第32話 公園デートと、離したくない手
木陰にシートを敷き、二人は並んで腰を下ろす。
柔らかな草の感触。
揺れる木漏れ日。
遠くで遊ぶ子どもたちの声。
――世界は、あまりにも穏やかだった。
「はい」
刹那が、そっと弁当箱の蓋を開ける。
中には――
サンドイッチ。おにぎり。唐揚げ。卵焼き。
プチトマトに、ブロッコリー。
色とりどりに並んだそれは、まるで――
小さな宝箱のようだった。
「わあ〜……公園の宝石箱や〜」
正人が大げさに手を広げる。
「なにそれっ」
思わず吹き出す刹那。
「テレビのまね」
「……食べましょ」
華麗に流す。
けれど、口元は緩んでいた。
ポットからお茶を注ぎ、カップを差し出す。
「はい」
「ありがと」
指先が一瞬だけ触れる。
それだけで――
心臓が、少し速くなる。
「いただきます」
正人が一口。
次の瞬間、表情がぱっと明るくなる。
「……美味しい。全部、美味しい」
「ふふん、でしょ〜?」
誇らしげに胸を張る刹那。
その姿は、どこか子どもっぽくて。
でも――愛おしい。
「このハンバーグもいいな」
「えっ」
一瞬、固まる。
「そ、それ冷凍……」
「えっ、いや! ほかも美味しいよ!」
慌てる正人。
その様子に。
「……まあ、許す」
くすっと笑う。
「「ふふふ……」」
自然に重なる笑い声。
それが、こんなにも幸せだなんて。
――知らなかった。
食後。
二人はそのまま、ゆっくりと横になる。
刹那は本を開く。
ページをめくる音が、静かに響く。
時折、顔を上げて空を見る。
木々の隙間から覗く、淡い青。
(……ここにいる)
その事実を、何度も確かめるように。
何度でも、噛みしめるように。
視線を戻す。
隣には――正人。
パソコンを開いて、何かを調べている。
真剣な横顔。
少しだけ、無防備で。
少しだけ、頼りなくて。
でも――
(……好き)
それだけで、胸が満たされる。
何もしない時間。
何もしないことを、二人で過ごす時間。
それは――
刹那にとって、奇跡そのものだった。
「……そろそろ、帰りましょうか」
名残惜しさを隠すように、刹那が言う。
「じゃあさ、帰りにスーパー寄ろう」
「ええ」
二人は立ち上がる。
そして――
自然に手を取る。
恋人繋ぎ。
もう、躊躇いはなかった。
スーパー。
カゴに食材を入れていく。
野菜。肉。調味料。
何気ないやり取り。
何気ない選択。
なのに――
(……新婚夫婦みたい)
そう思った瞬間。
顔が熱くなる。
思わず、俯く。
「どうしたの?」
正人が覗き込む。
「もしかして……トイレ? あっちだよ」
「……はぁ」
深いため息。
「ほんと、そういうとこよ」
呆れながらも。
どこか、嬉しそうで。
「残念男子よね」
「えっ、ひどくない!?」
「「ふふふ……」」
また、笑う。
何度でも。
この時間が続けばいいと、願いながら。
そして――
帰り道。
ふと立ち寄った、小さな定食屋。
暖簾をくぐると。
「で、初デートがここなの?!」
後ろから、エリュアールの声。
いつの間にかついてきていたらしい。
「いや、ここ美味いんだって。アジフライとか、牡蠣も――」
「もうちょっとさ、おしゃれな店とかさ〜」
呆れたように頭を掻く。
だが。
「いいの」
刹那が、穏やかに言う。
「私、こういうお店好きよ。気取らなくて」
そして――
ほんの少しだけ、誇らしげに。
「それに、正人の行きつけなんでしょ? 彼女としては、知っておきたいもの」
その言葉に。
正人の心臓が、跳ねる。
「おっ、正人じゃねえか」
奥から出てきたのは、強面の店主。
鋭い目つき。大柄な体。
どう見ても、普通じゃない。
「珍しいな、女連れとか。親戚か?」
「いや、その……彼女で」
照れながら言う。
刹那は、ぺこりと頭を下げる。
「……は?」
店主が固まる。
「お、お嬢さん……こいつ、金ねえぞ?」
遠慮なしに言い切る。
「ここでタダ飯食わせたこと、何回もあるしな」
肩をすくめる。
「時間の無駄だぜ」
――普通なら、怒るところ。
でも。
「知ってます」
刹那は、微笑んだ。
頬に手を当てて。
「もう……彼の家で、一緒に過ごしてますから」
ほんのり、頬を染める。
店主の顔が、変わる。
「……あー、宗教とかじゃねえみたいだな」
ぽつりと呟く。
そして、正人の肩に手を置く。
「いいか、正人」
低い声。
「人間、魔が差すことがある」
妙に優しい目。
「特におめえみてえな、真面目なやつはな」
ぐっと、肩を掴む。
「一緒に警察行ってやるよ」
「いや違うから!!」
思わず叫ぶ正人。
「このレベルの女なら、そりゃ手ぇ出したくもなるよな」
「だから違うって!!」
必死に否定する。
その横で。
刹那は――
こくん、と頷いた。
静かに。
確かに。
「……え?」
店主の思考が止まる。
「ええええええええ!?」
店内に、絶叫が響いた。
その笑い声の中で。
刹那は、ほんの一瞬だけ。
正人の手を、強く握った。
――逃がさないように。
――この時間を、壊さないように。
まるで。
いつか失うことを、知っているかのように。
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