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第49話  殺し屋夫婦は、昼間からメタル談義をする。

 休日の昼下がり。


 正人は、一人で古着屋に来ていた。


 薄暗い店内。

 天井から吊るされた裸電球。

 壁一面に並ぶバンドTシャツ。

 古いレコードジャケット。

 革ジャン。

 煙草と古着の匂いが混ざった、独特の空気。


「……服なんて、久々に買うよな」


 ハンガーを指で押しながら、正人はぼやく。


「何買えばいいんだ……」


 刹那に、

『もう少し服に気を使いなさい』

 と真顔で言われたのが昨日。


 だから来てみたものの――。


「高っ」


 思わず声が漏れた。


 ショーケースの中。


 ヴィンテージTシャツ。


 値札。


 七万円。


「いや、布だよね?」


 しかも色褪せた黒Tシャツだ。


 どこがそんなに高いのか分からない。


「ロックって怖ぇ……」


 若干引きながら、別のラックへ移動する。


 そこには比較的手の届く値段のメタルTシャツが並んでいた。


「これくらいなら……」


 正人が一枚のTシャツへ手を伸ばす。


 その瞬間。


 別の手が重なった。


「「あっ」」


 声が重なる。


 二人同時に手を引っ込めた。


 そこにあったのは――。


 アイアン・メイデンのTシャツ。


「………」


「………」


 微妙な沈黙。


 相手は、痩せた男だった。


 身長は低め。

 色白。

 眼鏡。

 黒のバンドTシャツ。

 いかにも気弱そうな雰囲気。


 男は露骨に視線を逸らした。


 オドオド。


 挙動不審。


 知らない人間と会話するだけでHPが減るタイプである。


(なんか……すごいコミュ障の人来たな)


 気まずさに耐えきれず、正人はTシャツを差し出した。


「あっ、どうぞ」


「えっ……あっ……はい……」


 男は恐縮しながら受け取る。


 その時、正人は男の着ているTシャツに目を留めた。


「……そのTシャツ、ジューダスですよね」


「――えっ」


 男の顔が跳ね上がった。


「ペインキラーのやつでしょ」


 Tシャツの絵柄を指差す。


 一瞬。


 男の身体が、わなわな震えた。


「わ、分かります!?!?」


 食いつきが凄かった。


「さ、最近こういうの聴く人少ないから……!!」


「う、うん……割と聴くから……」


 正人は若干引き気味で頷く。


 だが、もう遅かった。


 男の目が輝いていた。


 限界オタク特有の“仲間を見つけた目”である。


「ジューダスのペインキラーはですね、あの異常なハイトーンとスピード感が――」


 始まった。


「七〇年代HRの流れから八〇年代HMに入って、そこからスラッシュ方面へ――」


 早口。


 止まらない。


「僕はですね!! やっぱりサバスとプリーストが――」


「う、うん」


 正人は頷く。


 だが嫌ではなかった。


 むしろ、ちょっと面白い。


「僕はどっちかっていうと、ガンズとかモトリーとか、レッチリとか好きかな」


「もちろんメイデンも好きだけど」


「――ですか!!」


 男の顔がぱあっと明るくなる。


 まるで少年みたいな笑顔だった。


 その時。


 店の奥から女の声が飛んできた。


「おーい。買ったか〜?」


 低く、よく通る声。


 正人が振り向く。


 そして、一瞬固まった。


 長身。


 褐色の肌。


 黒のロングヘアー。


 首筋に覗く刺青。


 黒スーツ。


 ヒール。


 鋭い眼光。


 そして――暴力的なまでの存在感。


 女が歩くだけで、空気が圧迫される。


 周囲の客が、無意識に道を開けていた。


(なんだこの人……)


 ただ者じゃない。


 本能がそう告げている。


 だが。


「おハルちゃーん!!」


 男――定男が、ぱっと笑顔になる。


(おハルちゃん!?)


 正人の脳がバグる。


 容姿と名前のギャップが激しすぎた。


 女は頭を掻きながら、


「おい。変な誤解呼ぶから、その名前で呼ぶなって言ってるだろ」


 と呆れたように言う。


(日本語めちゃくちゃ流暢だな……)


 しかも自然すぎる。


「うん、これにしようかなって」


 定男がTシャツを見せる。


 すると女は、ショーケースを指差した。


「お前さぁ。どうせならあれにしろよ」


 ヴィンテージのメタリカTシャツ。


「やっぱメタリカだろ」


「あれ高いよぉ……」


「金ならあるだろ」


 即答。


 夢のない会話である。


 そして女は、ゆっくり正人を見た。


 鋭い視線。


 一瞬だけ。


 本当に一瞬だけ。


 獣みたいな圧が漏れる。


「……こいつは?」


 定男が嬉しそうに答える。


「うん! 正人さん! さっき意気投合しちゃってさ!」


「へぇ〜」


 女が少し驚いた顔をした。


「初めてじゃねえか。私以外で人と打ち解けたの」


「う、うん……」


 定男は照れ臭そうに笑う。


 その顔を見て、女はふっと目を細めた。


 どこか嬉しそうに。


「なるほどねぇ……」


 そして突然。


 バン、と正人の背中を叩く。


「よし!!」


「今から三人で飲みに行くぞ!!」


「えっ」


「昼間っから飲む酒は美味ぇんだよ!!」


「いや俺――」


「行くぞ!!」


 有無を言わせぬ圧。


 こうして正人は、


 後に“アルケミスト最悪の殺し屋夫婦”と呼ばれる二人と、


 昼間から飲みに行くことになった。


 もちろん。


 この時の正人は、まだ知らない。


 この出会いが。


 自分と刹那の運命を、

 さらに狂わせていくことを。


☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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