第36話 それでも、君は契約する。
――弾かれた。
刹那とエリュアールの気配が、音もなく消える。
残ったのは、正人と――盲だけ。
篝火の揺らぎが、やけに大きく見えた。
「やっと、二人きりになったね」
ゴスロリの少女が、後ろ手に微笑む。
音もなく距離を詰める。
近い。
近すぎる。
「う、うん……」
正人は、無意識に息を呑んだ。
「君ね」
少女は、ぱっと表情を明るくする。
「私たちの“推し”なんだ」
言うが早いか、正人の手を掴み――
ぶんぶんと上下に振る。
「会えて嬉しいよ!」
あまりに無邪気な仕草。
だが――
この空間で“無邪気”ほど信用できないものはない。
「こっち界隈、今すごいのよ?」
くるり、と回る。
「君と、君の弟と、親戚――誰を推すかで大論争」
指を折って数え始める。
「百目は虎徹推し。逆さ首は弟のハヤオ推し」
くすり、と笑う。
「で、私は――」
正人をまっすぐ指さす。
「君推し」
「この際、あの黒髪から私に乗り換えなさい」
ビシッ、と言い切る。
「欲しいもの、なんでもあげるよ?」
沈黙。
ほんの一瞬。
だが正人は、迷わなかった。
「……ごめん」
静かに言う。
「刹那が、大事なんだ」
ぴたり、と空気が止まる。
そして。
「うわっ、フラれた」
少女は額に手を当てて、よろめく。
大げさに。
芝居がかって。
「仕方ないかぁ」
肩をすくめる。
「推しの幸せを優先するのも、ファンの義務だもんね」
くすり、と笑う。
その笑みは――どこか歪んでいる。
「じゃあ、交渉しよっか」
声の温度が、少しだけ落ちる。
「私たちはね」
少女は、背後の柱を一瞥する。
無数の“顔”が、静かにこちらを見ている。
「君たちの今後を――リアリティーショーとして楽しみたい」
ぞわり、と背筋が粟立つ。
「だから」
少女は、人差し指を立てる。
「カメラ代わりに――魔眼をつけてほしい」
「うん、うん」
軽く頷く正人。
――さっきまでの“推しトーク”で、警戒がわずかに緩んでいる。
それを、見逃さない。
「対価はね」
甘い声が、重なる。
「十二時間のキャストタイムにつき三十分」
別の声が囁く。
「彼女を――“元に戻せる”」
刹那の顔が、脳裏をよぎる。
あの笑顔。
あの震える声。
「魔眼にはオプションもあるよ?」
色っぽい声。
「触れた相手の“感情”が読めちゃうの」
「さらに――」
子どもの声が混ざる。
「少し先の未来も、見える」
(……怪しい)
正人の中で、警鐘が鳴る。
(うますぎる話だ)
「でもぉ」
別の声が、甘く囁く。
「副作用とか、対価とか、気になるよねぇ?」
「そこは安心」
少女が笑う。
「基本機能は――どこまで使ってもタダ」
(出た)
正人の眉がわずかに寄る。
(これ、完全に“それ”だ)
無料で間口を広げて――
あとから回収するやつ。
「……やめとくかな」
ぽつり、と言う。
「え?」
少女が瞬きをする。
「話がうますぎる」
正人は、はっきりと言った。
「絶対、裏あるだろ」
――沈黙。
次の瞬間。
柱が、動いた。
「「「「「「仕方ないな」」」」」」
「「「「「「契約しなければ――結界は取り消す」」」」」」
「うわっ……ズル……」
思わず声が漏れる。
「じゃあ、サービス」
少女が、にやりと笑う。
「彼女が追ってる敵――居場所、教えてあげる」
息が止まる。
「……選択肢、ないよな」
正人が小さく笑う。
「うん」
あっさりと肯定。
「諦めて契約しな」
「私たちはね」
無数の声が重なる。
「追い込まれた人間の選択が好きなんだ」
「君は――」
少女が、顔を覗き込む。
「いい壊れ方をしそうだ」
沈黙。
長い、長い一瞬。
「……わかった」
正人が、目を閉じる。
「契約する」
その瞬間。
空間が、歪む。
正人の目の前に――
金色の眼球が、現れた。
――バチッ。
焼ける。
刺さる。
えぐられる。
「――ッ!!」
声にならない叫び。
視界が白に弾ける。
地面に崩れ落ちる。
「はい、契約完了」
軽い声。
「立って。周り見てみな」
荒い呼吸のまま、顔を上げる。
――見える。
はっきりと。
何も変わっていないように。
なのに、どこか違う世界が。
「……なんとも、ない」
「それでいいの」
少女は満足げに頷く。
「そうそう、オプションね」
にやり、と口角を上げる。
「私たちと連絡、取れるよ?」
「困ったら、相談しなさい」
無数の声が、囁く。
「力を貸してあげる」
「すごく、強力なのを」
背筋が、冷える。
「じゃ」
少女が手を振る。
「彼女、待ってるよ」
――暗転。
静寂。
誰もいないはずのドーム。
その中央で。
ゴスロリの少女が、くすりと笑った。
「楽しみ」
舌で、唇をなぞる。
「正人が――」
目を細める。
「私たちに縋ってきたら」
柱が、一斉に口を開く。
「「「「「「新しい仲間」」」」」」
声が、反響する。
何度も、何度も。
――まるで、祝福のように。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。




