第34話 敵じゃない”と名乗る少女に、取引を持ちかけられた夜
食後。
湯呑みから立ち上る湯気を眺めながら、ゴスロリの少女は小さく息をついた。
「……ふう。食べたわね。少し食べ過ぎたかしら」
まるで、最初からこの席にいたかのような自然さで。
――だが、その存在だけが、明らかに異物だった。
「初デートを監視なんて、趣味が悪いわね」
刹那が静かに言う。
声音は穏やか。
しかし、その視線は鋭く、逃げ場を与えない。
明確な敵意。
「そうね」
少女――盲は、あっさりと肯定した。
頬杖をつき、楽しげに目を細める。
「でも」
ゆっくりと、唇が歪む。
「この結界――作ったのは、私なの」
空気が、凍る。
「……私?」
刹那の視線が、横へ走る。
エリュアールへ。
だが――
当の本人は、露骨に顔を逸らし、口笛を吹いていた。
両手を後ろで組み、完全に“関係ない”という態度。
(……こいつ)
刹那の拳が、テーブルの下で静かに握られる。
「まあまあ、怒らないで」
盲は、くすりと笑う。
「こちらから申し出たことだもの」
――“こちら”。
その一言が、わずかに引っかかる。
(単独じゃない……)
「で?」
刹那は短く切り出す。
「何の用?」
回りくどいやり取りは不要。
この手の相手には、正面から踏み込むのが最短だ。
「わかってると思うけど」
盲は湯呑みを傾ける。
そして――
ゆっくりと視線を上げた。
その瞳が、一瞬だけ金色に光る。
「あなたたちに、“手助け”ができると思うの」
柔らかな声。
だがその実――選択肢は一つしかない。
断るという選択肢が、最初から用意されていない。
「……それは、ありがたいわね」
刹那は微笑む。
完璧に整えられた表情。
だが内側では――
(問題は、対価)
無料の善意など、ありえない。
特に、こういう存在からは。
「詳しい話は、明日」
盲はあっさりと席を立つ。
ゴスロリの裾が、静かに揺れた。
「公園。二十二時」
一歩、踏み出す。
「興味があれば、来て」
振り返らない。
それでも――
来ることを疑っていない、歩き方だった。
「ああ、そうそう」
足を止める。
「結界のお礼は――ここの支払いでいいわ」
軽く肩をすくめる。
「大サービス」
余裕の笑み。
この場の主導権がどこにあるのか、はっきりと示すように。
そのまま、引き戸へ向かう。
そして――
「おじさん」
店主に、明るく声をかける。
「美味しかったわ。また来る。今度は“みんな”を連れて」
一瞬、その言葉が引っかかる。
だが――
「おう、そりゃありがてえな」
店主は、何も知らずに笑った。
ガラガラ、と。
引き戸が開く。
外の光が差し込み。
そして――閉じる。
静寂。
何も変わらない店内。
同じ音。
同じ匂い。
同じ日常。
なのに――
確実に、何かが変わっていた。
刹那は、ゆっくりと息を吐く。
そして――
隣のエリュアールを、横目で睨んだ。
「……説明、してもらえる?」
静かに。
逃げ場を与えない声音で。
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