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第38話 それでも、君を選ぶ。

 帰り着いた部屋は、やけに静かだった。


 靴を脱ぐ音が、妙に大きく響く。


 ――いつもなら、他愛もない会話があったはずなのに。


 刹那は、何も言わない。


 ただ、そこにいるだけ。


 それなのに――距離がある。


 冷蔵庫の残り物で、簡単に食事を済ませる。


 味なんて、よくわからなかった。


「……ごめん」


 ぽつり、と。


 刹那が呟く。


「今日は……先に寝る」


 顔は見えない。


 でも、その声だけでわかる。


 ――限界だ。


「……うん。おやすみ」


 それしか言えなかった。


 引き止める言葉が、出てこない。


 扉が閉まる。


 小さな音。


 それだけで、胸が締め付けられる。


 沈黙。


「はいはいはい」


 場違いな声が、空気を切り裂いた。


 エリュアールが、にやりと笑う。


 そのまま、ぐいっと正人の背中に腕を回す。


「正人くんさ〜?」


 耳元で囁く。


「ここ、“男の甲斐性”見せるとこよ?」


「か、甲斐性って……どうするの?」


 思わず声が裏返る。


「はぁ?」


 盛大なため息。


「ほんとマジで恋愛雑魚だね〜」


 呆れた顔で、肩をすくめる。


「あ、そっか」


 わざとらしく手を打つ。


「初彼女だったね。めんご、めんご」


 片手を立てて、ぺこり。


(めんごって……いつの時代だよ)


 心の中でだけ突っ込む。


 少しの間。


 エリュアールは、じっと正人を見る。


「いい?」


 声のトーンが、少しだけ落ちる。


「今、刹那が一番欲しい言葉」


「それを、あげなさい」


「……なんて言えばいい?」


「それ聞く!?」


 即ツッコミ。


「アホなの?バカなの?」


「……自分の彼女でしょ?」


 言葉に詰まる。


 エリュアールは、ふーっと大きく息を吐いた。


「まあ……無理か」


「ついこの前まで、恋愛経験ゼロだもんね」


 そう言いながらも。


 どこか、優しい。


「あのね」


 指を一本立てる。


「難しく考えなくていいの」


 そして、ゆっくりと言う。


「“お前は俺のすべてだ”」


「“お前さえいてくれたら、それでいい”」


 言葉が、胸に落ちる。


「今の刹那ね」


 エリュアールは、視線を扉へ向ける。


「迷ってるのよ」


「自分の復讐に、あんたを巻き込んだこと」


「このままでも、生きていける」


「檻の中みたいな生活でも――それなりに幸せにはなれる」


「もし復讐やめたら」


「もしかしたら……あんたと、添い遂げられるかもって」


 静かに、続ける。


「でもね」


「その代わり――」


「“あんたの力”を失う不安と、一生付き合うことになる」


 重い現実。


「だから」


 エリュアールが、正人を見る。


「揺れてるの」


 沈黙。


 しばらくして。


「……うん」


 正人が、頷く。


「わかった」


 顔が、ゆっくりと上がる。


「悩んでる彼女を……全部受け入れればいいんだよね」


「まあ、そういうこと」


 肩をすくめるエリュアール。


「どんな選択でも」


「一緒に背負う」


「一蓮托生で、受け入れるよ」


 その目に、迷いはなかった。


「……ふーん」


 エリュアールは、にやりと笑う。


「やるじゃん」


 くるりと背を向ける。


「じゃ、がんばりなさい」


 ひらひらと手を振る。


 その背中を見送りながら。


 ぽつりと。


「……あーあ」


「私も、男ほし〜い」


 小さく、呟いた。


 部屋には、再び静寂が戻る。


 正人は、扉の前に立つ。


 ノックするか。


 それとも――


 ほんの少し、迷って。


 それでも。


 手を伸ばした。




☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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