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第54話 怪物たちの家族ごっこ ――そして日常は、銃声ひとつで壊れた―

 公園のベンチ。


 沈黙。


 刹那とハルシャは、並んで座らされていた。


 つい数分前まで、互いの喉笛を切り裂こうとしていた二人が。


 今は、妙に大人しい。

 

 その視線の先。


 一人の女が腕を組み、立っていた。

 

 長い銀髪。


 透き通るような白い肌。


 長い耳。


 氷みたいに冷たい目。


 神話の女神じみた美貌。


 長い脚。


 大きな胸。

 

 ――なのに。

 

 着ているのは、虎柄のド派手なTシャツだった。


 しかも胸が大きすぎて、正面の虎の顔が横に伸びている。


 下は黒のテーパードパンツ。


 スーパーにいそうなおばちゃん感と、神話級の殺気がまったく噛み合っていない。

 

 戮子はタバコに火をつける。


 カチリ。


 紫煙。

 

「ふぅー……」

 

 煙を吐きながら、刹那を見る。

 

「ふん……あんた、まだこんなことやってんのかい」

 

 刹那は俯く。

「…………」

 

 その態度に、ハルシャが目を細めた。


(おいおい……)


 さっきまで殺気全開だった女が。


 この銀髪の前では、まるで反抗期の娘みたいじゃねえか。

 

 戮子は興味を失ったように肩をすくめる。

「まあ、好きにしな」

 

 そして今度はハルシャを見る。

 

 一瞬。


 空気が冷えた。

 

「黒いの」

 

 低い声。

 

「こいつは、私の身内だ」

 

 沈黙。

 

「――手を引きな」

 

 ハルシャの額を、汗が伝う。


 ジャンキー特有の高揚感じゃない。


 本能が警鐘を鳴らしていた。


 目の前の女は、ヤバい。

 

「……あんた」


 ハルシャの喉が鳴る。


「ヘンリカ……だろ」

 

 戮子の目が細くなる。

 

「死んだって聞いたぞ」


「死んだね」


 即答だった。


「今の亭主に負けて」

 

 そして、タバコを咥えたまま笑う。

 

「今は、“戮子”さね」

 

 ハルシャの背筋が冷える。


 ヘンリカ。


 裏社会じゃ伝説だ。


 戦場を一人で壊す怪物。


 死体の山を笑って踏み越える化け物。

 


 それが今。


 虎柄Tシャツ着てタバコ吸ってる。

 

「……冗談きついぜ」


「現実さ」

 

 戮子は煙を吐く。


 そして、目が凍った。

 

「あと――他言したら殺す」

 

 その瞬間。


 ハルシャの喉が、本能的に鳴った。

 

「ああ……わかったよ」

 

 苦々しく答える。

 

 戮子は今度は刹那を見る。

 

「あと、あんたもだ」


「こいつを殺すのはやめな」

 

 刹那の眉が寄る。


「……でも」


「関係ない」

 戮子は即答する。


「裏は取れてる」

 

 刹那の目が揺れる。


 信じたい。


 でも信じきれない。


 そんな顔。

 

 戮子は肩をすくめた。

「まあ、信じなくてもいいけどね」

 

 沈黙。


 夕暮れの風が吹く。

 

 やがてハルシャが立ち上がる。


「……じゃ、戻るわ」


「ああ、先行きな」


 戮子が片手を振る。


「この姿になると、三十分は戻れないのさ」

 

 ハルシャは一瞬だけ戮子を睨み。


 そのまま公園を後にした。

 

 残されたのは、戮子と刹那。

 


 少しの沈黙。

 


 戮子がぽつりと言う。

 

「爺さんがねぇ……あんたのこと、気に入ってんのさ」


「……え?」

 

「うちの嫁になりな」

 

 刹那の目が、大きく見開かれる。

 

「……は?」

 

 理解が追いつかない。

 

 敵だった。


 殺されると思ってた。


 なのに今。

 

 “家族になれ”と言われた。

 

 刹那の胸が、ぐらりと揺れる。

 

 そんな資格ない。


 復讐しか考えてこなかった。


 人を殺してきた。


 化け物になった。

 

 なのに。

 

 初めて。

 

 “居場所”を与えられた気がした。

 

 喉が熱くなる。

 


 戮子が、ぶっきらぼうに煙を吐く。


「復讐なんざ――」

 

 その瞬間だった。

 

 ――パンッ!!

