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第62話 ミッドナイト・ラン ―サービスエリアの亡霊たち―

 夢を見た。


 暖かかった。


 柔らかい胸。


 煙草と石鹸の匂い。


 大きな腕に抱かれている。


 ゆっくり揺れる視界。


「……ジャック」


 女の声だった。


 低く、掠れているのに、不思議と安心する声。


 視線の先。


 小さな赤子が、天井をきょろきょろ見ている。


 助けがなければ、生きていけない。


 そんな儚い命。


 女は、その赤子を見つめながらぽつりと呟いた。


「いいかい……」


 一拍。


「何かあったら、あの子を頼んだよ」


 その横顔は、どこか疲れていた。


 けれど。


 誰よりも強かった。


 そして最後に。


「正人を……」





 世界が揺れた。


「着いたわよ」


 刹那の声で、ジャックは目を覚ます。


「あぁ……悪ぃ」


 頭を掻きながら身体を起こす。


「寝てたわ」


 窓の外には、深夜のサービスエリア。


 白い照明。


 大型トラック。


 自販機の明かり。


 眠そうな運転手たち。


 そして。


 明らかに場違いな四人組。


     ◇


 サービスエリアのイートイン。


 周囲の客が、ちらちらこちらを見ていた。


 いや、ちらちらどころではない。


 二度見している。


 そりゃそうだ。


 普通の青年。


 セーラー服の美少女。


 アロハシャツの猫獣人。


 そして長耳を隠そうともしない民族衣装の女。


 地獄みたいな組み合わせだった。


 小学生が「ママ! ケモノ!」と叫び、母親に口を塞がれていた。


 正人は咳払いすると、わざと大きな声を出した。


「いや〜! 今日のコスプレイベント大成功だったね!」


 その瞬間。


 胸元の護符がふわりと揺れる。


 傀儡化緩和。


 刹那の傀儡化を止める護符。


「あ〜……コスプレか」


「最近の若い子はすごいなぁ」


 周囲が勝手に納得していく。


 正人は心の中でガッツポーズした。


 刹那が呆れた顔を向ける。


「……順応早すぎ」


「誰のせいだと思ってるの」


「知らないわよ」


 だが少し笑っていた。


 その横で。


 ジャックは昼間みたいな顔でビールを飲んでいた。


「ぷはぁっ」


「あんた、運転する気ないでしょ」


 刹那がコーヒーを啜りながら睨む。


「おいおい」


 ジャックは鼻で笑った。


「俺、猫だぞ?」


「うん」


「そもそも免許持ってねぇ」


「最悪ね」


「違反切符切りようねぇだろ?」


「理屈として終わってるわ」


「だから飲酒するのさ」


 ぐびぐびビールを流し込む。


 正人は頭を抱えた。


 一方。


 エリュアールは、むすっとした顔でラーメンを啜っていた。


 さっきまでトランクに放り込まれていた女とは思えない食欲だった。


「……おめぇ、その態度はねぇだろ」


 ジャックが煙草を咥える。


「逃げ切れたわよ」


 エリュアールは鼻を鳴らす。


 だが。


 ラーメンを持つ手は、少しだけ震えていた。


「俺に捕まったくせに?」


「うっ……」


 図星だった。


 悔しそうに顔を歪める。


「あんた……“バウンティハンターのジャック”よね」


 その瞬間。


 少しだけ空気が変わる。


 ジャックは肩をすくめた。


「あぁ」


「引退したけどな」


 そう言って窓の外を見る。


 深夜の駐車場。


 走り去るトラックのライト。


「今じゃ成川の飼い猫さ」


 どこか自嘲気味だった。


「トメさんのお気に入りだったんだ」


「誰よ、それ」


 刹那が聞く。


 すると正人が、なぜか嬉しそうに頷いた。


「トメさんはすごかったんだよ」


「すげぇなんてもんじゃねぇ」


 ジャックが煙を吐く。


「本家の千代子も」


「篝月の節も」


「トメさんの前じゃ何も言えねぇ」


「……想像できない」


 刹那が引きつる。


「あの竜神の千代子が、だぜ?」


「高位悪魔の節ですら黙る」


「戮子のババアだって猫みてぇだった」


「猫はあんたでしょ」


「うるせぇ」


 ジャックはビール缶を机に置いた。


「だからよ」


「そのお気に入りだった俺は、まぁ……特別ってわけだ」


 ドヤ顔。


 だが。


「……あの頃は良かったぜ」


 その瞬間だけ。


 ジャックは、ひどく老けた男みたいな顔をした。


「仁義があった」


 ぽつりと言う。


「ポチは外を守って」


「俺は家の中を守る」


「なのによ……」


 一拍。


「トメさんが死んだ」


 煙草を灰皿へ押し付ける。


「後を追うみてぇに、ポチも死んだ」


 空気が静かになる。


「代わりに来たのがマルスだ」


「あのチワワ?」


「あぁ」


 ジャックは露骨に嫌そうな顔をした。


「中身は三つ首の化物だけどな」


「ほんっと面白くねぇ」


「気づけば家の中入り込みやがって」


「今じゃ俺より立場上だぜ」


 完全に愚痴だった。


 刹那がふっと目を細める。


「……節」


「聞いたことあるわ」


「伝説の邪法使い」


「篝月で強すぎて持て余したって」


「あぁ」


「尼崎の血の一夜」


「広島頂上決戦」


「北九州で血の雨を降らせた」


 エリュアールが小さく肩を震わせる。


 名前だけで伝わる。


 そういう怪物。


 ジャックは、ちらりと刹那を見る。


「米蔵のジジイが言ってたぜ」


「お前、節に生き写しなんだと」


「……恐れ多いわね」


 刹那は苦笑した。


 だが。


 どこか嫌な予感がしていた。


 その時だった。


 ジャックの耳がぴくりと動く。


 さっきまでの酔っ払いみたいな空気が消える。


 窓の外を見る。


「……来たな」


 低い声。


 全員の視線が窓へ向く。


 深夜のサービスエリア。


 自販機の白い明かり。


 その向こう。


 二つの影が、ゆっくりこちらへ歩いてきていた。


☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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