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第55話 記憶を喰らう魔眼と、夕焼けに泣く怪物夫婦

 夕陽が、マンションの外壁を赤く染めていた。


 まるで世界そのものが、血に濡れているみたいだった。


 その中心で――。


「定男っ……!!」


 巨大な女が、小さな男を抱きしめていた。


 褐色の肌。


 長い黒髪。


 スーツ越しでもわかる圧倒的な体躯。


 首筋から覗く刺青。


 淀川ハルシャ。


 その腕の中で、定男の身体が痙攣している。


「がっ……は……」


 胸を撃ち抜かれていた。


 血が止まらない。


 いや――止まり方がおかしい。


 肉が閉じない。


 再生しない。


 まるで、“回復そのもの”を拒絶する弾丸。


「お、おハル……ちゃん……」


 震える手が、ハルシャのスーツを掴む。


 その力すら弱い。


「喋んな!!」


 ハルシャの声が震えていた。


「寝るな!!」


「目ぇ閉じんな!!」


 あのハルシャが。


 銃弾の中で笑っていた怪物が。


 今にも泣きそうだった。


 正人は、その光景を呆然と見ていた。


 何が起きているのか理解できない。


 ついさっきまで。


 昼間から酒飲んで。


 ロックの話して。


 くだらないことで笑ってたのに。


 なのに。


 どうして。


 どうしてこんなことに――。


 その瞬間。


 世界が暗転した。


「――っ!?」


 足元が消える。


 音が遠のく。


 夕焼けが、ぐにゃりと歪む。


 ハルシャと定男の姿が、水の中の映像みたいにぼやけていく。


 そして。


「ま〜さ〜とくん♫」


 背後から。


 場違いなくらい明るい声。


 ぞわり、と背筋が粟立った。


 振り向く。


 そこには。


 黒いゴスロリ服の少女が立っていた。


 両手を後ろで組み。


 にこにこと。


 楽しそうに。


 まるで遊園地にでも来た子供みたいな顔で。


「大変なことになったねぇ」


 くるり、と回り込み。


 正人の顔を覗き込む。


 金色の瞳。


 その奥にあるのは――悪意だ。


 いや。


 悪意ですらない。


 もっと酷い。


 “娯楽”。


 この状況を。


 この地獄を。


 心の底から楽しんでいる。


 まるで。


 映画のクライマックスでも見ているみたいに。


「ふふっ」


「いい顔してる」


「“助けたいのに助けられない人間”の顔って、ほんと最高」


 正人の顔が歪む。


「……っ」


 正人の顔が歪む。


 嫌な予感しかしない。


 いや。


 確信だった。


 こいつは今から。


 とんでもない条件を出してくる。


「ふふん」


 盲は楽しそうに笑った。


「彼、もうすぐ死ぬよ」


 指を一本立てる。


「あと三分くらいかな?」


 軽い。


 あまりにも軽い。


 上映時間でも告げるみたいに。


「……っ」


 視界の向こう。


 ハルシャが定男を抱きしめている。


「しっかりしろ!!」


「定男!!」


 声が掠れていた。


 定男の身体から、どんどん熱が消えていく。


 白い。


 顔色が。


 死人みたいに。


「くそっ……!!」


 ハルシャがスマホを握り潰しそうな勢いで掴む。


「繋がれよ!!」


 焦り。


 恐怖。


 絶望。


 あの怪物みたいな女が、壊れかけていた。


「で?」


 盲が首を傾げる。


「どうする?」


 正人は睨む。


「……何が望みだ」


「おっ」


 盲の顔がぱっと明るくなる。


「話が早いねぇ」


 その瞬間。


 周囲が変わる。


 暗闇。


 巨大な空間。


 ドーム状の天井。


 無数のモニター。


 その中心。


 血まみれの定男を抱きしめるハルシャの姿。


 そして。


 その光景を囲むように立つ、“柱”。


 人影。


 男。


 女。


 異形。


 誰もがこちらを見ていた。


「いい顔するじゃん」


「食べちゃいたい」


 ぞわり。


 全身が粟立つ。


 盲は、そんな反応を見て楽しそうに笑った。


 盲が両手を大きく広げた。


「でもねぇ」


「今回は特別!!」


「初回ログインボーナスで〜す!!」


 ぱぁん、と効果音でも付きそうな勢いで。


「今回は何も貰わないよ!」


 沈黙。


 次の瞬間。


『嘘くさっ』


 柱たちが一斉にツッコんだ。


「失礼だなぁ!!」


 盲が頬を膨らませる。


『どうせ裏あるんでしょ』


『記憶改変とか〜』


『人格汚染とか〜』


『魂にマーキングとか〜』


「しないよぉ」


 盲はニコニコ笑う。


 そして。


 正人を見る。


「ただ、“整理”するだけ」


 ぞくり。


「忘れてるもの」


「全部返してあげる」


 一歩。


 盲が近づく。


「失った恋も」


「泣いた夜も」


「死んだと思ってる、“あの子”のこともね」


 心臓が止まりかけた。


 ――あの子。


 知らないはずだ。


 なのに。


 どうして。


「……お前」


 本能が叫んでいた。


 駄目だ。


 こいつと契約したら終わる。


 人生の何か。


 決定的なものが壊れる。


 だが。


「あと一分」


 盲が笑う。


 その視線の先。


 定男の身体が、もうほとんど動いていなかった。


 ハルシャが叫ぶ。


「定男!!」


「おい!!」


「返事しろ!!」


 その声が。


 痛いほど必死で。


 正人の胸を締め付けた。


「……くそっ」


 見捨てられない。


 こんなの。


 できるわけがない。


 盲は、にぃっと笑う。


「これだけは確実だよ」


 一歩。


 正人の耳元へ。


「このままだと、彼は死ぬ」


 そして。


 甘く。


 囁く。


「君は、一生」


「“見捨てたこと”を後悔する」





☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
メクラーズいいポジやなぁ エクスマキナぽいのに牽引力パねぇー 読み手としては(書き手としても?)ありがたいけど エグいやっちゃやで。 舞台装置の皆さんきっつ
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