第41話 修羅場に、もう一人来た。
――三日後の夕方。
電柱の影。
そこに、ひとりの女がいた。
エリュアールは、壁にぴたりと張り付きながら――
じっと前方を覗いている。
「これは……教えたほうが面白――」
言いかけて、咳払い。
「……教えたほうが、刹那のためよね」
視線の先。
そこには――
腕を組んで歩く、男女の姿。
正人と。
見知らぬ女。
黒髪のロングヘア。
全身を黒で統一したジャンプスーツ。
ヒールの音が、静かに響く。
端正な顔立ち。
落ち着いた空気。
そして――
正人を見る、その目。
どう見ても、“恋人のそれ”だった。
ふたりは笑い合いながら、そのまま角を曲がって消えていく。
「……はい、アウト」
エリュアールは、口元を歪めた。
「これは……荒れるわね」
小さく笑う。
そして――その場を離れた。
「ただいま〜」
いつもと同じ声。
いつもと同じ帰宅。
なのに――
玄関に立っていた彼女は、
“いつもと違った”。
刹那は、そこにいた。
微動だにせず。
俯いたまま。
静かすぎる。
――静かすぎて、怖い。
「……おかえり」
顔が上がる。
笑っている。
でも、その目は――
なにも映していない。
「話があるの。いい?」
拒否権なんて、最初からない。
◆
ダイニング。
正人が椅子に座った瞬間。
「――バインド」
乾いた音。
次の瞬間、空間から現れた縄が、
するすると絡みつく。
手首。
足首。
胴体。
逃げ場は、ない。
「えっ!?ちょ、なんで――」
言い終わる前に。
彼女が、来る。
ゆっくり。
逃げ場のない距離まで。
そして――
首元に、顔を寄せた。
すん、と。
息を吸う。
「……ああ」
吐息。
小さく、震える。
「やっぱり」
もう一度、吸う。
確かめるように。
「違う匂いがする」
指先が、正人の胸元に触れる。
なぞるように。
「ねえ」
囁く。
「どこで、つけてきたの?」
優しい声。
怒っていない。
なのに――
逃げられない。
「ち、違うよ!?何もしてないって――」
「うん」
即答。
でも。
視線は外さない。
「じゃあ、教えて?」
微笑む。
「この匂いの“理由”」
間。
沈黙。
逃げ道はない。
「……ない、よ」
かすれた声。
「そっか」
刹那は、小さく頷いた。
そして。
手を伸ばす。
空間が歪む。
――日本刀。
静かに現れる。
「ねえ、正人」
声は変わらない。
優しいまま。
「私、言ったよね?」
一歩、近づく。
「嘘、嫌いなの」
刀を持つ手は、震えていない。
「でもね」
少しだけ、首を傾げる。
「嘘つくくらいならさ」
にこり、と笑う。
「どこにも行けなくしてあげたほうが、安心だと思うの」
息が止まる。
「だって」
もう一歩。
「ここにいれば、ずっと一緒でしょ?」
正人の頬に触れる。
その指は、優しい。
「怖いことも、悲しいことも」
「全部、私がなくしてあげる」
距離が、ゼロになる。
「だから」
刀が、持ち上がる。
「大丈夫」
微笑む。
「少しだけ、痛いだけだから」
「ま、待って!!落ち着こう!?話せばわかるって!!」
必死の声。
でも。
刹那の世界は、もう閉じている。
「うん、わかってるよ」
優しく頷く。
「だから、逃げないようにするの」
刀が、振り下ろされる――
その瞬間。
バタンッ!!
玄関のドアが開いた。
「ごめん、渡しそびれたものがあってさ――」
空気が、止まる。
そこに立っていたのは、
黒髪の女。
ジャンプスーツ。
そして。
状況を見て、固まる。
縄で縛られた男。
刀を構える少女。
「……あれ?」
一拍。
「あっ、ごめんごめん」
あっさりと言った。
「そういうプレイ中だった?」
ドアを閉めようとする。
「待ってーーーーーーー!!!」
正人の絶叫が、
夜のマンションに、響き渡った。
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