 

 乾いた銃声。

 

 マンションの方向。

 

 刹那と戮子が同時に振り返る。

 

 空気が変わる。

 

 嫌な予感。

 

 それが。

 全ての始まりだった。




 ほんの数分前。

 

 マンション前。

 

「待たせたな」

 

 ハルシャが戻ってくる。


 いつもの不敵な笑み。

 

「刹那とは話ついた」


 正人へ親指を立てる。


「二人にキャットファイト見せたかったぜ」

 

 正人と定男の顔が同時に引きつる。


((絶対戦ってただろ……))


 だがハルシャは気にしない。


「また飲みに行こうぜ」


「うん、ぜひ」

 

 正人が笑う。

 


 定男も、ほっとしたように微笑んだ。


「うん……今度は、もっとゆっく――」


 

 ――パンッ!!

 

 銃声。

 

 定男の胸が弾けた。

 

 鮮血。

 

「がっ……!?」

 

 身体が吹き飛ぶ。


 地面を転がる。

 

「定男!!」

 

 ハルシャの顔色が変わった。

 

 一瞬で銃を抜く。


 視線。


 弾道確認。


 着弾方向。


 ビル屋上。

 

 遠距離。

 

 太った男が狙撃銃を担いでいた。

 

「ふん……裏切りの代償だ」


 男が笑う。


「そいつは再生できない特製品だぜ」

 

 ハルシャの殺気が膨れ上がる。

 

 だが遠い。


 追えない。

 

 男はそのまま姿を消した。

 

「くそっ!!」

 

 ハルシャが即座に定男を遮蔽物へ引きずる。


 正人も駆け寄った。

 

「定男くん!!」

 

 血。


 血。


 血。

 

 止まらない。

 

 正人の手が、血で滑る。

 

 温かい。

 

 さっきまで笑っていた人間の血だった。

 

「定男くん……?」

 

 返事が弱い。


 呼吸が浅い。

 

 胃が冷える。

 

 初めてだった。

 

 “人が死ぬ空気”を、真正面から感じたのは。

 

 ハルシャが定男を抱き起こす。


「おい!! しっかりしろ!!」

 

 だが定男の身体は痙攣していた。

 

「ぁ……ぅ……」

 

 血が止まらない。

 

 ハルシャの顔から、余裕が消える。

 

「……まずい」

 

 その声は、震えていた。

 

「だ、大丈夫なんですよね……!?」


 正人が叫ぶ。

 

「大丈夫だ!!」


 ハルシャが怒鳴る。


「こいつは復活する!!」

 

 まるで。

 自分に言い聞かせるみたいに。

 

 だが。

 

 定男の顔色が、どんどん白くなっていく。

 

「おい……」

 

 ハルシャの声が掠れる。

 

「おい、定男」

 

 初めて見る顔だった。

 

 ジャンキーでも。

 怪物でも。

 殺し屋でもない。

 

 ただ。

 

 愛する人を失いかけてる女の顔。

 

「救急車!!」

 正人がスマホを出す。

 

「無駄だ!!」

 

 ハルシャが叫ぶ。

 

「普通の医者じゃ無理なんだよ!!」

 

 そのままスマホを操作する。

 

「出ろ……!!」

 

 コール音。

 

 繋がらない。

 

「くそっ!!」

 

 ハルシャの手が震える。

 

 正人は立ち尽くすしかない。

 

 何もできない。

 

 友達が。

 

 目の前で死にかけている。


 暗闇。

 

 巨大なドーム空間。

 

 宙に浮かぶ無数のモニター。

 

 その中心。

 

 映し出されるのは。

 

 血まみれの定男。

 抱き締めるハルシャ。

 立ち尽くす正人。

 

 それを見下ろす少女。

 

 ゴスロリ服。

 

 金色の瞳が、妖しく光る。

 

 口角が、ゆっくり吊り上がる。

 

「――イッツ、ショータイム」


☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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