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第48話 スカーフェイスは夫を盾にする ――狂薬のダークエルフ夫婦、皆殺し任務中

 豪奢な屋敷だった。


 赤絨毯。

 大理石の柱。

 天井には巨大なシャンデリア。


 だが今、その全てが血飛沫で汚れている。


 廊下には死体。


 壁には肉片。


 硝煙の臭いが鼻を刺した。



 大広間の入口。


 半壊した扉の横に、二つの影が立っている。


 一人は、小柄な男。


 黒いジャケット。黒いスラックス。

 細身。色白。丸眼鏡。


 身長は百五十五センチ程度。


 怯えたように肩を縮め、壁に張りついている。


 ――淀川定男。


 どう見ても、ただの気弱な男だった。



 そして、その隣。


 煙草を咥え、気怠そうに壁へ寄りかかる女。


 同じく黒いジャケット。黒いスラックス。


 百九十センチを超える長身。


 褐色の肌。


 暴力的な胸。


 黒いロングヘア。


 帽子の下から覗く長い耳。


 頬には大きな傷。


 色付き眼鏡の奥の瞳は、爛々と獣みたいに光っている。


 首筋の刺青は、背中一面まで続いているのが分かる。


 ――淀川ハルシャ。


 通称、“スカーフェイス”。



 ハルシャはスマホを耳に当てたまま、苛立ったように煙を吐く。


「だから言ったろうが」


 低い声。


「死体は消すなって」


『そう言われてもよぉ〜。やっぱ嗅ぎつけて来やがったぜ?』


 電話越しの軽薄な声。


 ハルシャは額を押さえた。


「あのなァ……」


 大きなため息。


「それも込みで“警告”なんだよ」


「依頼内容通りやれっつってんだろ。なぁ、クリーピーガイ」


『だったら自分で――』


「今、取り込み中だ」


 ブツッ。


 通話を切る。




 その瞬間。



 ダダダダダダダダダッ!!



 扉の向こうから銃撃。


 壁が砕ける。


 木片が飛ぶ。


 シャンデリアが揺れる。



「ひぃっ……!」


 定男が肩を震わせた。


「お、おハルちゃん……ど、どうしよう……」



 ハルシャは目を閉じた。


 人差し指を立てる。


「いや、まずな?」


 指をふらふら振る。


「なんでお前、“普通にチャイム鳴らした”?」


「えっ……だ、だって、お邪魔しますって……」


「殺し屋が礼儀正しくすんな」


 頭を抱える。


「あー……」


 そして諦めたように手を振った。


「もういい」


「私が悪かった」


「お前に“潜入”とか期待した私が」



 定男がしゅんとする。


「ご、ごめん……」




 ハルシャは半壊した扉の隙間から中を覗いた。


 一瞬。




 人数。


 武器。


 射線。


 配置。


 呼吸。



 全部読む。




「二十人」


「右奥ロケラン」


「左柱裏二人」


「二階に術師」


「地下に逃げ道か」



 舌打ち。


「思ったより面倒だな」



『来るなら来い!!』


『ぶっ殺してやる!!』



 怒号。



 ここまで来る途中ですでに十数人死んでいた。


 血が廊下を流れている。


 ハルシャは懐から小型スプレーを取り出した。


 鼻へ押し当てる。


 シューッ。


 薬液を吸引。




 数秒。


 瞳孔がゆっくり開く。



「――っはぁ」



 首を鳴らす。


 肩を回す。


 脳が焼ける。


 血管が熱い。


 万能感。


 高揚感。


 世界が鮮明になる。



「いいねェ……」



 デザートイーグルのスライドを引く。


 ガシャリ。



 そして。



「――行くぞ、定男」



「えっ」



 次の瞬間。



 ハルシャは定男の首根っこを掴み、大広間へ投げ込んだ。



「ぎゃああああああああああああ!!?」



 ダダダダダダダダダッ!!



