第59話 シュークリームと指五本の契約
大広間だった。
無駄に広く。
無駄に暗く。
そして、無駄に高級感がある。
黒い大理石の床。
天井から吊るされたシャンデリア。
長すぎるテーブル。
悪の組織というより、“金だけはある変人の秘密クラブ”みたいな空間だった。
その長テーブルの奥。
一人の人物が座っている。
黒いスーツ。
長い黒髪。
そして――角の生えたドクロの面。
骨の仮面の奥から、低く枯れた声が響く。
「刹那は、いずれここへ来る」
一拍。
「正人も」
その対面。
ゴスロリ服の少女が、にんまり笑った。
盲。
「楽しみでしょ♡」
しかし。
その直後。
サクッ。
緊張感をぶち壊す音が響く。
「ん〜♡」
盲はシュークリームを頬張っていた。
「このシュークリーム、美味しいわね」
頬に生クリームをつけたまま、幸せそうに笑う。
テーブルには紅茶。
洋菓子。
それと、人類の倫理観を燃やした灰。
「……そうか」
ドクロ面が静かに問う。
「ここの場所を教えたのか?」
「まさか〜」
即答だった。
盲は紅茶を啜りながら肩をすくめる。
「そんなことするわけないでしょ」
今のところは。
本当に。
今のところだけは。
「私はねぇ、空気読める女なの」
「今回はちゃんと我慢してるの」
全然信用できなかった。
「では、どこを教えた?」
「知らな〜い♡」
とぼける。
そのまま二個目のシュークリームを手に取った。
沈黙。
静かな空気。
シャンデリアの光だけが広間を照らしている。
そして。
ドクロ面が、不意に口を開いた。
「……正人を捕まえたら」
一拍。
「正人の指を五本やる」
止まる。
盲の動きが。
ぴたり、と。
シュークリームを持ったまま硬直した。
「…………え?」
金色の瞳が見開かれる。
「指?」
ごくり。
喉が鳴る。
「五本?」
沈黙。
盲は数秒、真顔になった。
「…………いや」
「でも」
本当に、一瞬だけ。
理性が顔を出した。
「それは……」
だが次の瞬間。
「乗ったァ!!」
机を叩いて立ち上がった。
ぶふっ!!
勢い余って、生クリームが飛ぶ。
「成立!!」
「今の成立だからね!?」
早い。
とにかく早い。
契約社会に向いてなさすぎる。
しかも。
本来なら。
もっと焦らすつもりだった。
もっと遊ぶ予定だった。
でも。
脳が“指”に負けた。
欲望が全部踏み潰した。
「刹那にはね!!」
身を乗り出す盲。
「バンカーの場所!!」
「そこの居場所を教えたわ!!」
全部言った。
一瞬で。
契約書すら交わしてないのに。
ドクロ面が沈黙する。
さすがに引いていた。
「あっ」
盲も自分で気づいた。
やべっ、みたいな顔になる。
だがもう遅い。
「ち、違うの!」
「いや違わないけど!」
「でも今の無しとか無しだからね!?」
早口になる。
「約束だからね!?」
「指はあなたが落としてね!?」
「絶対よ!?」
目がギラギラしていた。
完全に興奮している。
「しかも新鮮なのがいい……♡」
うっとり。
「正人の指、綺麗なんだよね……」
ぽつり、と盲が呟く。
「細くて」
「白くて」
「ピアノとか弾けそうな形してるの」
愛おしそうに、自分の指先を撫でる。
「絶対、切った瞬間も綺麗なんだろうなぁ……♡」
危険だった。
感性が。
致命的に。
「……お前、本当に節操がないな」
ドクロ面が呆れたように言う。
盲はニコッと笑った。
「知ってる♡」
開き直りだった。
しかも嬉しそう。
「それを取引材料にするのか?」
「まさか〜♡」
盲はぶんぶん首を振った。
「推しアイテムを転売とかありえないから」
そして、自分の胸に両手を当てる。
「コレクションよ♡」
「永久保存版♡」
目が蕩けている。
「それを返してって言われたら……」
肩が震える。
「縋り付いてきたら……」
うっとり。
「困惑した顔で……」
「涙目で……」
「“返してください”って……」
ぞわっ。
自分で想像して、自分で震えていた。
「ふふっ……」
「ふふふふふふふ♡」
笑い声が広間に響く。
盲はシュークリームを両手に掴み、
天井を仰ぎ見た。
口元からよだれ。
顔はだらしなく緩み切っている。
完全に昇天寸前だった。
「……悪趣味な」
ドクロ面が鼻で笑う。
だがその声には、妙な慣れがあった。
こいつはこういう奴だ。
今さら驚くことでもない。
そんな諦め。
そして。
空気が変わった。
「歓迎準備だ」
その声が響いた瞬間。
広間の照明が、一瞬だけ揺らぐ。
温度が下がる。
盲の笑みが、ぴたりと止まった。
「バグ・ナグを呼べ」
「チェーンメイルもだ」
闇の奥で、誰かの気配が動く。
「それと――」
一拍。
「カレイドスコープ」
その名前が出た瞬間。
空気が沈んだ。
まるで、水底に引きずり込まれるみたいに。
盲ですら、一瞬だけ視線を細める。
「……正人が来たなら、生かしてここへ連れてこい」
「多少の怪我は構わん」
そして。
「指は残しておけ」
ドクロ面が、ゆっくり盲を見る。
「……そういう約束だよな?」
沈黙。
数秒。
盲は、嬉しそうに微笑んだ。
「そうね♡」
一拍。
「まあ、手首ついててもいいわ」
「指が本体だし」
怖かった。
本当に。
心の底から。
そして。
盲は空になったティーカップを見つめる。
「……あのさ」
「なんだ?」
盲は、静かに笑った。
「次はコーヒーにして」
一拍。
「ブラックで♡」
「……ふん」
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