第63話 ミッドナイト・ラン ―サービスエリア・カーチェイス―
――“追う側”が、一番タチ悪いとは限らない。
深夜のサービスエリア。
白い照明に照らされた駐車場には、長距離トラックが列をなし、エンジン音だけが低く響いていた。
その中を――
二つの影が歩いてくる。
まるで、自分たちがここを支配しているかのように。
ひとりは女。
褐色の肌。
巨大なアフロヘアー。
ブラトップに、ぴったりと張りついた革のミニパンツ。
腰を揺らしながら、鼻歌混じりに歩いている。
その長い鉤爪が、停車中の大型トラックのボディをなぞった。
ギィイイイイイイイイイ――――ッ!!
火花。
耳障りな金属音。
周囲の運転手たちが、何事かと顔を上げる。
だが女は気にしない。
むしろ嬉しそうだった。
口角を吊り上げ、
楽しそうに笑う。
――バグ・ナグ。
獣みたいな目をした女だった。
その隣を歩く男は、対照的だった。
全身を黒い鎖帷子で覆った異様な男。
頭から足先まで金属の網に包まれ、顔すらフードの奥に隠れている。
歩いているのに、
まるで音がしない。
幽霊のように。
静かに。
ゆっくりと。
獲物へ近づいていく。
――チェーンメイル。
その二人を、フードコートの窓越しに見た刹那が、小さく呟いた。
「……出るか」
隣でラーメンをすすっていたジャックが、紙コップのビールを置く。
「ああ。あれは絶対、敵だ」
「だね」
刹那も立ち上がる。
セーラー服の裾が揺れた。
その瞬間。
正人の視線が、二人へ向く。
刹那は振り返らず言った。
「正人。支援お願い」
「うん」
「エリュアールは正人の護衛で」
「えっ、それ最高じゃない?」
途端に元気になるエリュアール。
「私、後衛大好き。超好き」
「さっきまで帰りたがってたくせに」と正人。
「生存戦略よ」
胸を張るエリュアール。
説得力はゼロだった。
「……行くぞ」
ジャックが立つ。
アロハシャツ。
半ズボン。
猫獣人。
どう見てもヤバい集団だった。
だが――
その場にいた誰よりも、
場数を踏んでいる空気があった。
◆
自動ドアが開く。
夜風。
駐車場。
前衛に立つのは、ジャックと刹那。
後方には、ククリナイフを構えたエリュアール。
そして正人は、二人の背へ手をかざした。
魔力が流れる。
静かに。
深く。
身体強化。
その瞬間――
ジャックの毛が逆立った。
「……おっ」
刹那も目を閉じる。
体の芯が熱い。
血流が加速する。
視界が鮮明になる。
「いいね……これ」
刹那が口元を緩めた。
「今なら、何でもできそう」
「だろ?」
正人が少し照れ臭そうに笑う。
ジャックは肩を回しながら、バグ・ナグを見る。
「俺の相手は、お前だな」
バグ・ナグが、にたりと笑った。
「ニャハッ♪
かわいい猫ちゃん」
「言っとくが、引っ掻くぞ」
その横。
刹那はチェーンメイルを見る。
「じゃあ、あんたは私ね」
チェーンメイルは静かに一礼した。
「……刹那殿でござるな」
声だけ妙に丁寧だった。
「覚悟、召されよ」
「なにその時代劇みたいな喋り」
「忍びでござるゆえ」
「そう」
刹那は苦笑する。
「嫌いじゃないわ」
――次の瞬間。
バグ・ナグが横の軽自動車に鉤爪を突き刺した。
そのまま――
持ち上げる。
「は?」
ジャックが目を剥いた。
女は笑ったまま、
車を投げた。
轟音。
宙を舞う車体。
「おおおおおっ!?」
ジャックが横へ跳ぶ。
車が地面に激突し、火花が散る。
だが終わらない。
二台目。
三台目。
次々と車が飛んでくる。
「雑だなオイ!!」
ジャックはオートマチック拳銃を抜いた。
発砲。
銃声が夜を裂く。
だが――
バグ・ナグは笑いながら、
鉤爪で弾丸を弾いた。
キィン! キィン!
「ハハッ!!
いいねぇ!!」
「ウルヴァリンかよ!」
ジャックが笑う。
完全に映画のノリだった。
◆
一方。
刹那は二丁拳銃を抜く。
発砲。
だが。
チェーンメイルの鎖帷子が火花を散らすだけ。
止まらない。
「……でしょうね」
刹那は肩をすくめた。
空中に黒煙が走る。
その中から刀を引き抜く。
「なら、これで」
「うむ」
チェーンメイルも短刀を構える。
次の瞬間。
跳躍。
速い。
刹那の瞳が開く。
短刀が喉元へ迫る。
ギィン!!
刹那が刀で受け止める。
火花。
鍔迫り合い。
至近距離。
チェーンメイルが――頭突きを放った。
「っ!」
刹那が後退する。
その瞬間。
もう一本の短刀が抜かれる。
(……強い)
冷たい汗。
今までの敵とは違う。
経験。
殺し慣れている。
「お命、頂戴」
「いいわね」
刹那が笑った。
「そういう殺意、好きよ」
刀が黒煙を纏う。
空気が軋む。
だが――
その時だった。
キキィイイイイイイイ!!
黒いセダンが急旋回。
タイヤが火花を散らす。
運転席の窓が開く。
「乗って!!」
正人だった。
「撤収だ!」
ジャックが叫ぶ。
発砲。
連続射撃。
弾幕。
その隙に、刹那が車へ飛び乗る。
ジャックも滑り込む。
ドアが閉まる。
アクセル全開。
黒いセダンは、夜の高速道路へ消えた。
◆
静まり返るサービスエリア。
バグ・ナグが、つまらなそうにアフロを揺らした。
「逃げられた〜」
「どうせ高速でござる」
チェーンメイルが呟く。
その時。
空間が、ジジジ……と歪んだ。
「お前ら、
暗殺とかできないのか」
低い声。
そこに立っていたのは――
黒いシャツ。
黒いパンツ。
中肉中背の男。
黒髪、セミロング。
特徴がないことが、
逆に不気味だった。
手には拳銃。
無表情。
感情が、顔に乗っていない。
「……くそっ。
逃げられたじゃねえか」
怒気だけが声に滲む。
一拍遅れて。
顔だけ怒る。
しかしすぐに無表情へ戻る。
まるで、
感情と表情が別々に動いているようだった。
「まあいい」
冷たい目。
「どうせ、行き先は分かってる」
そして――
急に。
ニタァッ、と笑った。
狂気みたいな笑み。
なのに目だけ死んでいる。
――カレイドスコープ。
次の瞬間には、また無表情へ戻っていた。
能面みたいな顔で。
去っていく黒いセダンを見つめる。
「……追うぞ」
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。




