表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
58/80

第58話 昼酒と魔眼、それから“家族”の話

 昼過ぎ。


 リビングには、穏やかな陽光が差し込んでいた。


 テーブルの上には、湯気の立つ緑茶。


 茶請けの焼き菓子。


 そして――場違いな焼酎の一升瓶。


 煙草の煙が、ゆっくり天井へ昇っていく。


「昼酒は効くねぇ……」


 コップ酒をあおりながら、戮子が息を吐く。


 その向かい。


 正人と刹那が並んで座っていた。


 静かな空気。


 だがその静けさの下では、色んな感情が渦巻いている。


 記憶。


 常夜。


 アルケミスト。


 そして――これから。


 戮子が、煙草を指に挟んだまま正人を見る。


「……もう、ほとんど思い出してんだろ」


 低い声。


 正人は少し黙り込んだあと、小さく頷いた。


「うん……」


「だいたいは」


 その瞬間。


 刹那の肩が、ぴくりと震える。


 正人は、それに気づいていた。


 でも目を逸らさなかった。


 逃げたくなかった。


 ここで曖昧にしたら。


 また彼女を不安にさせる。


 そんな気がした。


 戮子は焼酎を飲む。


「……そうかい」


 短く吐き出す。


 そして。


「あんたたち、この先どうすんだい」


 空気が止まる。


 刹那が俯いた。


 怖かった。


 記憶を取り戻した正人が。


 “常夜”を選ぶかもしれない。


 そんな恐怖が、まだ胸に残っていた。


 すると。


 テーブルの上。


 そっと、正人の手が重なる。


 刹那が、はっと顔を上げた。


 正人は、まっすぐ前を向いたまま言う。


「刹那と一緒に生きていこうと思う」


 一拍。


 そして。


「いや――」


 言い直す。


 覚悟を決めるみたいに。


「生きていく」


 沈黙。


 刹那の瞳が揺れる。


 その言葉は。


 彼女がずっと欲しかったものだった。


 “ここにいていい理由”。


 “もう捨てられない証明”。


 唇が震える。


「……っ」


 涙を堪えるみたいに、刹那が顔を伏せた。


 だが隠しきれない。


 肩が、小さく震えていた。


 正人は、その手を強く握る。


「ごめん」


「いっぱい不安にさせた」


 刹那は、ゆっくり首を振る。


「……ううん」


 声が掠れていた。


「私……」


「もう、一人じゃないんだ……」


 その姿を見て。


 戮子が、盛大なため息を吐く。


「はぁ〜……」


「ほんと、面倒くさい若いのだねぇ……」


 グビリ、と焼酎。


 だが。


 その目は、少しだけ優しかった。


「……まあ」


「悪くない男になったじゃないか」


 正人が目を丸くする。


「母さん……」


「調子乗んな」


 即座に返された。


 だが。


 刹那は少しだけ笑っていた。


 その時だった。


「続けてもらうわよ」


 ぞわり。


 空気が揺れる。


 いつの間にか。


 横の席に、ゴスロリ服の少女が座っていた。


「……っ!?」


 刹那の表情が強張る。


 盲。


 まるで最初からそこにいたみたいに、自然に湯呑みを持っていた。


「あ、お茶ちょうだい」


「……」


 刹那の顔が露骨に曇る。


「淹れてやんな」


 戮子が面倒くさそうに言った。


「……粗茶ですけど」


 刺々しい声。


「怖い怖い」


 盲は、にこにこ笑いながら茶を受け取る。


 そして、まるで世間話みたいに言った。


「魔眼にはね、色々仕込んでるの」


 その瞬間。


 刹那の背筋に冷たいものが走った。


「約束を破ったら、発動する」


「復讐は、“遂げる”のが前提なの」


 軽い口調。


 なのに。


 内容だけが異常だった。


「……最低」


「褒め言葉かな?」


 盲は笑う。


「でも安心して」


「成否は問わないから」


 つまり。


 “復讐を諦めること”だけが許されない。


 刹那は理解した。


 この女は。


 人の人生をゲーム感覚で弄ぶ。


「はい、これ」


 盲がメモを差し出す。


「アルケミストのヒント」


 刹那が目を細めた。


「……場所、知ってるんでしょ」


「知らないよ?」


 即答。


 嘘だ。


 絶対に。


 だが盲は、楽しそうに笑っている。


 そのほうが面白いから。


 泳がせている。


「……もういいわ」


 刹那が疲れたようにため息をつく。


 その時。


 盲が、不意に正人へ顔を寄せた。


「じゃあね、マイダーリン♡」


 ちゅっ。


「…………え?」


 頬にキス。


 正人、硬直。


 そして。


 ゴゴゴゴゴ……。


 刹那の背後から、見えない殺気が噴き上がる。


 盲は、それを見て楽しそうに笑った。


「やっぱり君、特別」


「壊れる音が綺麗なんだもの」


 ぞくり。


 正人の背筋に寒気が走る。


 この女。


 本気で何を考えてるかわからない。


「そのうち迎えに来るからね」


「みんなのアイドルなんだから」


 空間が、水面みたいに揺らぐ。


 そして。


 盲の姿が、そのまま溶けるように消えた。


 静寂。


 重苦しい空気。


 そのタイミングで。


「ただいま〜!」


 場違いなくらい明るい声。


 エリュアールだった。


「あれ?」


「なにこの空気」


 食卓を見回す。


 重い。


 暗い。


 全員疲れてる。


 エリュアールだけが、完全に蚊帳の外だった。


 それを見た戮子は、焼酎をあおりながら、


「……仲間がいるねぇ」


 ぼそり。


「協力してくれる仲間が」


「えっ?」


 エリュアールがキョトンと首を傾げる。


 誰も、すぐには答えなかった。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
駄えるふ草 素晴らしいポンコツっぷり 序盤のちょいキャラと思ってたわ〜w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