第40話 外堀、埋めておくわ。
――それから、三日後。
テーブルを挟んで、正人と刹那は向かい合っていた。
静かだ。
やけに、静かすぎる。
その沈黙の中心にあるのは――
テーブルの上に並べられた、何冊もの台紙。
パシン、と。
刹那がそれを軽く叩く。
「……うーん」
首を傾げる。
「あれ、夢だったのかしら……」
ぽつり、と呟く。
「確か、あなたに――」
一瞬、間を置いて。
「“君さえいてくれたら、それでいい”とか」
「“君は、俺の全てなんだ”とか」
言葉を並べていく。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「ねえ、正人」
にっこりと、微笑む。
「あなた――そんなこと、言ったかしら?」
頬杖をつく。
わざとらしく。
「最近、物忘れがひどくて……困っちゃうわ」
――明らかに、怒っている。
笑っているのに、目が笑っていない。
(いや、言いました。確かに言いました)
「う、うん……言った、気がする」
その瞬間。
空気が、凍る。
「あ゛?」
低い声。
「“気がする”? なにそれ」
顎を上下させ、じわりと詰め寄る。
(怖い!!めちゃくちゃ怖い!!)
「あっ、ごめ……すみません!!」
「言いました!!確かに言いました!!夢じゃありません!!」
「へぇ〜……」
じっと見つめる。
そして、トン、と台紙を指で突いた。
「じゃあ――これ、なに?」
「えっと……写真、かな?」
「ただのスナップじゃないわよね?」
そこに写っているのは――
着物やドレスに身を包んだ、若い女性たち。
「うーん……いわゆるひとつの、お見合い写真?」
「なに、野球選手みたいな言い回ししてんのよ」
バンッ!!
テーブルを叩いて立ち上がる。
「なんでこれが送られてきたのか聞いてんのよ!!」
「母さんが……誰か選べってこと、かな」
ぼそり、と正人。
「ふん」
刹那は腕を組み、顔を背ける。
そのまま、ドスンと座り直した。
「で?」
ちらりと視線を向ける。
「どうするの?」
「断るよ」
即答。
「当然でしょ」
即ツッコミ。
「で、そのお義母さんに」
ぐっと身を乗り出す。
「なんて断るつもり?」
「うーん……どう言えばいいと思う?」
一瞬の静寂。
「はぁ!?」
爆発。
「アホなの!?バカなの!?」
「で、でも……」
正人は困り果てる。
深いため息。
「ほんと……あなた、私がいないとダメね」
肩をすくめる刹那。
「ほんとのこと、言えばいいじゃない」
「ほんとのことって?」
「あ゛〜もうダメだわこれ」
頭を抱える。
がしがしと掻きながら。
そして、顔を上げる。
ビシッ――と正人を指差す。
「将来を誓い合った女性がいるんだ!!」
ドン、とテーブルを叩く。
「そう言いなさい」
「えーーーーー!?」
「母さん、ここ来るよ……?」
恐る恐る言う正人。
「いいわよ」
あっさり。
「どうせ、いつかは会うんだから」
すっと立ち上がる。
腰に手を当てて。
「この際――外堀、埋めておくわ」
堂々と、言い切る。
その顔には。
獲物を逃がさない、確信めいた笑み。
「ふふふふふ……」
静かな部屋に、その笑いが響いた。
――その夜。
正人が寝静まった頃。
部屋には、わずかな生活音すら消えていた。
刹那は、ひとり。
リビングへと足を運ぶ。
テーブルの上。
昼間、あれだけ騒ぎの種になった――
お見合い写真の束。
ゆっくりと腰を下ろす。
「……」
一枚、手に取る。
整った顔立ち。
気品のある着物。
非の打ち所がない美しさ。
「……だいたい」
ぽつりと呟く。
「どんな娘が来てんのよ」
ぱらり、と次の一枚。
また、美しい。
さらに、その次も。
「正人に見合いはやめさせたけど……」
視線が、鋭くなる。
「“どういう女が選ばれてるのか”くらいは、見ておかないと」
指先で、写真をなぞる。
「……それとも」
小さく、息を吐く。
「私が、“条件を満たしてる側”なのか」
自嘲気味に笑う。
だが――
違和感が、消えない。
「……おかしい」
改めて、全体を見渡す。
普通じゃない。
「これ……」
「しがないサラリーマンの見合いじゃないでしょ」
どの女性も。
“出来すぎている”。
外見だけじゃない。
立ち姿、視線、雰囲気――
すべてが、洗練されすぎている。
「……みんな、綺麗ね」
その言葉に、感情は乗らない。
ただの、事実確認。
ふと、裏書きに目を落とす。
「犬神家……龍門家……」
ページをめくる。
「狭魔家……羽黒家……」
手が止まる。
「……え?」
もう一度、見直す。
「……全部、聞いたことある家ばかり……?」
血の気が引く。
嫌な予感が、背筋をなぞる。
刹那は、静かに目を細めた。
――確かめる。
指先に、ほんのわずかな魔力を込める。
写真へと、流し込む。
瞬間。
“変わった”。
「……っ」
息が止まる。
写真の中の少女。
――その姿が、揺らぐ。
次の瞬間。
耳が、現れる。
獣のような、しなやかな耳。
ふわりと揺れる尾。
「……獣人」
次。
角。
硬質な鱗。
黄金の瞳。
「……龍人……?」
さらに次。
背に、影のような羽。
人ならざる気配。
「……悪魔……魔族……」
ページをめくる手が、止まらない。
だが――
答えは、同じだった。
「……人間が」
かすれる声。
「……一人も、いない……?」
静寂。
重く、沈む空気。
「しかも……」
ゆっくりと、言葉を絞り出す。
「全部、“魔界の旧家”……」
ありえない。
こんなものが、偶然並ぶはずがない。
これは――
選別だ。
“血統”の。
その瞬間。
刹那の中で、ひとつの疑問が形を持つ。
「……正人の、お義母さんって……」
言葉が、そこで止まる。
言ってはいけない。
そんな直感。
けれど。
もう、引き返せない。
視線が、自然と寝室の方へ向く。
そこには――
何も知らず、眠っている男がいる。
「……あなた……」
小さく、呟く。
「いったい、何者なの……?」
答えは、まだ出ない。
けれど――
確信だけが、あった。
これは。
“人間の物語”では、ない。
刹那は、立ち尽くしたまま。
しばらく、動けなかった。
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