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第35話 その契約は、もう取り消せない。

 夜――二十二時。


 人気のない公園。


 街灯の下、古びたベンチに――少女が座っていた。


 黒を基調としたゴスロリの衣装。

 レースの影が、地面に歪んだ模様を描いている。


 その姿は、まるで――


 飾られた人形。


 微動だにせず、ただ何かを見つめ、俯いている。


 生きているのかすら、判別がつかない。


 正人、刹那、エリュアールは、ゆっくりと近づく。


 足音がやけに大きく響く。


「……来たわよ」


 刹那が静かに告げる。


 その声で――


 少女が、ぴくりと動いた。


 コードレスイヤホンを外す。


「あっ、ごめん」


 あまりにも軽い声。


「今、いいところなんだ……もうちょっと待ってて」


 タブレットの画面を見つめたまま、指で操作する。


 映っているのは――


 人が人を殺し合う、デスゲームのドラマ。


 作り物の“死”。


 だが。


 この場にいる全員が知っている。


 それよりも、ここにあるものの方がよほど“本物”だと。


「……いいわね」


 やがて、満足したのか。


 少女は画面を閉じる。


「最近のサブスクドラマ、ほんと最高」


 ぽつりと呟く。


 その口元は、どこか満たされている。


「ごめんね」


 にこり、と笑う。


「私たち、こういうのに飢えてるの」


「ふーん」


 刹那が腕を組む。


「こっちの“リアリティーショー”にも興味があるみたいね」


「もちろん」


 少女は迷いなく頷く。


「こっち界隈じゃ、最近の二大コンテンツよ」


 くすり、と笑う。


 そして――


 正人を見る。


「狙ってる連中、多いのよ?」


 ウインク。


「あなたの恋人と、その“弟”」


 刹那の視線が鋭くなる。


「じゃあ――行きましょうか」


 少女が、ぱちんと指を鳴らす。


 その瞬間。


 世界が、沈んだ。


 闇。


 完全な闇。


 次の瞬間――


 ぼわり、と篝火が灯る。


 円形に並ぶ炎。


 その中央に――


 巨大な柱。


「ようこそ」


 少女が、胸に手を当てて礼をする。


「我が家へ」


 空間は、ドーム状に閉じている。


 外界は存在しない。


 逃げ場も、ない。


 刹那は息を飲む。


 正人は言葉を失う。


 エリュアールは――


 目を細めた。


「もう少し、近くへ」


 少女が、柱を指す。


 誘うように。


 命じるように。


 近づく。


 ――気づく。


 それは、柱ではない。


 無数の顔。


 重なり合い、積み上げられた――


 “人の顔”でできた柱。


 デスマスク。


 しかし。


 すべての顔に、“目がない”。


 その時。


 口が、開いた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 ――無数に。


「ようこそ」


 男の声。


「よく来てくれた」


 老人の声。


「歓迎するわ」


 女の声。


 子ども。


 青年。


 老女。


 ――すべてが、重なる。


「「「「「「「「私たちは」」」」」」」」


「「「「「「めくら」」」」」」


 完全に重なった声が、空間を震わせる。


「みんなで“盲”なの」


 少女が笑う。


 その背後で、無数の口がわずかに歪む。


「私は、その“眼”」


 金色の瞳が、細くなる。


「では、本題に入ろう」


 低い老人の声。


「限定的ではあるが――」


 別の声が重なる。


「呪いの緩和が可能だ」


「……で?」


 刹那が踏み込む。


「当然、ただじゃないんでしょ」


「もちろん」


 女の声。


 甘く、湿った響き。


「私たちは娯楽に飢えているの」


 くすくす、と笑う声が重なる。


「あなたたちの“物語”を――」


「リアルタイムで観たい」


「……趣味悪いわね」


 吐き捨てるように言う刹那。


「具体的には?」


「簡単なこと」


 少年の声。


「一日三十分だけ」


「君を“自由”にする」


 別の声。


 刹那の心臓が跳ねる。


「悪くないわね」


 だが、すぐに冷静に返す。


「でも、全部見られるのは気分が悪い」


「そこは配慮しよう」


 男の声。


「プライバシーは必要だ」


 笑いが混じる。


「方法は?」


「――魔眼を渡す」


 沈黙。


 空気が、変わる。


「……やめとく」


 刹那は即答した。


「嫌な予感しかしない」


「勘違いしてるよ」


 幼い声が、くすりと笑う。


「取引相手は――」


 間。


 そして。


「正人だよ」


「……は?」


 刹那の思考が止まる。


「俺……?」


 正人が呟く。


「君だよ」


「正人、やめな――」


 言い切る前に。


「二人で話そう」


 世界が、弾けた。


 ――公園。


 元の場所。


 刹那とエリュアールだけが、立っている。


「……は?」


 理解が追いつかない。


 だが。


 わかることは一つ。


(奪われた)


 時間が、過ぎる。


 数分か。


 数秒か。


 感覚が曖昧になる。


 そして。


 空間が歪む。


 水面のように揺れる。


 そこから――


 正人が現れる。


 その隣に、盲。


「じゃあ、今後ともよろしくね」


 軽い調子で言う少女。


「……ああ」


 正人が頷く。


「もう会わない方がいいのかもな」


「ふふ」


 少女は微笑む。


「大丈夫」


 その視線が――正人の右目に落ちる。


「“それ”を通して、また会える」


 その瞬間。


 右目が、金色に光る。


「使いすぎると――破滅するわよ?」


 くすくす、と笑う。


「まあ、楽しみにしてる」


 ――消える。


「正人!!」


 刹那が駆け寄る。


 両手で顔を掴む。


「ばかっ……!」


 声が震える。


「なんで……なんであんな奴と取引したのよ!!」


「何したか、わかってるの!?」


 膝から崩れ落ちる。


「なんで……なんで……」


 涙が、溢れる。


「あいつらの狙いは、あなたなのよ!!」


 叫ぶ。


「柱の連中みたいに……あなたを取り込む気なの!!」


「それが連中のやり方……!」


「馬鹿よ……あんた……」


「ごめん……」


 正人は静かに言う。


「でも……ああしないと、結界を解くって」


「それに……使わなければ問題ないって……」


「……っ」


 刹那は、正人に縋りつく。


「ごめん……ごめん……」


 何度も。


 何度も。


 そして。


「……でね」


 正人が言う。


「クロコダイルマンの居場所――教えてくれた」


「……え?」


 刹那が、顔を上げる。


 夜の公園。


 静寂。


 そして――


 取り返しのつかない選択。


 こうして。


 魔眼を得た一般人と。


 彼を愛しすぎた少女と。


 巻き込まれたくないのに巻き込まれるエルフ。


 ――物語は、取り返しのつかない方向へと進み始めた。




☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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