 銃弾の嵐。



 定男の身体に無数の弾丸が突き刺さる。


 血飛沫。


 肉片。


 骨。



 その背後から、ハルシャが滑り込む。


「ナイス盾」


「ひどっ!!」



 即座に応戦。


 ドンッ!!


 男の頭が吹き飛ぶ。


 さらに二発。


 胸部を破裂。


 花瓶が砕け、絵画が裂け、家具が吹き飛ぶ。



 そのままハルシャは、蜂の巣になった定男を広間中央へ放り投げた。


 血が床を染める。


 定男は痙攣しながら動かない。



 ハルシャは遮蔽物へ滑り込んだ。


「チッ。ボスどこだよ……」


 マガジン交換。


 再びスプレー吸引。



「ヒャハハハハッ!!」



 二丁拳銃。


 乱射。


 硝煙。


 絶叫。



 その時だった。



 広間中央。



 死体だった“それ”が動く。



 ぐちゃり。



 肉が脈打つ。


 骨が軋む。


 いや。



 違う。



 鉄骨が捻じ曲がるような音。



 撃ち込まれた弾丸が、体内で溶けていく。


 黒い肉が蠢く。


 膨張。


 変質。



『ば、化け物……』



 言い終わる前に。


 定男が立ち上がった。



 全身を黒い異形の筋肉が覆っている。


 眼球は赤黒く濁り。


 牙が伸び。


 指先が獣の鉤爪みたいに変形していた。



「……ァァァァ」



 低い唸り。



「ぶっ殺す」



 圧。


 怪物だった。



 次の瞬間。



 定男が跳ぶ。



 人間の動きじゃない。



 一人を踏み潰す。


 頭蓋が弾ける。




 別の男を掴む。


 腕を引き千切る。



 さらにもう一人。


 頭を握り潰す。


 果物みたいに。



 血。


 肉。


 悲鳴。



 広間が地獄へ変わる。



 それを遮蔽物から見ながら、ハルシャは頭を掻いた。


「おーい定男〜」


「頭潰したら誰がボスかわかんなくなるだろ〜」


 届かない。


 完全に暴走していた。


「だめだこりゃ」


 肩をすくめる。


「刹那の方がまだ話通じたぞ」



 数分後。



 屋敷は燃えていた。



 炎。


 黒煙。


 死臭。


 死体だらけの庭を、二人は並んで歩く。



「うぅ……」


 定男が涙目だった。


「おハルちゃん、ひどいよぉ……」


「だから謝ってんだろ」


「この前も盾にしたよね?」


「夫婦は助け合いだろ?」


「助けられてないよ!?」



 ハルシャは煙草に火をつけた。


「でもお前、死なねぇじゃん」



 定男が黙る。



 それは信頼だった。



 雑。


 乱暴。


 最低。



 でも。



 ハルシャは本気で、


 “定男は死なない”


 と信じている。



 定男も、それを分かっている。



 だから怒りきれない。



「僕は君の何なのさ……」



 するとハルシャは、少し照れ臭そうに鼻を擦った。


「……亭主だろ」


「私ら夫婦じゃねぇか」



 定男が顔を真っ赤にする。


「う、うわぁ……急にそういうこと言う……」


「うるせぇ」



 その時。



 瓦礫の中。



 瀕死の男が這っていた。


「た……助け……」



 パンッ。



 ハルシャは振り向きもせず撃ち抜く。


 頭が砕けた。



 そのまま歩き続ける。



「もうちょっと優しくしてよね……」


 拗ねる定男。



「あとな」


 ハルシャが言う。


「私、“ハルシャ”だから」


「“おハルちゃん”って呼ぶな」




「え?」


 定男がきょとんとする。


「でもおハルちゃん、室町時代生まれでしょ?」



 沈黙。



 ハルシャは空を仰いだ。



「……お前ほんと空気読めねぇな」



 燃え上がる屋敷を背に。



 最悪の夫婦は、夜の闇へ消えていった。


☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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