


「壁の染みにしてやるわ」


 


 少しの沈黙。


 


(((不安しかねぇ……)))


 


 正人、刹那、ジャックの心が完全一致した瞬間だった。


 


 だが。


 ジャックは最後に煙草へ火をつける。


 紫煙が夜へ溶ける。


「……ま、なるようになるさ」


 ニヤリ。


 猫獣人が、不敵に笑った。


 


 その視線の先。


 灯りのついた屋敷が、山の闇の中に浮かんでいる。


 まるで。


 獲物を待つ怪物みたいに。


 


 そして今夜。


 その化け物の腹の中へ、彼らは踏み込もうとしていた。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